第11話 東へ

「地図見ると結構遠いよなー。」


 俺たちの目標地点は、東へ向かったシャルグという国に定まった。

 ただ、地図を見る限りここから歩いていくにはずいぶんと距離があるのだ。


 俺たちがもともと出発したダスクからここまでの距離でおよそ2キロ。

 道中ハプニングに見舞われたこともあり丸1日を要してしまったのだ。

 ハプニングが一切なく順調なペースで歩けたとして、知らない道を地図を見ながら歩けばだいたい30分程度といったところか。

 ということは小休止をはさみながらであれば、俺たちの平均的な時速はおよそ4キロ。

 だが、この地図上のおおよその目測ではあるがダスクからここまでの距離とここからシャルグまでの距離は50倍程度はある。

 つまりその目測が正しいとして、ここからシャルグまではおおよそ100キロの道のりだ。

 俺たちがその距離を狩りに休まず疲れずのペースで歩けたとしても25時間かかる計算となる。


「そもそも休まずに歩くのは無理だろうな。」


 将臣の言うとおりである。

 ここは現代日本と違い、モンスターが跋扈する異世界だ。

 基本的には日中よりも夜間の方が危険と言えよう。

 まぁ、最近の日本は物騒になっていることもあり、いくらここが現代日本でも俺は24時間ぶっ通しで歩くのはごめんだ。


「となると、適宜休憩をはさむ必要があるわけだ。できれば夜間は安全な街の中で過ごしたい。」


 辰也がそういう。

 この世界を一般的なRPGと考えると、エリアは街の中と街の外に大きく区分される。

 街の中では基本的にモンスターが襲ってくることはない。

 もちろんイベントなどで街が襲われることもあるだろうが、それは例外と考える。

 その法則を今回俺たちが飛ばされたこの異世界に当てはめると、夜間はモンスターが襲ってこない街の中で寝泊まりするのが最適解だと言えるだろう。

 幸いなことに俺たちはある程度以上の金銭を持ち合わせている。

 宿屋というものがあれば、そこに寝泊まりするのが最も安全だ。


 俺たちは地図を広げる。

 この世界に落とされたときに一緒に持ってきていた筆記用具が今ここで役に立つとは。

 現在位置のおおよその場所を地図にプロットし、その次にシャルグ国の入り口をプロットする。

 これまた偶然持ち合わせていた定規を使い、2点を結び合わせ1センチごとにマークを付ける。

 金曜日に数学の授業があってよかった。

 普段は定規など筆箱の中に入れていないが、作図をするのに使うかもと入れておいて正解だ。

 地図上で見るとここからシャルグまでは50センチ、つまりは1センチあたりが2キロ。

 念のためにダスクからの距離も測ったところ、おおよそ1センチの長さだと思われるので、目測通りと言えよう。


「こことここ、村のようなものがあるみたいだ。」


 叡智の眼鏡をかけた将臣が2点を指さす。

 俺たちが定規で結んだ線の付近、おおよそ15センチ付近と35センチ付近にどうやら村らしきものがあるそうだ。

 もちろん線上にあるわけではなく、15センチ付近は2センチほど北方向に、35センチ付近は1.5センチほど南方向にずれてはいるのだが。


「とりあえず今日はこの場所を目指そう。今日はこの村の位置で、明日はこっちの村の位置でそれぞれ夜を明かすことができれば明後日中にはシャルグ国に入れそうだ。」


 俺たちの方針はその一言で決まった。

 みんな夜を街や村の外で過ごすのが危険ということは今までのゲーム人生で身に沁みてわかっているのだろう。

 反対意見などは出なかった。


 現在の正確な時刻はわからないが、ちょうど真上に太陽が見えることからも真昼くらいだろう。

 今を12時頃だと仮定すると、多分日が沈むのは18時前後だと思うので約6時間は日中。

 今日向かう村、名前をアルデア村というらしいが、そこまでの距離がだいたい直線距離で16.5センチ程度だったのでだいたい33キロ、理想的なペースで歩けば8時間と少し。

