第13話 アルデア村
「危ないところを助けていただきまして、なんとお礼を申し上げればよいのか…。」
無事にリザードマン3体から形成されていた盗賊集団の討伐を終わらせた俺たちに、襲われていた男が礼を言う。
「いえ、それよりも荷物は無事ですか?」
「ああ、そうです!私はこれをもって早く村に帰らねば息子が…!」
話を聞くと、この男は村で妻と息子の3人暮らしだという。
だが、その息子が本日村の近くで遊んでいる際に毒蛇に噛まれてしまい、毒を受けてしまったのだ。
明日の朝が来るまでに解毒剤を与えなければ命のかかわると言われたこの男は急いでその解毒剤がある別の街へと出向きなんとか調達することができた。
だがその帰り道盗賊に襲われてしまったのだ。
自分が村まで無事に帰れなければ、自分の命だけではなく息子も命を落としてしまうかもしれない。
盗賊に襲われたときは生きた心地がしなかったが、それよりも息子の安否が心配だったのだという。
「あぁよかった、解毒剤は無事です。これで息子の命は助かりそうです!ありがとうございます、旅のお方たち。」
「ちょうど通りかかってよかったです。ところで俺たちはアルデア村という場所に向かいたいんですがご存知ですか?」
「アルデア村ですか?それはうちのある村ですよ。荷馬車でよければお乗りください。」
なんと好都合なのか。
これがご都合主義というものなのかもしれないと疑ってもおかしくないくらいとんとん拍子に話が進む。
かくして俺たちはアルデア村に向かうまでの手段を入手することができたのだ。
解毒剤のほかにもいくつかの薬品や食料品が積み込まれた荷馬車は俺たち4人が乗ってもまだスペースがあいていた。
解毒剤を飲ませた後も体力をつけさせ回復させるために村ではあまり口にすることのない肉類などを買うために少し大き目の荷馬車を持ってきたのだと男は言う。
いくつかはリザードマン達により傷がついていたりするが、解毒剤が無事で自分も無事だったからそんなことは些細な事だ。
荷馬車は俺たちが歩くのよりも幾分か早いペースで進む。
もちろん急いで帰る必要があるため本来なら俺たちを乗せない方が村に早く着くだろうが、命の恩人である俺たちを今度は自分が助ける番で、ここで俺たちを乗せないというのは絶対に後悔すると男は言うのだ。
俺たちはその言葉に甘え、同乗させてもらっている。
このペースで行けば、予定よりもずっと早くアルデア村に着くことができそうだ。
「それにしても旅のお方たち、なぜアルデア村なんて辺鄙な場所に…?」
男の話によると、アルデア村は村民100人に満たない小さな村なのだという。
近くに大きな働き口もなければ娯楽があるわけでもない、少し頑張って歩けばシャルグ国があり、その中には大きな街もあるため若い者がどんどんと出ていく。
残るのは先祖から受け継ぐもののある長男くらいで、人口は大きく減少することもないものの増加はせず、外部から人が訪れることなどほとんどないのだそうだ。
「そのシャルグ国ってところまで行きたくて街道沿いを歩いてたんです。」
「そうだったんですね、ここからでもまだまだ距離はありますが。」
ですがあまり村の中ではシャルグ国の話はなさらないように、と男が言う。
俺たちが理由を問うと、どうやら村長を含めた村の老人連中が嫌うのだという。
男曰く、村から出ていく若者が多い理由の一端はその老人連中にあるんじゃないかとのことだ。
この村だけではなく、近隣の小規模な村は閉鎖的な考え方をする連中が多いらしい。
外部の技術や物資を嫌い、あくまで近隣の村で済むことは済ませたい。
余所者を排除し、内部だけですべてのことを解決する。
そんな考え方が若者からは反発を買い、それで更に若者の村外への流出が増えるということだ。
「街へさえ向かえば医師も薬師も魔術師もいるから確実に息子は助かるというのに…。掟さえなければ私は息子を連れてそっちに向かっていましたよ。」
掟。
村の中で暮らしていこうとすれば守らざるを得ない規律のことだ。
男が言うには、成人を迎えていない子どもは基本的に村の外に出てはいけないのだという。
ましてや街に向かうのはもってのほかだそうだ。
この男の子どもが村外で遊んでいたことが咎められなかったのは、一緒に遊んでいたのが村長の孫だということに他ならない。
それを咎めると目に入れてもいたくないかわいい自分の孫も咎める必要があるからだ。
そんな匙加減にも程がある掟をこの男が守るのは、この村に先祖代々伝わる土地がありそれを守っていかなければならないこと、学のない自分が村外に出たとしても家族を養っていける自信がないことがあり、この村で暮らさなければならないからだ。
せめて学さえあれば妻も子もつれて、それこそ街の中でもどこでももっと自由な場所で生計を立てるのに、と悔しそうに男が言う。
「村長が代わればそんなくだらない掟もなくなるんじゃ?」
「いえ、村長は指名制なのですが…連中、自分たちの都合のいいようになる者を指名するのです。」
絡繰りをわかってはいるのだが、それを止める術がないのだ。
歯がゆい思いをしたことは一度や二度ではないのだろう。
話に聞くと、男が知る限りでもこのくだらない掟のために命を落としたものもいるのだという。
それでも仕方がないと半ば諦めている村民もいるのだとか。
「あぁ、見えてきました。あれがアルデア村ですよ。」
