第14話 村の掟

 アルデア村の掟。

 それは代々続いてきた不文律のようなものだそうだ。

 破ったからと言って定められた罰則規定などはないらしい。

 例えば同じ掟を破ったとしても、村長の近親者などはお咎めがなく、普段から村長たちにとって不都合な相手であれば罰則は重いなどなど。

 近代化された法律というものの中で生きてきた俺たちにとっては信じられない。

 まるで学校の中で隠蔽されているいじめのようなものだと思う。


 質素倹約な生活を送る。

 これはまぁわからないでもない。

 贅沢な生活を1度送ってしまえば、もう元の生活には戻れないのだと聞く。

 俺だって母1人子1人の母子家庭生活だから、なるべくなら節約した生活を送りたい。

 父親とは死別だから養育費なんてものも貰えないし、母は看護師をしているので俺1人くらい食わせるのには十分だと言って母子家庭手当も生活保護も受給していない。

 誕生日に俺が貯めた小遣いでちょっと高い、まぁ数千円ほどのものだがプレゼントを送ったら、そんなことに金を使うくらいなら彼女にでも使ってやりな、と言われた。

 まぁ、彼女なんていないんだけどさ。

 今は俺の身の上話なんてどうでもいいか。


 肉は極力食べない。

 これは…質素倹約なのかどうかはわからない。

 もしかすると代々肉をほとんど口にしない菜食中心の生活を送ってきているのなら、あまり肉を食べすぎると消化不良を起こすぞ、という警告なのかもしれない。

 案外こういった決まり事というのは警告を兼ねているものもあるらしい。

 例えば俺が聞いたことのあるもので興味深かったのは、ある宗教で豚肉を食べてはいけない、というものだ。

 でもこれは宗教的な理由から食してはいけない、というものではなく豚肉には寄生虫がいっぱいいるから食べてはいけない、というのが有力な説ということらしい。

 だが、時代が流れるにつれ明文化されていないころの話が文字言語として記される頃にはという部分が消え、現代には豚肉を食べてはいけないというものだけが残ったとされるのがおもしろい。


 子どもは成人を迎えるまで村の外に出てはいけない。

 これが一番意味が分からない。

 いや、正直なところわからないというほどでもないんだが。

 さっきのあの爺さん…村長の態度でわかりにわかったことだが、やはり外部の人間というものを嫌っているらしい。

 子どもというのは、特に小さな子どもはスポンジに近い。

 まだ空っぽだった人格というものを対外的な刺激によって満たし、そこから個人…アイデンティティが形成される。

 特に幼少期の育った環境は影響が大きいと聞く。

 もしかすると、村長を含めた村の上層部は恐れているのかもしれない。

 小さな子どもが外部に出ることで、村外の知識を吸収し、いずれこの村が乗っ取られるかもしれないということを。

 まるで昔の日本にあった鎖国制度みたいだ。

 対外的な関係を嫌い、自分たちの住み慣れた環境だけを守っていく。


 それでも村の外に出ざるを得ないのは、今日のようなことがあるからだろう。

 村の中だけでできることには限度がある。

 すべてを自分たちだけで解決するのには無理があるのだ。

 特にこのアルデア村は人口100人にも満たない小さな村だという。

 フィリオの両親たちからも聞いたように、成人したうちのほとんどがこの村に居続けることをいとい外部に出ていくとすると人口ピラミッドでいえば富士山型というところだろう。

 いや、この村に残った成人がそのまま老年期に入るとすれば上がしぼんでいくことはそんなにないのかもしれないが。

 だがそんな人口分布をしていればこの村で生まれる子供はそう多くない。

 多くないが確実に長子のみがこの村に残るとすれば、なんだ…タワー型とでも言えばいいのか?

 まぁ人口型はどうでもいいが、分布だ。


 この世界ではどうやら15歳が成人として扱われるらしい。

 平均寿命を70歳くらいと仮定して、60歳までの45年間を働く年齢とする。

 ということは働き盛りの人間は45/70でだいたい65%ってところか。

 まぁ年齢に誤差はあるだろうし、100人に満たないってことは働き盛りの人間はこの村に60人程度しかいないということになる。

 60人で残りの40人の生活を賄っていかなければならないとなると3人で2人の非労働人口を養っている計算なので、今の日本と同じくらい働く世代に負担がかかっている計算だ。

