第15話 次の目的地は?

 俺が散歩から帰ってくると既にみんな目覚めていたようだ。


「あ、夏生!お前どこ行ってたんだよ。」

「ごめん、ちょっと散歩に。ってか書置き置いて行ったろ?」


 そう、ちゃんと俺は書置きを残していったはずだ。

 なにせここは現代日本と違い、どこかわからない異世界。

 さらにはスマホが使えない今、迷子になるというかみんなからはぐれると二度と会えない可能性だってあるかもしれないのだ。


「あ、あったわ。」


 無残にも俺の残した書置きは涼介の布団の下に隠れていた。

 どんだけ寝相悪いんだよ、ちゃんと普通に見えるとこに置いておいたはずだぞ。

 辰也も将臣も自分の領土からはみ出ることなくちゃんと寝ているのに、涼介ときたら部屋の中を縦横無尽に暴れまわったかのような寝相だ。

 俺がそのことについてクレームを入れると、成長期だから仕方がないとかぬかしおった。

 たしかに成長期と寝相はある程度の関連性があるそうだ。

 成長というのは骨とそれに付随する筋肉が伸びることで起こる。

 筋肉の伸びは骨の伸びに比べて遅いらしい。

 そのせいか違和感を覚えて寝がえりの回数が成長期が終わった人に比べると多い。

 また、骨や筋肉の成長に栄養は欠かせないもので、その栄養は血液を通じて送られる。

 ずっと同じ姿勢でいると血液が滞るため、寝がえりを何度もうつことで血液の循環を促し、成長につながるということだ。

 原理はわかっていても今の俺にとって成長期という文言は禁句だ。

 腹が立ったので脛を蹴っても許されるだろう。


 というかそもそも高校男子1年生の平均身長は168センチくらいだ。

 俺だって160はあるんだから、平均というからにはそこまで逸脱していない…と思いたい。

 つか、俺みたいにみんな遅寝遅起きのくせになんでそんな縦に伸びてんだよ。

 やっぱあれか、遺伝なんか?

 俺、おこ。

 その後朝食をいただいたが、牛乳を飲みまくったのは言うまでもないだろう。

 それを見てまた涼介が笑っていたので延髄にチョップをくらわせてやった。

 ざまーみろ。


 フィリオ達に別れを告げ、俺たちは村を出ることにした。

 次の目的地、オスト村まではここアルデア村からだと約50キロだ。

 今日は朝から歩けるが、歩かなければならない距離は昨日よりも長い。

 まさか昨日みたいに偶然村の人に出会い連れて行ってもらえるということが連続で起こるわけもないし、今日は歩き詰めかなー。

 50キロだと歩き切るのにおよそ半日。

 だいぶ遠いが、無理なわけじゃない。


 俺たちが村の外に出ようとすると、そこには村長が立っていた。

 事情を知らない3人、特に表情を隠せない涼介は露骨に不機嫌そうな顔になる。

 その前を通り過ぎようとしたとき、村長から声をかけられた。


「出発するのか。」


 この話し方は、昨日までの村長とは違う。

 朝方、俺と出会ったときの決意があるときと似た声色だ。


「あー、朝早くに出てけって言われたからな。」


 少しけんか腰のような涼介の話し方。

 ぶっきらぼうに村長の方を見ず答える。

 無視できないのは涼介の性分なんだろう。


「お前さんらがどこに行こうが勝手じゃ。じゃが、行くんならこれを持っていけ。」


 そういって村長は俺に何かの包みを渡してきた。

 なんだこれ、結構軽いけど。

 まさか玉手箱的なものじゃないだろうな!?


「……わしの妻に作らせた。道中長いじゃろう。昼飯にでも食うといい。ただし残したら承知せんぞ。」


 ある意味では玉手箱よりも驚きだった。

 3人なんてぽかんとしている。

 あの普段冷静な将臣までもだ。


「ほれ、早くいけ。………何かあったらまた寄っても構わんぞ。歓迎はせんがな。」


 ナニコレ。

 ジジイのツンデレとか誰得ですか?