まだ日は沈み切る前、体感時間で午後6時くらいだろうか。
歩きのみでくる時間よりも圧倒的に早い時間に俺たちは今日の目的地アルデア村に到着することができた。
村の端に荷馬車を停め、馬を厩舎に繋いだ男は荷物を持つ。
俺たちが手伝いを申し出ると、また礼を言い男は毒に侵された息子と必死で看病しているであろう妻の待つ自分の家へと俺たちを案内した。
「戻ったぞ、フィリオの具合は!?」
「さっきから体温が下がりっぱなしなの…!」
体温が下がる。
それは出血性のショックが考えられた。
出血によるショック症状では、体温の低下、血圧の低下、尿量の低下、皮膚が蒼白となることが挙げられる。
となるとその毒蛇の毒が出血毒だと想定され、現代日本で見るのだとマムシやハブのようなクサリヘビ科に近いような蛇なのだろう。
「噛まれたのはいつ頃ですか?」
「昼過ぎに駆け込んできたからたしか2時間ほど前だったわ!」
2時間か。
なんとか噛まれた足の上位で縛られているおかげで全身に毒が回り切ってはいないだろうが、早く解毒しないと危険には違いない。
幸運なのはその噛んだ蛇が出血毒単体だと思われる点だろう。
神経毒を持っていればとうに命を落としていてもおかしくはない。
だが、楽観的な事態でもない。
出血毒で怖いのはその後の後遺症だ。
「フィリオ、薬だ。飲めるか?」
意識レベルが低下しているのか、男が息子の口元に薬をもっていっても口元からたらたらとこぼれる程度でほとんど飲み下されていないのが見てわかる。
「できるかわからんがやってみるだけでも。」
「旅の方…?」
辰也がその少年のもとに近寄る。
そして杖を持ち、呪文を唱え始める。
「
蛇に噛まれたため腫脹がみられる少年の下腿部に光が収束して僅か10数秒後。
青白くなっていた彼の皮膚は元通り赤みを取り戻し、乱れていた呼吸がすぅすぅといった落ち着いた寝息に変わる。
手首に触れるとしっかりとした圧を感じ、脈拍も安定した。
「多分これで毒はなんとかなったか、と。」
「あ、ありがとうございます!」
「ありがとうございます、息子の命を救っていただきまして!」
どうやらやったこともない解毒は成功したようだ。
まだ完全に安心はできないが、落ち着いた様子の少年を見る限り命の危機は脱したと思ってもいいだろう。
「じゃあ、ちょっと図々しいんですけど今夜泊めてもらえませんかね?」
「ええ、是非とも!」
なんとも快い返事。
ご夫婦の快諾が得られた俺たちの本日の宿はこの家に決まった。
いくら今の容体が落ち着いているとはいえ、いつ急変するかもわからない。
そんなときに回復職がいれば安心もするのだろう。
遅くなって申し訳ありません、とご夫婦は俺たちの夕食を用意してくれた。
閉鎖的なこの村はあまり肉をとる習慣はないらしくどちらかと言えば菜食主義者のような食事らしい。
ただ今日は息子のフィリオに体力をつけさせるためと外部から仕入れてきた肉を、俺たちにも出してくれた。
小一時間ほどでフィリオは目を覚ました。
顔色はずいぶんよくなっており、後遺症も今のところ見受けられない。
「お兄ちゃんたちが僕を助けてくれたんだね、ありがとう。」
フィリオは今年で10歳になるらしい。
やはり現代よりも栄養状況はよくないのだろう、俺たちの知る10歳よりも幾分か小さく見える。
ただこんなに小さく見える少年も、あと5年もすれば成人となり働かなくてはならないのだ。
「本当は僕、大きくなったら街に出たいんだ。」
夕食後に俺たちを連れだしたフィリオがそういう。
ここは村はずれの大きな木の下で、フィリオのお気に入りの場所らしい。
娯楽も何もないこの村、この木に登るのが村でできる唯一の遊びだそうだ。
「街に行けばいろんな仕事があるし、ずっと村にいるよりも色んなことが知れる。僕、そうやってお父さんとお母さんに楽させてあげたいんだ!」
こんな俺たちよりも小さな子がしっかりと将来を考えられる。
なんか自分が恥ずかしくなったな。
正直俺に将来の夢なんて大してあったものじゃない。
今だって適当に公立高校に進んだし、俺の頭じゃ国公立は目指せないだろうから適当に奨学金でも借りながら私立文系大学にでも進学して、どこでもいいから内定が決まった会社に就職して、適当な年齢になったら結婚してっていう適当な未来しか思い浮かばない。
少なくとも親を楽させるために何かをしようだなんて考えたこともなかった。
「おやフィリオ、元気そうじゃないか。」
俺たちの背後からしゃがれた声が聞こえる。
見ると、俺たちのじいさんくらいの年齢の老人がそこに立っていた。
「あ、村長!この人たちが助けてくれたんです!」
「ふん、村外のやつらか…。本日はもう遅いから村内への滞在を限定的に認めるが、明日の朝早くに出ていくんじゃな。」
俺たちの方を見ると、ふんと鼻を鳴らし機嫌悪そうにそう言う。
なるほど、対外的な交流を嫌っているのはたしかなようだ。
「僕あの人嫌いだ。他の村はどんどん別の場所と交流を広げてるのにここの村長ときたら…。ごめんねお兄さんたち、そろそろ家に帰ろうか。」
俺たちはこの少年の不満もわからないでもなかった。
俺たちだってこうやって行動を制限されるというのはたまったものじゃないだろう。
変なもやもやを胸に秘めながら俺たちは床に就いたのだった。
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