第12話 盗賊

 俺たちは街道沿いをただひたすら歩いていた。

 オークの家を出たころはまだ話す話題もあったのか、たわいもない話をしながら歩いていたのがさすがにネタ切れた。

 今しりとりや連想ゲームをしながら歩いているのがその最もたる証拠だろう。

 それを思うと俺はRPGの主人公を尊敬せざるを得ない。

 今のゲームならいざ知らず、昔のゲームなどパーティーを組むことなく、最後までただの一人きりで魔王城までただひたすらに歩き続けるのだ。

 話す相手もなく、どこまで続くのかもわからない道を歩き続ける主人公はいったい何を考えながらその宿命を果たしに行くのだろうか。


「しりとり。」

「林檎などではない、それは全てをる鮮血に染まりし運命さだめの果実。」

「つまらないですね…もう終わりなのですか?貴方には結構期待していたんですけれども…。壊れてしまった道具おもちゃならもう用済みです、消えろ。」

「6000年もの長き眠りから覚醒めざめたその男は、僅か7日もあれば世界を殲滅ほろぼしてしまうだろう。その男は無敵だ。誰にも止めることなどできはしない…ただ一人、俺以外を除いてはな。 」


 もうしりとりのネタも尽きてきたらしい。

 単純な単語を並べるしりとりはもう小一時間前に終わっている。

 今はテーマを決め、それに即した回答をするというものになっている。

 どうやら今回のテーマは、厨二病マンガに出てきそうなセリフというものらしい。

 

 ところで俺は厨二病というのは本当に恐ろしい病だと思う。

 高校に進学したところで厨二病は治らなかった。

 むしろ悪化の一途をたどっているといえるだろう。

 そしてこの病は、進級、進学、就職という過程を踏まえていったとしてもきっと完治することはないのだ。

 罹患歴早3年、そしてこれから先一生を共にする不治の病、厨二病。

 きっとこんなことを考えているのも厨二病の一つの症状に過ぎないのだろう。


 それにしてもこの厨二病しりとりはいつまで続くのだろうか。

 しりとりというのは『ん』で終われば終わりというのが普遍的かつ不変的なルールだ。

 だけども今俺たちがやっているのはあくまで厨二病っぽいなのだから、それこそ語尾に何かをつけるだけでそれは『ん』で終わったことにはならない。

 つまり俺は今終わりの見えないゲームに巻き込まれているということに他ならないのだろう。

 まるで今の明確な終わりの見えない異世界に巻き込まれた俺たちのようだ。


 終わりが見えないというのは想定以上に長く感じるものだ。

 俺が今長く感じているのはこのしりとりに限ったことではない。

 街道だ。

 ただの街道っていうのは特に目標物もなければ、背景に大きな変化も見受けられない。

 まるで部屋の中でルームランナーに乗せられて延々と歩かされているかのように目立った変化がないのだ。

 変化と言えば、疲労が蓄積されていることくらいだろうか。

 そんな内面的な変化しか見えず、外観でわかる変化がないものは余計に俺の精神を疲弊させていった。


(あー、なんか面白いことでも起こらないものかなぁ…。)


 はっきり言って退屈だった。

 本来なら何も起こらないというのはいいことだ。

 平穏無事という言葉もあるくらい、日常が続くということはそうそう悪いものでもない。

 まぁ今は異世界に飛ばされるという非日常を既に味わっているので何も起こらない平穏無事というわけでもないのだが。

 ただその非日常もこうずっと続くというのは面白いことではない。

 早い話がこの非日常に慣れてしまった、というのが正解に近いのだろう。


 俺は忘れていた。

 俺はそういえば『致命的失敗者ファンブラー』であり『一級フラグ建築士』であったのだ。


「そっ、その荷物だけはーっ!」


 俺が願ってしまったのだ。

 何か『非日常的』なことが起こることを。

 それも俺がただこのひたすら続く道を延々と歩き続けることに暇を感じ、その暇つぶしに何かがある、ということを。

 もちろん何かが起こるというのは常にいいことが起こるわけではない。

 いいこと、よりもむしろ悪いことの方がよく起きるのだ。

 

