第10話 乗り込め、大鴉の巣!
そのヒュージクロウは大陸の西の端を根城しているらしい。
大陸南西部の方は森が多くあり、そのうちの1つが丸々巣というのがオークの話だ。
人間が村で襲われたという話は聞かないが、自分たちのテリトリーに入ってきた場合は別。
そいつらは攻撃的となり、相手がテリトリー外に出るまで執拗に追いかけるのだという。
そんなやつらに対抗するにあたって幸運なのは、やつらが徒党を組まないという点だろう。
ヒュージクロウは基本的に単独行動を好む。
それは
雄はというと、雌を射止めるために光物を集める習性があるのだという。
雄が巣を作り、光物を集める。
雌はそれをみつけ、気に入れば雄と番になりその巣で卵を産む。
雄は、雌が巣を使っているのを見ればその雌の世話をしつつ新たな巣作りに励む。
基本的には餌を運んだり、外敵が周囲にいないか見張ったり。
だが同じ巣で眠るようなことはせず、自分の作った巣がすべて見回せるような高い場所を好んで居場所とするのだ。
あれ、その生態系って雄にメリットなくないか?
延々と巣作りをし、自分の子供を見ることなく新しい巣を作るなんて。
それとも自分の子孫を残していくということが雄にとってメリットなんだろうか。
それならば生物としての種の生存は果たされているからいいのかもしれないが。
他にも俺たちが得られたヒュージクロウの特徴はいくつかある。
まず雄と雌は傍目からでもわかるくらい見た目に違いがあるそうだ。
雄は体が大きく、羽毛は黒一色。
雌は雄よりも一回り以上小さい。
羽毛は灰色で、嘴は丸みを帯びている。
なによりも、餌を大量に運ぶためか胸元がポケットのようになっているらしい。
また、雄は縄張りを守るためにテリトリー内に入ってきた人間を襲うこともあるらしいが、雌は臆病でなにがあっても争うことをしないそうだ。
ただし、子育て中の雌は外敵が自分の巣を荒らすことがわかると大声で鳴く。
それによって雄を呼び寄せるのだ。
オークの書いた地図はかなり正確なもので、迷いなくその森の付近までこれた。
ただ、ここからはオーク自身も入ったことはなく未知の世界だ。
「危険!ここから先ヒュージクロウの生息地、だとよ。」
森の入り口にはご丁寧に立て看板があり、そこには警告文が示されていた。
もちろん、それで
誰も怯むことなくその森の中へ足を踏み入れる。
森全体が巣といっても、すべての領域がテリトリーというわけではないようだ。
森の中が少しずつ区分されているようで、それぞれの縄張り範囲内は大して広くはなさそうではあった。
ただあちこちに巣はあるようで、姿は見えないまでも視線が俺たちに突き刺さる。
「水晶玉ってどうやって探せばいいんだ?」
「生態から考えるとどっかの巣にあるってのが妥当だろうな。ただ、余計な奴にちょっかいをかけると無駄に戦闘を増やしたり生態系を壊しかねん。」
つまりはなるべく最小回数で水晶玉を見つけるべきだ、と。
レベルアップの概念のない俺たちにとって、無駄にヒュージクロウを倒しても疲労がたまるだけだし、将臣の言う通り多くを仕留めると付近の生態系が壊れてしまうかもしれない。
だが無理難題じゃなかろうか。