 日が変わる前にはなんとか村に入れる計算だ。

 平地が多ければもう少し早くなるだろうし、山道だったりモンスターの出現などトラブルに巻き込まれればもっと遅くなるということも十分に考えられる。


「なるべくなら街道沿いを進んだ方がいいだろうな、舗装されている道の方が歩きやすいだろうしモンスターも出にくいだろう。」


 目的地が決まった俺たちは入念にルートを探る。

 迷っては元も子もないのだ。

 スマホなどとっくに電源は切れているし、ついていたところで多分使い物にならない以上、方角を知るのに役立つ手立ては太陽の方向だけだ。

 幸いなことに、この地図には子細な情報が記されている。

 いくつかの特徴的な場所はあるようだし、それを目印に進んでいけばアルデア村には到着できるだろう。


「元気のあるうちは少しペースを速めて歩こう。」


 こうしてだいたい12時ごろ、俺たちはアルデア村へと向けて歩き始めた。


 かなり好調なスタートをきれたと思う。

 オークのいた場所から10分ほど歩けば、かなり大きな街道に出ることができた。

 道は舗装されており、2つの轍が見えることから馬車か何かが通る道だと推測される。

 行商人などがこの道を通ることもままあるのかもしれない。

 それだけ往来がありそうなこの道は圧倒的に歩きやすかった。

 ただ、どちらかというと人が徒歩で行き来するような道ではなく、それこそ行商人などが交易のために使用する道なのかもしれない。

 すれ違う人はほとんどいなかった。


「なぁーあー、俺腹減ったんですけどぉ。」


 前を歩く涼介から間延びした声が聞こえる。

 内容は空腹を訴えるものだったが、それにより俺も気にしていなかった空腹感を思い出す。

 お腹がかわいそうな音を上げた。


 たしかに朝食はヤンの家で出してもらった。

 だがそのあとは何も飲み食いしていないのだ。

 いったん意識の上に浮上してきた空腹感と口渇感はもうごまかすことはできない。

 男子高校生、なんて燃費が悪いんだ。


「でも絶対これ食ったら喉乾くよな…。」


 俺たちが持っていたのはほぼスナック菓子。

 これを食べればたしかに空腹感は満たせるかもしれないが、代わりに喉の渇きは一気に上がるだろう。

 遭難したときもそうだが、まず確保すべきは水分なのだ。

 水がなければ人は2日ほどしか生きていくことはできない。


「ん?」


 俺たちが今この状況をどう打破すべきか考えていると、遠くからカラカラカラと何か車輪が回る音がする。

 それと同じくしてパカパカと蹄が地面をたたく音も聞こえてきたことに気づいた。

 その方向を見ると、行商人風の男が馬車に乗りながら俺たちのいる方向へと近づいていた。


「おや、こんなところで旅人さんを見かけるとは珍しいさね。」


 行商人風の男は俺たちの前にやってくると馬の手綱を引き、荷馬車を止める。

 荷馬車は俺たちでいうところのリヤカーのようなもので、そこから馬に繋ぎひかせているようだ。

 俺たちの知っている馬よりもずんぐりむっくりとしており、歴史の資料で見たことのある昔の日本の馬に近いような体型をしている。

 正直スピードはあまり出ないかもしれないが、馬力自体はかなりのものがありそうだ。


「あの、おじさんって何か売り歩いてる人ですか?」


 辰也が尋ねる。

 そのおじさんは、ああ、と頷くと荷馬車にかけてあるほろを外すと俺たちに見せてくれた。


「あたしゃ交易をやってるものさね。国から国、村から村へと品を売り歩いてるのさ。」


 その品、交易品は俺たちが見たことのない工芸品やら食料品だった。

 そういえば、この付近はそれぞれが特産品として種々の物を作っていると聞いたっけ。

 そのためこういった交易人が渡り歩き、自国以外の特産品を世界中に広めているのだろう。


「できれば、飲み物と食料品を売っていただきたい。」

「ふむ…お前さん方金の方は持ってるんかい?」


 本来ならばどこかの村角煮の注文品なのかもしれないものを売ってもらうのだ。

 多少ぼったくられても仕方がないと言えよう。

 そもそもこの世界の金銭価値がわからない以上ぼったくられてもわかりやしないのだが。


 その間にもおじさんは俺たちの前に品物を置いていく。

 水袋のようなもの。

 ワインのようなアルコールの入った瓶。

 手軽に口にするような携帯食料から、調理前の食材。


「水4人分と、パンを10個程でいくらになりますか?」

「あいよ、水袋4つとパン10個ね。なら銀貨1枚と銅貨8枚なら?」


 金額を提示されても相場がわからない以上何とも言えないが。

 俺たちの渡された金貨袋にはもちろんその支払いをしてもまだまだ余裕はある。

 さすが王様。

 俺たちが渋りもせずに提示された金額を支払うと、おじさんは快く品物を渡してくれた。


「あい、たしかに。ああ、お前さん方ここから先進むなら気を付けておくことさね。なんでも夜が近づくと盗賊やら何やらが出てくるという噂があるもんでさ。」


 俺たちに警告すると、行商人は馬を歩かせる。

 馬は文句ひとつ言わずに荷馬車をひき、俺たちが来た方向へと向かう。


「気を付ければいいんだよな。それよりとにかく飯だ飯だー!」


 さっそく涼介がパンに手を伸ばす。

 俺たちのよく知る、白くてふわふわとしたパンとは違う。

 少し黒いそれはおそらくライ麦パンなのだろう。

 多分精製度の低い粉か全粒粉を使っているのだろうが、それによってしっかりとした硬さがある。

 そのため食べごたえがあり、腹持ちも幾分かよさそうだ。

 また、小麦で作られるパンよりも栄養がいいため、今の俺たちにはこっちの方がありがたい。


 水は冷たくておいしかった。

 久しぶりに飲む水ともあり、今までに飲んだことのないくらいだ。

 都会で飲むようなカルキ臭さもなく、まるでミネラルウォーターのような飲み心地の水だった。

 それに量もまだたっぷりとある。


「ふぅー、食った食った。」


 1人当たり2個のライ麦パンと水を胃の中に納め、俺たちの昼食は終了した。

 なんにせよここで水を得ることができたのはかなり大きいだろう。

 少なくとも水さえあればここから食料を入手する機会がなかったとしてもシャルグ国まではたどり着くことができる。

 万が一の時に残しておいたパンが2つと、スナック菓子がある。

 いくら燃費の悪い男子高校生でもそれがあれば国までもつはずだ。

 さすがに国の中にさえ入れれば飲食ができる店くらいあるだろうし。

 サウラ姫を保護したあとはまたその国で食料品を買ってダスクまで帰ればいいだろうから、俺たちが心配しなければならないのは行きの食糧だけだ。

 振ればまだちゃぷんと水音を立てる水袋に安心感を抱きながら、俺たちはまた東へと歩き始めた。



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