 いや、世の中にはどこに需要があるかわからない。

 もしかしたらジジイ萌とかも…。

 うん、想像するのはやめよう。

 俺たちの持ち物に昼食が加わり、アルデア村を後にした。


「そういや俺たち捜索願とか出されてないよな?」


 辰也がそういう。

 言われてみればここにきてから2回夜を迎えている。

 俺たちが集まったのが金曜の夜だが、こっちの世界に来たときは昼になっていた。

 時差があり、かつ、この世界が1日24時間だと仮定する。

 夜が昼になっていたということは、考えられるのは約12時間前後している。

 まぁ小難しいことは抜きにして、俺たちがこの世界に来てからあと数時間ほどたち昼間くらいになれば丸2日間こっちの世界にいることになる。

 となれば、だ。

 現実世界では金曜の夜から丸2日間なのだから、日曜の夜となる。

 休日が終わる俺たちは家に帰らなければならない。

 家に帰ってこないとなれば、未成年だということもあるし捜索願が出される可能性が非常に高いってことだ。

 …まずいぞ、それは。


「なんにせよ、早くこの世界から戻ろう。」


 この世界から戻る。

 本当にできるのだろうか。

 今更ながら疑問に思う。

 姫を助ければゲームクリア、だなんて俺たちの希望的観測にしか過ぎない。

 単純なゲームと違って目的のクリアが明確化されていないというのがこんなにも不安を呼ぶのか。


「そっ、そういやさぁ、あのジジイ昨日と態度全然違かったよな!」


 不安になったのは俺だけじゃない、みんなもだ。

 それを打破するかのように、努めて明るい声で涼介が言う。

 みんなもそれに相槌を打つ。

 

