第16話 ここはどこだ?
アルデア村を出発してから体感時間でおよそ6時間ほど。
俺たちは東へと向かっていた。
今日の目的地はオスト村という場所だ。
残す道のりは約半分、今日もうまいこと行けば日が暮れるまでには到着しないでもないだろう。
運がいいことに、こっちの世界の季節は俺たちでいうところの晩春から初夏。
日がどんどんと長くなり、日没までの時間的余裕が生まれるのだ。
もちろん時期柄よいことばかりではない。
日が長くなる=太陽が近づくということのなので若干暑いのだ。
俺たちが元の世界にいたときは初春程度だったので、ジャージは長袖長ズボン。
まあ、ジャージの下にシャツを着ているので上はそれでいいが、長ズボンを脱いでパンツの上に防具をつけるのは正直いかがなものかと。
少し汗ばむのだが、それも致し方あるまいか。
「……洗濯してぇ。」
目下の悩みである。
もう既に同じ衣類を持ったまま3日ほどが経過している。
成長期の学生は代謝が早い。
せめてもの救いは俺たちのほとんどが替えの服があったことだろう。
だが、脱いだ後の服を入れたままの鞄から異臭がするような気がしてならない。
もう少しビニールの口をきつく縛っておくべきだったか。
ただ、問題はこれからだ。
俺たちの着替えは2泊3日分しかない。
場合によっちゃ、金曜の夜に着てきた服をそのまま日曜着て帰るという考えもなきにしもあらずだろう。
それに、服に余裕があったのは俺だけだ。
今回の出発地点は辰也の家だった。
諸君、考えてほしい。
自分の家でお泊り会を開くとして、自分自身の着替えを用意し、それを鞄に用意周到なまでに詰め込んでいる者がいるだろうか。
否。
結論から言うと、上の服は比較的体格の似ている涼介や将臣のものを借りている。
つまり下着は……言わずもがなだ。
おそらく一番洗濯したいと考えているのは辰也で間違いなかろう。
いかんいかん。
俺はつい暇になると頭の中で話に逃げる癖があるようだ。
それよりもオスト村に向かって歩かなければならないのに。
目の前の現状はいったい何なのだろうか。
俺たちの眼前に広がるのは。
大きくぽっかりと口を開けた洞窟だった。
「こんなの…地図にはないぞ。」
地図を広げながら将臣がいう。
それにつられて俺も地図を見る。
プロットされた点の延長にひかれた線の上が俺たちが歩くべきルートだ。
たしかに、そのルート上に洞窟だの山だのは一切描かれていない。
まったくの想定外の出来事である。
「そんなの迂回していきゃいいんじゃね?」
と、涼介。
たしかによくわからないところに入るよりかは、時間の経過もわかる空が見える外を歩いていく方が安全と言えるだろう。
「どこまで続くかわからないのに、か?それに迂回したところでどこにたどり着くかもわからないぞ。」
「そんなもん洞窟に入ったからっつってまっすぐ目的地に着く保証もないだろ。」
どっちもの言い分もわからないでもない。
見る限りこの洞窟が掘られている山はかなり大きそうだ。
迂回していけば今日中にオスト村に到着することはおろか、どこまで行けば迂回できるのか、果たして本当に迂回することができるのか、といった確証は得られていない。
また、洞窟を突っ切ったとして、洞窟がまっすぐに伸びているとは限らない。
もしかすると全然見当違いの方向に伸びており、よくわからない場所に出るということも考えられるのだ。
「まぁまぁここは公正に。TRPGプレイヤーとしてダイスの女神さまに任せよう。」
そういって辰也が10面ダイスを取り出す。
10面ダイスというのはその名のとおり、10個の目が書いてあるダイスだ。
一般的には0~9という数字がほとんどだろう。
蛇足的になるが、100面ダイスというものを振らなければならないときは、ほとんどの場合この10面ダイスを2個用いる。
理由として挙げられるのが、100面ダイスというもののめんどくささにある。
100面ダイスはその面の多さからほぼ球体になる。
サイコロというのはある面を下にして、その対面にある面が出た目として扱われることがほとんどだが、このダイスの場合あまりにも面と面の距離が近すぎてすぐ転がってしまうのだ。
また、面と面が近いというのは、机との設置面のみでなくその対面、読むべき面にも言える。
はっきりいってどの数字が上なのかわかったもんじゃない。
あとは、不必要さだろうか。
100面ダイスなんて振る機会がそれほど多くなく、10面ダイス2つで事足りるのだからわざわざ購入しなくても、といったところだ。
脱線終わり。
「奇数目なら洞窟。偶数目なら迂回な。」
コロコロコロ。
ダイスが辰也の手から転がり落ちる。
ダイスの女神さまは運命の女神さま並にいたずら好きらしい。
その局面によって最も面白くなる展開を期待してダイス目を操作するという能力の持ち主なのだ。
ぴたり、と止まったのは3、つまり奇数だ。
「洞窟、だな。」
女神さまの言うことはぜったーい。
涼介もこれには反論の余地なし、らしい。
洞窟の中は外に比べると少しばかりかひんやりとしていた。