「今声聞こえたよな!?」

「ああ、急ぐぞ!」


 先ほど聞こえた声。

 もちろん暇に飽いた俺の空耳や幻聴というわけでもなく、他の3人にもしっかりと聞こえていたようだ。

 それはおそらく何かに殺されそうになっている人間のあげる声だ。

 つまり事態は一刻を争う。

 俺たちはのんびりと歩いていた足を急かし、その声の聞こえた方向に走る。

 声が聞こえてきたのは俺たちが目指すアルデア村のある方向、東だ。


 その声の主と声を荒げさせた元凶は走り出してすぐに見えてきた。

 ここから見えるのは襲われそうになっている人間、馬とそれに繋がれた小さな荷車、そして盗賊らしきなにかの姿だった。

 太陽を見るとずいぶんと西に傾いたそれは現在が夕刻時であることを示している。

 きっとあれはさっき俺たちがパンと飲み水を買った行商人が言っていた噂の盗賊なのだろう。


 盗賊たちは命乞いをする人の方に見向きもせず積み荷を漁っている。

 命に興味がないのか、それとも目ぼしいものがなければ殺して奪い取るのか、それともいつでも殺せるであろう人間は放置し先に物資を探しているのか。

 どちらにせよこの盗賊を放置しておくことはできない。


雷迅スパーク!」


 別に俺たちはテレビに出てくるような正義の味方ではない。

 いちいち名乗り向上をあげ、敵に自分たちの存在を知らしめてから戦闘開始というわけでもないのだ。

 攻撃できる隙があるのならその隙をつく。

 積み荷を漁っている盗賊たちは隙だらけだ。


「グゥゥッ!」


 将臣の放ったスパークは積み荷の近くにいた盗賊の1人にあたった。

 その衝撃で盗賊の身に纏っていたローブが剥がれ姿を現しだす。

 盗賊は人間ではなかった。

 爬虫類を彷彿とさせる質感の皮膚に、縦に割れた瞳孔を持つ瞳、蜥蜴のような尻尾を持つそいつ。

 こっちの世界での正確な名前はわからないがおそらくリザードマンだろう。

 攻撃されたことに気づいた残りの盗賊もローブを剥がすと戦闘態勢をとる。

 3匹とも剣を装備しており、うち1匹は盾も持っている。

 どうやらあの盾を持つリザードマンがこの盗賊隊の隊長なのだろう。

 胸元にはきらりと光るものがあり、おそらく宝石のついた首飾りだと思う。


「ひっ、ひぃぃ!」


 武装したリザードマンを見た、襲われていた人間が這いずりリザードマンと距離をとる。

 おそらくこういったモンスターをあまり見たこともなく、襲われたことなど皆無なのだろう。

 そのことからこの男は行商人ではなくたまたまここを通りかかったのかもしれない。

 それに行商人であれば噂の1つも聞いたことはあり、こんな襲われやすい時間に1人で通ることなどないだろう。


 とにもかくにも俺も戦闘態勢に入る。

 ただリザードマンはその性質からか鱗を持ち並みのモンスターよりも硬い。

 つまり防御力があるということだ。

 俺の攻撃など弾くかもしれない。

 となると狙うべき場所は限られる。

 それは目だ。

 目さえ潰すことができればそれは戦闘において大きな利となる。

 しかしそれは相手も十分に承知なのだろう。

 さらに言えば俺の身長で、人間よりも大きな長い体を持つリザードマンの目を狙うというのは困難をきたす。


「範囲魔法・加重アグラベイション!」


 ヒュージクロウの時と同じように将臣が重力を操る。

 しかし、ヒュージクロウにくらべて魔法耐性が高いのだろう。

 一瞬ぐらつきを見せたかのようなリザードマン達であったが、すぐに体勢を立て直す。

 魔法攻撃も物理攻撃も今まで戦ってきた敵よりも効きにくいと考えて間違いないだろう。

 敵意をむき出しにしたリザードマン達は俺たちの元へ向かうと剣を振り上げる。


