クク―ルスの要塞

@hituzi126

第1話 孤独~コドク~

 かつて、人々は戦いの恐ろしさを知った。繋がりの恐ろしさを知った。そうした人々にできたのは、人とのつながりを断ち切るという選択肢だった。


 青年は、思わずといった風で走る。叫んでもいた。けど、この距離では到底とどくものではないだろう。駆け寄った先には少女だったものがいた。真っ黒な人型のものがゆらりと立ち上がった。それはゆっくりと青年をみた。見た目にはそぐわないほどの俊敏さで青年に襲い掛かろうとする。

「ココ」

 聞こえないはずのささやきが、青年の耳に届く。そのわずかな反応が、目の前の化け物の動きを止めた。まるで青年が見えなくなったかのように化け物は急に方向転換をしてまたさまよう。もうそれに青年の姿は見えていないようだった。

「……また、救えなかった」

 少女の亡骸に跪き、呟く青年の言葉が聞こえた。なぜか、この言葉だけはいつも聞き取れてしまうのだった。

「またクク―ルスのささやきが聞こえたなあ」


 人とのつながりが断ち切れた世界で、人々はコドクという名の化け物を生み出すようになった。コドクは寂しさをもつ人間を襲い、仲間にしてしまう。そうしてコドクにされた人間は孤独死してしまう。ちょうど、あの少女のように。

 とはいえ、止める方法がないわけではない。コドクになる瞬間に、少しでも寂しさをまぎらわせることができれば、それは止められる。ただし、それは確実な方法ではない。

「ボクはちゃんとココに救われているよ」

 青年、ココは若干気落ちしながら根城に帰ってきていた。その後ろから刀をもった少女が付き添うように歩いている。しかし、青年には彼女の存在はほとんど認識できない。さっきのように、時たま彼女のささやきが聞こえる程度。彼女もまた、ココの話す言葉は時が経つにつれわからなくなってきている。

 クク―ルスとは、彼女本来の名前ではない。……たぶん。記憶がないのだ。クク―ルスは元々人間だった。けれどコドクに襲われた時、ココに声をかけられてコドクにならずに済んだ。だから今の彼女は人間でもコドクでもない存在。

 ココは自分の存在も声もわからない。クク―ルスもココの言葉はわからない。けれど、なぜか時たま聞こえるときがあった。だからクク―ルスは決めた。この青年を守ろうと。



「はーお腹すいたなあ。俺今日なにも食べてないんじゃ……?無人コンビニで買ってきたおかずで済まそうかな。有人だと高いなあ。明日は晴れかな。最近寒いからそろそろ毛布を慎重しないと。羽毛があったらいいけど。あ、散歩のときに持ち帰った花をしおりにしようか」

 ココは誰もいない部屋でぽつんと立ちながらひとりごとを呟く。自分に言い聞かせているようでも、ここにいない誰かに語り掛けているようにもみえる。


 ココは寂しい人間だった。かつての自分のように。だから定期的コドクに襲われる。だから、クク―ルスがそのたびに撃退している。

 今日も今日とて、コドクがココを襲おうと出没してきた。先ほどのコドクになってしまった少女を含めると本日5回目の遭遇だ。

「ねえ、ココ。キミ、寂しいなんて嘘でしょ。めちゃくちゃ好かれてるよ」

 思わずつぶやいて、そういえばココには聞こえないのだということを思い出して。

「いや、寂しくなかったらそもそもコドクは来ないよ……」

 コドクは体をうねらせてココに向かってくる。クク―ルスは抜刀の構えのままコドクの懐に飛び込んで振るう。コドクはほとんど動きが単調なので殴って転がせばなんとかなる。本来人間に認識できないはずのコドクと戦闘ができるのは、人間でもコドクでもないクク―ルスだからこそできること。ただ、こうして戦闘してもコドクを消滅させることはできない。時間稼ぎはできても、消滅させることはクク―ルスにはできない。なぜなら、コドクの弱点は繋がりそのものだから。

 コドクは殴って転がされてもめげずにココに襲い掛かろうとする。なのでクク―ルスも我慢強く殴っては転がし、殴っては転がした。そしてその時がくるのをひたすら待った。

 ふいに、電話の音が鳴り響いて、ココが反応する。ココは電話に出ると穏やかな表情で会話をはじめた。言葉はわからないが、電話口からわずかに水が跳ねるような高い音が拾える。いつもの相手だろう。すると、コドクは動きをとめてしおしおと後ずさりをした。出ていく寸前、クク―ルスのほうを少しだけ見た。

「キミ、ナニ」

 クク―ルスは驚いた。コドクになると言葉を失うから、発することができるコドクは稀なのに。

「なに、か」

 そんなこと、自分にもわからない。かつて人間だったころの記憶はあいまいで、今は人間でもコドクでもない中途半端な存在。

「ボクは、クク―ルスだよ」

 あの日、ココに救われたクク―ルス。ココを守るために存在している半端者。それでも。

 クク―ルスは電話を切ったココを見つめる。ココは決して自分からつながりをもとうとはしない。本当に自分はココを守れているのだろうか。コドクを消すには、繋がりが必要だ。自分にはコドクは倒せない。常に傍にいるにも関わらず、認識すらほとんどされない自分では。精々彼が孤独ではないと思い出す時間稼ぎをすることしかできない。今日のように、ときたま自分の声が聞こえるそぶりをすることもあるが、ほんとうにたまたまだ。

「ボクは君に救われている。今こうしてまがいなりにも存在しているのは、キミがいるからだよ、ココ。なのに、ボクはキミに繋がりを与えてやれない」

 根本的に彼を救うには、彼の孤独を倒せるだけの繋がりを与えなくてはならない。

「どうか、だれでもいい。ココを救って」

 誰にも聞こえない叫びが部屋に落ちた。

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