直射日光が遮られているというのは、やはり体感温度に大きく影響を与えるようだ。
別に上着を着なくても肌寒いほどではない。
ちょうど汗ばむ時期の気温から解放され、快適な温度ともいえよう。
明るさに関してもほとんど問題はないようだ。
どうくつのいたるところに
これはいわゆるヒカリゴケというものなのだろう。
現代にもヒカリゴケというものは生息している。
日本にも北海道や中部以北にあり、海外でも北半球の高緯度の方にあるそうだ。
俺たちの知るヒカリゴケは何も自ら発光しているわけではない。
洞窟を含めた暗所にわずかに入ってくる光を原糸体のレンズ状細胞で反射することにより、まるで発光体のように見えるというのが原理だ。
また、そのレンズ状細胞には葉緑体が多量に含まれているため、反射光は金緑色、つまりエメラルド色に光って見えるというのが現代のヒカリゴケだ。
ただこのヒカリゴケはおそらく自ら発光しているらしい。
そもそも光の色がおかしい。
こっちは赤色、そっちは青色。
あっちはピンクで向こうは水色。
多種多様な色に光っている。
また、現代のヒカリゴケは外的刺激に弱いらしく、人が触れるとすぐぼろぼろと崩れ去ったりしてダメになるらしい。
だがこのヒカリゴケ?らしきものはどうだろう。
わざとではない。
偶然あたってしまったときに気づいたのだが、触れるとその光を強くする。
10秒ほどすれば光り方は落ち着くのだが、この接触による光り方はどうも単純な光の反射とは思えない。
まぁ、差し当たって問題はない。
むしろこの特徴は俺たちにとってこの洞窟内の探索および進行を手助けしてくれるもののほかなさそうだからだ。
洞窟というのは非常に迷いやすい。
比較的カラフルなヒカリゴケの存在のため、ある程度は道を把握していけるのだが、それでも本当にこの道であっているのかという確証が得られないのは、不安がつのる。
上り坂がループしていたり、急に直角に折れ曲がったり。
自然に作られた道というのは人工物と違い、自由そのものだ。
まっすぐ繋がっているところを見つけたと思えば、すぐに行き止まりだったり。
うねうねした道を進んでいけば分岐があったり。
まるで自分たちがどこにいるのかすらわからない。
なぜならゲームと違い、マップが表示されないからである。
マッピングをしようとしても、どこがどこにつながっているのかも定かではない。
なんと不親切な設計。
幸いなことに、飲食物には困らない。
さっきの露天商で十分なほど買っているからだ。
こんな時にお金があるというのは、本当に助かる。
だが行けども行けども一向にゴールが見えない道は俺たちのスタミナを容赦なく削っていった。
ゲージが見えないが、体感でスタミナが減っていることはわかる。
その証拠にどんどんとみんなの口数がわかるほどに減っていく。
時間もわからない。
「この道……さっき来たとこじゃないか?」
まるで無限ループ。
終わりが見えないメビウスの輪を歩かされているようなものだ。
せめて例えだけでもかわいくすれば和まないか?
……延々と回し車を回し続けるハムスター。
だめだ、映像は和むかもしれないが俺たちの置かれている状況を和ますのにはいまいち足りない。
それに本当にここがさっき通った場所なのかもわからない。
せめて見てわかる目印でもあればいいのだが、あいにくと俺たちは岩壁に書けそうなものなど何も持っていない。
魔法で何とかなるかもしれないが、いつまで続くかわからないこの洞窟で無駄にMPを消費するのも怖い。
ジレンマが俺たちを憔悴させるのだ。
「いったん休憩して落ち着くか。」
反対意見は出なかった。
もうみんな体力の限界なのだろう。
無駄口をたたく元気すらなさそうだ。
俺たちが休憩場所に選んだのは、行き止まりになっている場所だ。
もし何か敵対する者がここにやってきたとすれば、行き止まりなこともあり戦闘は免れないだろう。
ただ、挟み撃ちにあう危険性はない。
それだけでも十分だ。
なにせ道幅はせいぜい俺たち1.5人分。
敵もよほど小さいものでない限り一直線に並ぶほかない。
それに、いるかどうかわからないがドラゴンなど巨大なモンスターがいるとすればここには入ってこれまい。
ここでの休憩は功を奏した。
若いって素晴らしい。
少し休めば体力は回復した。
もう十分に動ける。
水分、栄養分を吸収し、交代で短時間ではあるが仮眠もとれた。
俺たちはこの洞窟の脱出に再度挑み始めた。
「地形が変わってないか?」
これには全員気づくことができた。
俺たちが休憩したあの場所から出てすぐ。
たしかここは左右に分岐していたはずなのだ。
もともと左方向から来た俺たちなのだが、今ここにあるのは右に曲がる道しかない。
明らかに地形が変動しているのだ。
「キキッ、やっと気づいたネ。」
俺たちの頭上からそんな声が聞こえたのは、その時だった。
俺は元の世界に帰りたい、切実に。 お嬢 @ojou0703
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