第4話

日が暮れるのも、すっかりと早くなった十二月の中旬。

秋との出会いから私の中学生としての残りの時間は、ゆっくりと経過していくように思う。


「秋。飲み物とって」

「えー、自分で取れよー」

「今、本読んでるから取れない」

「もう、仕方ないな」


私の家や秋の家で休日や放課後に過ごすことも増え、こうやって泊まりにくることもしばしば。

家族は、私に気を許せる友人ができたからか。秋のことを好いている。

それどころか母は、夜ご飯の手伝いさえもしてしまう秋を娘にしたいと言いだした。


これは私の娘としての立場の危機なのでは……!


なんて、考えながら手渡された緑茶を飲んでふと秋を見る。

風呂上がりの秋は、絨毯の上で家から持ってきたらしいピンクのもふもふした愛らしいパジャマを着て漫画を読んでいる。


「それ姉さんが追いかけてる少年漫画だけど面白い?」

「うん!すっごく面白いぞ!」

「そうなのか。私も今度借りて読んでみるか」


……そういえば、あの図書館で言ってた。『嫌なこと』ってなんだったんだろう。

人の痛いところには、触れたくはない。

でも……秋のことは全部知っておきたいなんて。

私は、一体秋のなんだ。

ただの友人だ。それ以上でもそれ以下でもないだろう。


「彼方?どうした」

「いや、なんでも……」


そう言いかけたところ、秋は読んでいた漫画にしおりを挟み、私が座っている隣に腰かけた。


「話してくれ。本当に嫌なら別に……強制はしないけど……」

「ごめん。もし、本当に嫌なら言わないでいいんだ。あの時……秋が私と始めて逢った時、嫌なことがあったって言ったよな。あれはなんだったんだ?」

「ああ、あれか」


秋は頬を掻くと、恥ずかしそうに俯いた。


「えっとな。あれは、好きだった漫画で好きなキャラが死んでしまって……あはは」

「……はい?」

「ショックのあまり図書館に駆け込んだら、彼方がいて、こう、ぎゅーって」


聞かなければ良かった。

心底、そう思う。


ため息をついて、秋の頭にデコピンをした。


「あてっ。何するんだよー」

「私のシリアスを返せ。あほ秋」

「なんだよそれー」


そうしてじゃれあっていると、秋が体制を崩し、私たちが腰かけていたベッドに押し倒される・・・・・・形になってしまった。


秋は完全に固まっている。

それは私も同じだ。


頭はショートしてしまって、口をパクパクさせるだけの金魚に成り果てている。


しばらく固まっていた秋だが、少し真剣な目をして、押し倒されている形の私の髪を左手で撫でた。

なんだかくすぐったくて身をよじる。


「私はさ。こんな風に居心地が良い友人ができるなんて思わなかったんだ。私って世渡りって言うのか?そういうの苦手だからさ。ほら目つきも悪いし、人見知りだし、それで誤解されたりして……、でも彼方は私をちゃんと見てくれた。あの初会話については私も反省が多いけど、でもちゃんと見てくれた。初めてだったんだ。私の全部をさらけ出したのは。拒絶も叫喚も全身で受け止める準備をしていた。でも彼方は、私を心配して、私のことで怒ってくれた」


「本当に嬉しかったんだ……」


ポタポタ、と上から降ってきた温かな雨が頬を通り、落ちていく。


「私もだよ」

「え?」

「私もこんなに居心地の良い場所ができるなんて思っていなかった。私を変えてくれたのは紛れもなく秋だ。ありがとう」


ご褒美、なんて少し偉そうだろうか。

目を丸くしている秋の頬に、顔を近づける。


チュッ。


「な、ななない、今、キ、キキキ、キス!?」

「頬なら海外でもするだろ。友人同士でやってもおかしくない」


顔を背けながら答える。

こんな顔、見せてしまったら説得力がなくなってしまう。


秋はしばらくあわあわとしていたが、その表情は少し嬉しそうだ。


「なあ、彼方」

「なに」

「私は臆病ものだ。関係が変わるのが怖い。彼方が離れていくのがなによりも怖い。

でも、それでも今は伝えさせてくれ。


私は、彼方が好きだ。大好きだ。笑った顔も可愛いし、ちょっと天然が入ってるところも、その面倒くさがり屋で、でも誰よりも優しいその性格も全部全部大好きだ。私と付き合ってくれ」


突然の愛の告白。

秋の目は真剣だ。

私も真剣に返事をしよう。


「嬉しい、んだと思う。でも私には女を、同性を愛してそれを貫くことはきっとまだ難しいんだ。秋が恋愛対象に入るかといえばきっと入る。異性同性含めて一番好きな人はきっと秋だ。でも、まだ私には覚悟というものがない。だから……」


照れ屋でもコミュ障でも、それでも今だけは、彼女の顔を見て、しっかりと口に出さなければならない。


「待っててくれ」


「きっと答えを見つけだす。ヘタレだと笑ってくれて構わない。でも私が秋を悲しませない選択を選べる人間になれるまで待っててほしい」


これが私の答え。


秋が私を変えてくれた。

だったら自分でも変わってみせる番だ。

全部ぜーんぶ背負って、隣に立てる人間になる番だ。


「ああ、待ってるよ」


満面の笑みを浮かべ、秋は涙を流していた。


そうして、笑い、泣き合いながら夜通し語り合った。


きっと訪れる未来のことを。




満開の桜並木を、のんびりと歩きながら新しい学び舎へ向かう。

そんな理想の入学式。

だが目の前には奇妙な光景が広がっていた。


ぽっかり穴が空いているのだ。


いや、それは比喩の出来損ないだ。

新入生の雑踏の中、その一部分だけ、一人の女生徒を避けるかのように人がいない。


見慣れた少女だと思った。


髪はロングで、身長は159センチほど、きっと少し筋肉質だ。

それに目つきも悪いはずだ。

大切な友人が隣にいないのと朝なのもあり、少し不機嫌なのは間違いない。


今も、少し寝坊をしてしまった友人に想いを馳せながら登校しているのだろう。


私は、小走りでその少女のもとへ向かった。



「おはよう。秋」

パァァァっと表情を輝かせ、満面の笑みを浮かべる秋。


「ああ、おはよう!」


その笑みは、桜にも負けないほど綺麗だった。


END

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短編 彼女の一途な恋 森野 のら @nurk

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