「あぁ、昨日はよそ者排除の流れだったもんな。なんであんな偏屈そうな爺さんが今日になって…。」

「あ、もしかしたら原因?俺かも。」


 俺は早朝起きた出来事の一部始終をみんなに話して聞かせた。

 若干話は盛ってるかもしれないが、多分俺のおかげで改心したんだろうと俺自身も思いたかったのかもしれない。

 さっきも言ったが、俺は高齢者と関わるのがそう嫌いではない。

 頑固な爺さんが俺にもいたら、ああいう風に毎日言い合いもできるのかもなぁ。

 あ、でも偶にでいいわ。

 そんな毎日言い合いさせられてたら精神が摩耗しそう。


「そしたらさぁ、フィリオも街に出んのかな。」

「出たがってたしありえそうだな。まぁ俺たちはそれを見届けはしないだろうけどさ。」


 フィリオ。

 街に出たがっていた少年はきっと、村の掟が是正されれば街に行くのだろう。

 夢を持っている彼のことだ、もう既にやりたいことも決まっているに違いない。

 やりたいことが制限されているというのは本当につらいことだろう。

 それが俺の働きかけによって少しでも夢に近づけたのなら。

 きっと俺はここに来た意味がある。


 道のりは本当に平坦だった。

 ダスクよりも大きな国に近付いているということもあってか、進めば進むほど道は綺麗に舗装されていく。

 それは代わりに自然の景色が破壊されているということになるのだが。

 都会生まれ都会育ちの俺はこんな風に自然の景色に囲まれることなどなかった。

 また話は戻るが、田舎にでも祖父母の家があればそういう機会に恵まれていたのかもしれないが。

 父方の祖父母は俺が生まれる前に亡くなり、母方の祖父母はほぼ絶縁状態だと聞く。

 なぜ絶縁したのかは詳しく聞いたことはないが、世の中には聞かない方がいいってこともある。

 聞いたが最後、SAN値がピンチもあり得るのだ。


 そして、道が綺麗になっていくだけじゃない。

 人通りもまばらではあるが、増えてきた。

 露店のようなものもある。

 もしかすると地図には載っていないだけで、村よりももっと小規模な集落などがあるのかもしれない。

 いや集落にすらなっていない2,3戸の家が建っているだけの規模かもしれないが。


 暇をすっかり持て余した俺たちは露天商に寄ることにした。

 そんないくつもの店が出ているわけではないが、工芸品や果物など様々なものが売られていた。

 案外この付近に人が住んでいたとしたら、こういうところで日銭を稼いで生計を成り立たせているのかもしれない。

 工芸品も、俺たちがよく知る工場とかで量産されているような均一の物ではなく、一つ一つが手作りのような趣を感じた。

 たかが手作りの品と侮るなかれ。

 精巧に細工がなされたそれらは、どことなく意匠があった。


「一つください。」

「あぁ、どれでも好きなのを選びなぁね。」


 俺の目に留まったのは、おばあちゃんの売っていた髪留めだ。

 別に俺に女装趣味があるとかそういうのではない。

 最近母さんが髪の毛が鬱陶しいとおっしゃってたのを思いだしたのだ。

 病院でつけていても問題なさそうな髪に馴染む色合いの髪留めがあり、俺は心配かけているかもしれない母さんになにか買ってやりたいと思っただけだ。

 また無駄遣いして、と小言を言われるかもしれないけれども。

 それにせっかく買っても持って帰れるかわからないけれども。

 俺は思い立ったら即行動!


「じゃ、これ。」

「あと一つ選びなぁ。」


 なんと。

 気前がいいのかもともとセット売りなのかわからないが、2つで買うべきなのか。

 紙に手書きでなにか書いてあるようだが、叡智の眼鏡を持っているのは将臣なので俺にこの文字を呼ぶ手立てはなかった。

 ともあれ、あと一つ選ぶか。

 俺はじっくりと陳列されている商品を眺めた。

 ちょうどいい髪留めを見つけた。

 さっきのと留め具は同じ色だが、装飾品がさっきのものと対になる柄と色合いのものだ。

 最初のを仕事の時に、こっちをプライベートでと使い分けてくれれば一番いいのかもしれない。

 まぁ母さんには若干派手な印象だけど(笑)。


「まいどねぇ。」


 露天商のばあちゃんに手を振り、みんなと合流する。

 なんやかんやと言いながら、それぞれが個性的に買い物をしていたようだ。

 涼介はやっぱり食い意地が張っているというかなんというか、なにか食い物を買っていた。

 なにか、と言ったのは俺がその原材料がわからないからだ。

 イカ焼きのような、そんな何かだ。

 将臣は、なにかの巻物のようなものを買っていた。

 もしかしたら自費出版の読み物とかだろうか。

 面白ければあとで眼鏡ごと貸してもらおう。

 辰也は、なんだそれは。

 なにやら怪しげな薬のように見える瓶を持っていた。

 どこで売ってたんだと聞きたくもあるが、藪蛇になっては困るので見なかったことにしよう。


 ともかく。

 俺は買ったばかりの髪留めをリュックに仕舞い込んだ。

 そういえば今まで気にしてなかったのだが、リュックの容積が明らかに広がっているような気がする。

 なんだろう、なんか無限に入りそうな気がするし、中に入っているものの重さも気にならない。

 これが俺に渡されたせめてもの異世界補正なんだろうか。


「そろそろ昼飯にすっか。」


 気づけば太陽は真上にあった。

 それはつまり、現在時刻が正午ということを表しており昼食に適した時間だと示している。

 お前の腹時計はどうなってるんだ、と一回でいいから涼介にツッコミを入れたい。


 村長の奥さんが作ってくれたというのは、俺たちでいうところのサンドイッチのようなものだった。

 昨日食べたライ麦パンとは違い、小麦のような柔らかい質感のパンの間にピリッとした辛さのあるソース、レタスのような葉物、トマトのような酸味のある野菜、卵が挟んである。

 その他具材を変えたものが5種類あった。

 数は20個ほど入っているので、1人あたり4つで作ってくれたのだろう。

 きっと旅の途中で手軽に食べれるようにこんな風に挟んでくれたんだな。

 次にあの村に立ち寄ることがあれば是非ともお礼をしなければ。

 地図で見る限りあと半分くらいといった地点で俺たちは昼食をとったのだった。

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