「ッ!範囲魔法・防御!」


 俺たちに辰也の防御魔法がかけられる。

 間一髪、振り下ろされた剣は俺たちには届かなかったが、張られた防御壁は粉々に砕け散る。

 ちらっと横目で辰也と将臣のいる後方を見ると少し額に汗をかいているのが見える。

 魔法の範囲を広げるというのはそれだけMPを消費し効率が悪いのだろう。

 となれば連発するのは危険だ。

 この戦闘がなんとかなったとしても、その後無事に村に着けるとは限らないのだ。

 今の現状を打破することも大事だが、その後のことも視野に入れて行動をしなければならない。

 となれば、俺たち前衛でここをなんとかするのが一番効率的な戦いと言えるだろう。


「おらぁ!」


 涼介が一番近くにいたリザードマンに剣を振るう。

 当たりはしたものの、それほど深手ではなさそうだ。

 腹部から血を流したリザードマンだが、まだ動きを止めるほどの傷ではなかった。

 だがこれは好機を生んだ。

 いくら動けないまでの傷ではないとはいえ、腹部をまもるかのように前のめりになったリザードマンは頭の位置が下がっているのだ。


「倒れろ!」


 俺はその好機を逃すほどお人よしでも愚図でもない。

 頭の位置が下がり、前傾姿勢になっているそいつは俺のレイピアに相性がちょうどよかった。

 俺の一刺はリザードマンの目を捉えるとそのまま頭を貫通した。

 ちょうど後頭部の鱗と鱗の合間を縫ったのだろう。

 リザードマンは呻き声の一つもあげずに二度と動くことはなかった。


 ただリザードマンもそこまで馬鹿では無い種族なのだろう。

 俺たちの攻撃を警戒するかのように少し距離をとる。

 リーチ差でいえばあっちからの攻撃は俺たちに届くが、俺たちの攻撃は届かないという絶妙な位置だ。

 それに知恵があるということはもうこの作戦も通用しないだろう。


地割クラック・グラウンド。」


 ただ闇雲に下がって俺たちと距離をとったのはこのリザードマンにとっては不幸を呼んだのだ。

 俺たちと距離をとる、それは魔法使い職のいるうちのパーティーにとっては魔法攻撃で俺たちを巻き込む心配がなくなったということとも同義なのだ。

 的確に放たれた将臣の魔法はリザードマンの1匹の足元の地面を崩した。

 リザードマン自体は魔法耐性があり、大して魔法攻撃が効かないとしてもこの場合は対象が地面だ。

 足元が崩れたリザードマンはその体勢を崩したまま地底へと落ちていく。


 残ったのは隊長格1匹だけだった。

 そいつはこの中でも一番頭がいいのかもしれない。

 俺たちとの距離は保ちつつもさきほどの魔法の範囲から俺たちを巻き込めるだけの距離にいる。

 

 事態は膠着状態に陥った。

 まるで先に仕掛けた方が負けというくらいに互いが睨みあったまま動かない。

 先に痺れを切らしたのはリザードマンだった。

 仲間を殺された恨みでもあるのか俺を執拗に狙ってくる。

 遠距離攻撃ができないのが歯がゆいのだろう。

 俺の間合いに入ってその長い剣を振り回す。

 だがこの冷静さを欠いた攻撃はこちらにとってチャンス極まりない。


 涼介の攻撃が足に入る。

 その隙を逃さないように将臣の一点集中魔法が腹部に決まる。


追加効果アドエフェクトアイス!」

「これで終わりだぁ!」


 辰也の魔法で氷の属性強化がついた俺のレイピアが将臣の決めた魔法の追撃と言わんばかりに腹部に突き刺さる。

 刺さったその場所からリザードマンの体はピシピシと凍り付き、パァンと音を立てて弾けたのだった。

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