第9話 水晶の行方は。

―オッヴエオッオー!


 早朝。

 今までに聞いたことのないくらいの奇声?

 いや、もしかしたら声ですらないのかもしれない。

 そんな不可解極まりない音で俺たちの意識は覚醒した。


「なんだ!?」

「もしかしたらまたモンスターなのか!?」


 もし、モンスターに襲われていたのであれば鎧などつけている暇はない。

 いや、鎧をつけないというのは非常に危険ではあるのだが。

 だが急を要するのかもしれない。

 俺たちは武器だけ手に取ると、急いで家の外へ出た。


「あらおはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」


 外は俺たちが想定しうる最悪の事態とは無縁そのもの。

 ペコラが暢気に箒を持ち、家の外の道を掃いている姿が目に留まるくらいだった。


「え、さっき何か変な音しなかったですか?」

「変な音?なにかあったのでしょうか?」


 なんと。

 さっきの大音量がペコラの耳には入っていなかったというのか?

 

「いや、聞こえませんでした?なんか、オッヴェーみたいな声。」

「あ、それでしたら…。」


 そう言いながらペコラは家の裏へ回る。

 なんだ、やはり聞こえていたのではないか。

 となると、変な音ではなく日常的に耳にする音なのか。


「きっとこの子ですわ。」


 そういうペコラの手には、なにやら鳥のようなものがバタバタと羽を羽ばたかせている。

 緑色の羽毛、茶色の鶏冠とさか

 色こそ違うものの、形は俺たちのよく知る鶏ではないか。


 どうやらこの世界の鶏のようなものは、さきほどのような鳴き声がデフォルトなのだそうだ。

 目覚まし時計もないこの世界では、朝告鳥モーニングバードと呼ばれるこの鳥が唯一正確に朝の時間を計ることのできる存在らしい。

 もちろん、俺たちのよく知る電池で動くタイプの時計はないにしろ、水時計、日時計など自然の力に任せた時間を計る手段はないこともない。

 だが一般庶民が手軽に時間を知る手段としては、このモーニングバードが朝の時計代わりなのだそうだ。

 どのモーニングバードも正確に朝6時を示しているというから驚きだ。

 晴れの日も、曇りの日も、雨の日も。

 夏も冬も、雨期も乾季も。

 いったいどういった構造をしているのだろうか、興味深い。


「もうじきヤンも帰ってきますから、そうしたら朝食にいたしましょう。」


 ヤンの起床はモーニングバードよりも早いらしい。

 起きたらすぐに羊たちを放牧し、朝食をとった後は羊の世話をしたり、市場に出かけたり。

 牧〇物語みたいな生活してんな、おい。

 現代っ子の俺たちにはそんな規則正しい生活をしているほうが体の調子が悪くなりそうだ。


 モーニングバード並みに規則正しいヤンが戻ってくると、朝食をいただいた。

 産みたて卵のベーコンエッグとコンソメスープがいつも通りのメニューらしい。

 モーニングバードの卵ではないらしいので、きっと現代でいうところの鶏のような存在は別にいるのだろう。


「では、俺たちはこれで。一晩お世話になりました。」

「おう、またなんかあったら来いよ!」


 家の前でペコラに別れを告げ、少し歩いたところにある放牧場でヤンに別れを告げ。

 俺たちは当初の目的通り、千里眼の水晶探しという依頼をこなすために再出発したのだ。

 予定よりも少しペースが遅れているのかもしれないが、ここで一晩明かしたことは俺たちにとってはプラスに働いた、と思いたい。

 もしかすると予定通りにいっていたらどこかで野宿だったかもしれないし。

 せめてテントかなんか買っておけば少しは安心して寝泊まりできたのかもしれないが、今の俺たちにはテントどころか寝袋すらない。

 気候が温暖なのがせめてもの救いだ。


 地図を見る限り、ここからその依頼者の家までは一直線だ。

 迷いようがない。

 しかもここからだとおよそ1キロにも満たない距離しかないので、どれだけゆっくり歩いて行っても10分もかからない。




「ここ…だよな?」


 そこは俺たちが思っているような建物ではなかった。

 明らかに人間が入るには大きな扉がつけられたそこは、壁にところどころ穴が開いており、とても人間が住んでいるようには思えなかった。

 表札にあたる部分にはなにか文字のようなものが書いてあり、将臣曰くボロボロの文字で『占いの館』とかろうじて読めるそうだ。


―コンコン


 一応ここが目的地かもしれないので、扉をたたく。

 返事はない。


「もしかしたら留守なんかな?」

「そもそもだれも住んでないとか。」

「やめろよー、無駄足になるじゃねえか。」


―コンッコンッ!


 さっきよりも大きく扉をノックする。

 その音に反応するかのようになにか重いものがドシン、と落ちる音がした。

 その後バタバタと走り回るような音が聞こえ、ドアがガン!と大きな音を立てて開いた。

 …少し離れたところにいてよかった。

 もし俺が涼介と同じ位置に立っていたら、今頃デコを抑えていたのが2人になっていたところだった。

 これ涼介の頭が異常なほど石頭じゃなければ死んでるんじゃないか?