 なかなか負担がでかそうだ。

 加えてこの人口が均等に男女半分ずつだとすると、負担の上昇は著しく上がるだろう。


 さらには、魔法的なサムシングもこの村の上層部連中は嫌っているらしい。

 もともと魔術的な才能がなければ魔法は使えないそうなので、この村で代々過ごしてきた上層部連中には魔術を使える潜在的な因子すら持ち合わせているものがいないのだろう。

 そんな自分たちが持っていない力を軽々しく使われることがきっと嫌に違いない。

 そしてその魔術的な力を使えないことは、労働世代の負担を大きくする。

 いや、正確にいえば負担が大きくなるのではなく負担の軽減手段が著しく少なくなるということにままならない。


 例えば畑仕事をするとする。

 植物が育つのに必要なものとして、光、空気、水があげられるが、この村の中には水が流れていない。

 理由は言わずもがな、外部のものが村中に流れてくるということを嫌った結果らしい。

 比較的近くに川があるにしろ、そこまで向かって水を汲まなければ植物に水をあげることすらできない。

 もちろん水が必要なのはなにも植物に限ったことではない。

 人間だって水がなければ生きていけない。

 そんな生活用水を汲むのは、成人した女性の仕事らしい。

 となると、家事を行うのも俺たちが現代日本でやるようなものではなく、完全に重労働そのものだ。

 電気が通ってない、火は自分たちでおこす、となれば一日仕事と言っても過言ではない。


 そんな負担を背負わせていったい何になるというのか。

 これはある意味俺たちの知る現代日本と似たところなのかもしれない。

 つまりは、だ。

 自分たちが通ってきた苦労を下の世代にも押し付けたいのだろう。

 自分たちが苦労してきたから、次の世代は楽をさせてやりたいではない。

 自分たちが苦労してきたのだから、次の世代も苦労すべき、なのだ。

 誰も得をしない悪法のようなものじゃないか。


 ふう。

 どうやら昨日早く寝たので、早くに目を覚ましてしまった。

 まだ誰も起きておらず、動くわけにもいかなかったのでこんなことを考察してしまった。

 外を見るとまだ暗い。

 この村にモーニングバードがいるかどうかはわからないが、この暗さならまだ6時にもなっていないのだろう。

 いくら早朝に出ていけとは言ったとしてもこんな時間に出ていけとは言わないだろう。

 せめて日が昇ってから。


 ただいくらなんでも二度寝はできない。

 そろそろ思考を繰り広げるだけなのは暇を持て余してきた。

 そう思った俺は散歩に出ることにした。


 朝の空気は気持ちいい。

 早朝ならなおさらだ。

 どちらかというと俺も現代日本人として?一般的な遅寝遅起き傾向の人間だ。

 こんな早朝の空気を吸うのは徹夜をして朝を迎えたときくらいだ。


 さすがにこんな朝早くに起きている人はいないだろうと思ったのだが、もうすでに動き始めている人もいる。

 俺の考察通り、家事は一日仕事らしい。

 ここから見える限り、動いているのはほとんど女性だった。

 村はずれでは、大きな樽のようなものを持ってせわしなく村の内外を行き来する集団がいる。

 軽そうな樽を持った人は村の外へ出ていき、重そうな樽を持った人は村の中の大きな壺のようなものにその樽の中身を吐き出させている。

 なるほど、どうやら生活用水を汲んできては村の中に貯蓄しているのだろう。

 俺たちを泊めてくれた家の母親があの集団の中に見えないのなら、もしかすると当番制なのかもしれない。

 そして昨晩は気づかなかったのだが、村の中心部付近にはかがりのようなものがある。

 その横では男が2人立っているのが見えた。

 となると、こちらも当番制で一晩火を絶やさないように見張るのもこの村での仕事なのだろう。


―ザッ。


 村の人たちを観察しながら散歩をしていた俺の背後で足音が聞こえた。

 反射的に振り返ると、そこには昨晩出会ったあの老人…村長が立っていた。

 ジジイが早起きってのは本当だな。

 俺は生まれてこの方祖父母というものに会うことがなかったから話しにしか聞いたことはないが、一般的な老人の生活習慣なのだろう。


「ふん、まだったのか。」

「……どーも。」


 子供叱るな来た道だ、老人笑うな行く道だ。

 この言葉の深い意味までは知らないが、俺は高齢者には基本的に好意的に接しているつもりだ。

 じいちゃんがいればこんな風に遊んでくれるのか、ばあちゃんがいればこんな風に昔のことを聞かせてくれるのか、とすべての人を自分の思い描く祖父母に重ね合わせているので自然とそうなる。

 だがこのジジイはいけ好かない。

 まぁフィリオたちから聞いた話しかないから俺が一方的に嫌っているだけかもしれないが。


「村の人たち、大変そうっすね。」


 さすがに無言は俺にはきつかった。

 ジジイもすぐに立ち去るのかと思ったのだが、何を考えているのか俺の真横に立ったまま俺と同じ方向を見つめていた。


「……。これがこの村なんじゃ。」


 お、てっきり無視されるかと思いきや俺の話しかけには答えてくれた。

 そのままジジイはぽつりぽつりと話を続ける。


「辺鄙な村じゃと思ったろう。ワシもそう思う。外から来たお前さんたちなら猶更じゃろうな。」


 曰く。

 自分も若いころはこの村の古臭い風習が嫌いだった、と。

 外の世界に憧れはあったし、生活が楽になるのならば対外的な力も取り入れるべきだとおもっていた時代があったそうだ。

 だが年を取るにつれ、その自分が理想としていた成人像とはかけ離れた考えを持つようになってしまった。

 疑問を持っていたはずの村の掟にもそれ相応の理由があり、自分たちがそれを守っていかなければならない。


「嫌ってるなら今からでも改革すりゃいいじゃないすか。」

「もう遅い、何かをなすにはワシは年を取りすぎた。」

「何かをするのに遅すぎるってことはねぇっすよ、だってあんたは今それに気づけた。」


 俺はどこかで聞いたことのあるようなセリフを言っていた。

 それまで生気のないような、傀儡かいらいのような目をしていたジジイが、まるで憑き物が落ちたかのように表情を変えた。

 そうか、ワシにもまだできることがあったのか。

 そう呟くと、ジジイ…村長は先ほど俺の元へ向かってきたような老人じみた歩き方から一変し、しゃっきりとした足取りで元いた方向に向かっていった。


「まさかお主のような若いもんに気づかされるとはな。感謝するぞ、若いの。」

「なに、気づいてくれてよかったすよ、年寄の。」


 どちらからともなく笑みがこぼれる。

 そんな俺たちを、ちょうど昇ってきた朝日が照らし始めていた。

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