巣の中に仕舞い込まれているとすれば、外から目視で探すのはほとんど困難だろう。
となると巣の中を覗き込む必要があるが、そうなれば戦闘は免れない。
「ヒュージクロウを俺たちの知るカラスの生態とほぼ同等と考えると、卵が孵化するまでにかかる時間は20日前後。水晶玉の行方が分からなくなったのが2週間ほど前なわけだから、まだ卵は孵化していない。となると、考えられるのはまだ空の巣か雌が抱卵中ってところだな。」
方針は定まった。
探すべき巣はまだ入居者がいないできたばかりの巣か、いたとしても雛は生まれておらず雌が1羽のみのところだ。
まぁこれは将臣の言う通り、ヒュージクロウが現代に生きるカラスと同じと仮定した条件下なのだが。
その条件であればラッキー、なければ次を探せばいいだけだ。
やみくもに探し回るよりは怒りを買わなくて済むだろうという希望的観測に過ぎないが。
意外と巣に雌しかいないという場所は少ない。
たいていのところは雛がいるか、もう既に巣立った後でもぬけの殻となっているところばっかりだ。
ほとんどの雌がせっせと子育てをしており、近づくたびにギロリと睨まれる。
おっかない。
幸いなことに雌の警戒距離までは近づかなかったからか、雄を呼び寄せられることはなかった。
「あ、あれ空っぽじゃないか?」
探し始めて体感時間で1時間。
ようやくできたばかりで誰もいない巣を発見したのだ。
一番身軽な俺が木を登る。
やはりでかい鳥なだけあって、巣を作る木は太くがっしりしたものだ。
巣は木のてっぺんではなく、木の中ほどのしっかりとした枝に作られている。
都会で見るような人工物は一切なく、器用に木がくみ上げられたシンプルなものだ。
だが残念ながらここには目的のものはなかったようだ。
「しゃあねぇ、次探すか。」
そういって木を下りようとすると、なにかきらりと光ったのが見えた。
思わずそれを手に取ると、それは小さな指輪だった。
もしかしたら何か役に立つかもしれない、そう思った俺はその指輪を手に取るとそのまま木を下りた。
その後も目的の巣を探すが一向に見つからない。
そろそろ昼頃になるだろうか。
俺たちの中にも捜索対象を増やすかという雰囲気が流れ始めていた。
「そろそろ森の端だな、もう雌しかいない場所とか言わず全部の木見てみるか?」
辰也の提案はもっともらしい。
これ以上進むと森から出てしまいそうではあるし、見つからないのなら仕方がないといえよう。
「じゃあこの木になければそうするか。」
森の端。
そこには最後の希望を託すかのように、雌しかいない木があった。
これで見つからなければ仕方がない、今まで見てきた場所にあった子育て中の場所を荒らすしかなくなるのだろう。
頼む、ここにあってくれという祈りを込めて俺はその木に足をかける。
雌の警戒度がどんどんあがっていく。
ギャイギャイと大きな声ではないが、警告音のようなものを出している。
おそらく抱卵中なのだろう。
自分の卵を守るためなのか、巣から退こうとはしない。
果たしてこの状態でどうやって巣の中を確認すればよいのだろうか?
せめて木に登り始める前ならもう少し余裕を持って考えることもできたのだろうが。
だがいったん上り始めたら引き返せない。
―ギギャァー!