 だってドア、木製だとしても明らかにへこんでるもん。


「す、スまね!大丈夫だいじょぶか?」


 出てきたのは。

 頭には短い2本の角、へしゃげた鼻、大きな口から飛び出した鋭い牙。

 客観的に見て豚や猪に近い顔。

 おそらく、オークだろう。


「っ!」


 反射的にレイピアに手をかける。

 将臣と辰也もいつでも呪文が発動できるようにしているようだ。


「待、待テ!オデは、悪ぃオークじゃネ!」

 

 武器に手をかけた俺たちを見たそのオークは、体に見合った長く太い手を顔の前に持ってくるとブンブンと否定するかのように振る。

 否定と同時に何も武器を持っていない、戦う意思もないということをアピールしているようにも見える。

 完全に信用するに値するかは現状わからないわけだが。


「マさか、おタち、オデの依頼、見デくれたのか?」


 まさかと言いたいのは俺たちの方だ。

 どうやらこのオークが俺たちの持ってきた、千里眼の水晶探しの依頼人だとは。

 まぁこんな異世界で依頼を出すのが人間のみだと思っていた俺の考えが浅はかだったのかもしれない。


 依頼の内容はこんなところだ。

 どうやらこのオークは、純粋なオーク種である父親が攫って孕ませた母親から生まれたそうなのだが、その母親というのが占い師の家系だったそうな。

 その先祖代々続いてきた占い師は、こちらも先祖代々受け継がれてきた水晶玉で行っていたらしい。

 この占いの力は、直径子孫の第一子の女子にのみ受け継がれ、女子は出産するとその力を失う。


「ん?ならその占いの力は誰が…?」


 ついつい疑問に思ったことを口に出してしまう。

 女子にのみ受け継がれるということは、この依頼人…依頼オークはどうみても男だし受け継いでいないのだろう。

 そして母親はまぁ、こいつを生んでるってことは力を失った後だろうし。

 ならその力は永遠に失われてしまったのだろうか。


「オデのいもーとだ。かわいイんだぞ。」


 なんとまあ。

 お兄さん、妹さんがいらっしゃるんですか。

 それもそれもかわいい妹さんですか。

 あ、でもオーク顔ですよね…。

 さすがの俺でも守備範囲外。


 おも入ッテこい、とオークが声をかける。

 あ、いいですいいですお兄さん。

 せっかく脳内では人間に獣耳が生えた程度のかわいい子を想像しているので、現実を叩きつけるのはやめていただきたい。


 そんな俺の心の声もむなしく、扉が開く音がする。

―パタン。

 ああ、現実がやってくる。


 ちょこん、と現れた子は。

 小さな頭に小さな角。

 ぱっちりとした目鼻立ちに、ピンクのふわふわ髪。


「普通にかわいいやないかい!」


 今度は心の声が外に出てしまった。

 なにあれ、俺の想像していた子より数百倍かわいいんですが。


 女の子は俺の声に驚いたのか、肩をびくっと震わせる。

 淡い黄色のシフォン素材にみえるワンピースがその動きに合わせてひらひらとはためく。

 くっ、あと10歳ほど年がいっていれば俺の守備範囲内どころかどストライク間違いないのに。

 なんで幼女なんだ。


 その幼女はオークの膝の上に乗ると、耳打ちをする。

 とても小さな声で、俺たちには聞き取れもしない。


「オさんダちが、水晶玉すいしょだま探してクれる人か、だと。」


 幼女の方を見ると、小さな頭をコクコクと縦に振っている。

 その頬は少し赤らんでおり、見知らぬ俺たちと話をするのが恥ずかしいといった雰囲気を醸し出している。


「ゴいつは、わげあッテ、オデ以外ド話しネ。」


 人には話したくないわけでもあるのだろう。

 特にその子と直接会話をしなければならない場面が出てくるわけでもなし、幼女からオークへの耳打ちにより俺たちは会話を行った。


 事件が起こったのは2週間前だった。


 幼女が国境の川のほとりで遊んでいるときのこと。

 どこの国にも、どんな時代にもいるのかもしれないが、近くの村のいじめっ子集団がやってきたそうだ。

 幼女は見つかればまた何か意地悪をされるかもしれない、と慌ててその場を離れた。

 だが慌てすぎたのか、普段肌身離さず持っていた水晶を落としてしまった。

 坂道になっているため水晶はころころと転がり、運悪くいじめっ子たちの足元に転がり落ちてしまったのだ。


 転がってきた水晶玉を面白がって、いじめっ子たちはそのボールを蹴り遊んでいた。

 取り返そうにも人前に出ることに対して恐怖を持つ彼女はおろおろとするばかりで何もできない。

 そんな時、彼女は頭上を大きな影が飛んでいることに気づいた。


大鴉ヒュージクロウだ。


 大人の人間を襲うことはままないが、子どもくらいなら十分攫うことができるその大きな鳥にようやくいじめっ子たちも気づいたようだ。

 まるで蜘蛛の子を散らすかのように一斉にどこかへ行ってしまう。

 人がいなくなったその場所で、カラスはキラリと光るものを見つけたのだろう。

 それを咥えてどこかへ飛んで行ってしまった。

 ようやく誰の姿も見えなくなったところで安心した彼女が水晶玉を取り返そうとその場へ行った時にはすでに水晶玉はなかった、とのことだ。


「ならそのヒュージクロウが持って行ったのが水晶玉、と考えるのが妥当だな。」


 将臣がそういう。

 俺を含めた3人も同意見だろう。

 どこの世界でもカラスと名の付くやつは光物に目がないのかもしれない。


「オデも、そう思う。だガ、ヒュージクロウの住処は遠イ。いもーとがいるから、オデは探しにいけネ。それで依頼シた。」

「場所はわかるのか?」

「わカる。待ってロ、地図描いてヤる。」


 オークは丁寧な手つきで地図を書く。

 蹄のある手にしては器用に筆をとり。

 俺たちはその教えてもらった場所を目指して、水晶玉を探しに行くことにしたのだ。

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