雌の警戒度が限界を突破したのだろう。
耳を劈くような声が森に響き渡る。
やばい、雄が来てしまう。
「夏生、下りろ!」
下から涼介が叫ぶ。
もう頭上には大きな影が広がり、いやでも雄が来たことがわかる。
こうなったら戦闘は必至だ。
木の上で戦うよりかは、との思いで俺は木から飛び下りる。
雌は雄が来たことで安心したのか、巣から飛びたち木のてっぺんにとまる。
雄は羽を大きく広げ俺たちに対して攻撃の意思を放つ。
戦闘開始だ。
たかが1羽と言っても侮ってはいけない。
嘴は大きく、爪もまた鋭くとがっている。
あれで突かれたり蹴られたりすれば大けがは間違いないだろう。
「いや、待て。もしかしたら戦闘を避けられるかもしれない!夏生、お前巣に上って中を確認するのにどれくらいかかる?」
「え、そりゃ1分もあれば。」
「ならやるだけやってみるか、
将臣の魔法の行使は成功した。
俺たちに今にも襲い掛かろうとしていたヒュージクロウは急に上から降りかかってきた重力に屈し、地面へと倒れ伏せる。
だがそれを使っている将臣の方も辛そうだ。
俺はせっかく将臣が作ってくれたこのチャンスを逃すまいと再び木に登り始める。
雌が近くでギャアギャア叫んでいるがそんなことを気にしている暇はない。
「あった、多分これだ!」
「でかした!下りてこい!」
はたして、その巣に水晶玉のようなものをみつけたのだ。
丸くて透明なガラスにも見えるこれがおそらくそれだろう。
下では俺を受け止めようと涼介が両手を広げているのが見える。
正直あれに飛び込むのは恥ずかしいという感情が俺を襲うがなりふり構っている場合じゃないことは確かだ。
覚悟を決めて跳ぶ。
地面に向かい急降下する俺を涼介はしっかりと受け止めてくれた。
「将臣、逃げるぞ!」
「っ、ああ!」
俺が下りるぎりぎりまで魔法を使ってくれていたのだろう。
少しずつ動き始めているヒュージクロウだったが、まだ地面からは起き上がれていない。
とにかく走れ、こいつらのテリトリーから抜け出すまでは…!
俺たちが走り出すとすぐ魔法の解けたヒュージクロウが後から追ってくる。
幸いなことに、森の中は木が生い茂っているためヒュージクロウはその大きさが災いして最高速度では追いかけてこれない。
追いかけるためには木が生えていない上空へ飛ぶしかないが、そうはしなかった。
それでもヒュージクロウの飛行速度は速かった。
あのスピードでも器用に木を避けて飛ぶのだ。
森の出口手前で俺たちの背中にあと少しで爪が届くまでに迫っていた。
(一か八か…!)
俺はさっき別の巣からもってきたキラキラと光る指輪を進行方向と反対に投げた。
この行動は正しかったと言えよう。
指輪はヒュージクロウの真横をすり抜け、後ろへと飛んで行った。
キラッと光るものを目にしたヒュージクロウの意識はそちらに向き、俺たちはなんとか森を抜け出すことができたのだ。
ヒュージクロウはテリトリーから抜けだした相手を深追いはしない。
その聞いていた生態通りそれ以上追ってくることはなかった。
「なんっ、とか…逃げ延びたな。」
こんなに全速力であの距離を走る羽目になるとは思わなかった。
無我夢中で走り抜けたそこは、入ってきた場所とは少し違うが森から抜ければそれほど脅威はないだろうというだ。
勘を頼りに元の場所の付近まで戻り、俺たちはオークの家へと戻ってこれた。
「水晶玉、これでいいか?」
家に戻った俺たちが幼女に水晶玉を見せ尋ねると、こくんと頷く。
よかった、どうやらこれであっていたようだ。
「
「ああ、ダスク国のサウラって姫は知ってるか?その人の行方が知りたい。」
「名は、知ッデる。グリース、占えルか?」
その問いにもこくりと首を振り答えると、グリースと呼ばれた幼女は水晶玉を見始める。
髪と同じピンクをしていた目が赤々と光る。
占いの結果が出たのだろう。
こしょこしょとオークに耳打ちをする。
「姫ハ、ここから東に向カッたシャルグどいう国ノ、フスフト砦に
なんと、そこまでわかるのか。
地図を見るとシャルグという国は大陸の中央部に位置し、その国の北東部にフスフトという砦があることがわかる。
サウラ姫は現在そこに無傷で囚われているのだそうだ。
「そうか、こちらこそ助かった。では俺たちはそこへ向かうとするよ。」
俺たちが出発しようとしたときだ。
「…ありがと、気をつけて。」
グリースが喋った。
鈴の鳴るような透き通った小さな声ではあったが、たしかに喋った。
俺も妹が欲しかった。
バイバイと手を振られたので手を振り返し、俺たちは東へ向かうのであった。
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