1-34 裁判官、陪審員、処刑人

 建材の詰まったバレルの山から、身を乗り出して撃つ。引き金を3回引いたのち、遮蔽に身を隠す。

 ほぼ同時に、磁力兵器特有の腹に響く重低音発砲音。サイトが身を隠しているバレルの山から、次々と液状の建材が吹き出す。


 サイトは、ブラインドファイアで一回、牽制射撃をする。それから、斜め後方の別の遮蔽物へとダッシュした。


 背後から合金弾が追いすがるが、前方への飛び込みにより寸前で回避。立っている状態から、匍匐ほふく状態へと一瞬で移行した形となる。


 サイトはそのまま、うつ伏せ状態から仰向け状態へと、その身を寝そべったまま一回転させた。


 拳銃を両手でしっかりと保持し、サイトとシスルとを結ぶ、遮蔽物を挟んだ限られた空間の射線に狙いを定める。そして、発砲。


 針の目を通すようなごく僅かなスペースを、サイトが放った弾丸が通り抜けていく。


 シスルは柱の陰に身を翻し、飛来してくる弾丸を避けた。


 その様子を一目見るなり、サイトはゴロゴロと身体を転がし、ポジショニング変更のための移動に勤しんだ。そして、新たなポジションで銃撃戦を再開する。


 サイトとミリカの共闘が始まってから、早くも15分程経過していた。


 シスルの動きは、僅か、そう、ほんのごく僅かではあるが鈍っている。


 胴体にミリカのレーザーが直撃したから? それも一因ではあるだろうが、主要因ではないだろう。


 奴の動きを鈍化させる主要因は至ってシンプル。それはミリカが一人増えた事実にほかならない。


 敵が一人の場合は、戦闘中、一方面だけに意識を向けるだけでいい。無論、接敵前の奇襲を警戒しなければならない場面や、ブービートラップ、相手が分身術のような超常技能を保有しているのなら話は別だが。


 ともかく、敵がたった一人でも増えたならば、戦闘中であっても全方位に意識を向ける必要がある。一人が制圧射撃を加えて釘付けにし、その間にもう一人が側背を突く。古来からの常套戦術だ。


 そして、サイトとミリカは、ここまで、ささやかな数の利をフル活用して戦ってきた。前述の一翼包囲戦術、アンブッシュからの挟撃、サイトがシスルの意識を引きつけ意識外からミリカが狙撃......。


 複数を相手取らなければならないシスルの戦闘パフォーマンスが落ちるというのも納得というもの。しかし、動きが鈍ってなお、二人がシスルに致命傷を与えられていないという事実。奴がただならぬ実力の持ち主であることの証左にほかならない。


 正面からの撃破はジリ貧だ。それならば――。


『ポイント7作業完了。引き継ぎます』


 ミリカからの思念通信。同時にHUDのマップの一部分が赤く染まった。その部分の他にも、赤く染まっているポイントが所々に存在している。


『了解』


 ――引き際だ。


 サイトは銃撃を切り上げ、タイミングを見計らった。


 ――今だ! 


 飛来してくる合金弾の切れ目を見逃さなかったサイトは、遮蔽物から勢いよく飛び出した。そして、吹き抜け部の欄干へと、一気に距離を詰める。

 無防備であるはずのサイトに合金弾は飛んでこなかった。代わりに、彼の右横から巻き起こる、激しい戦闘音。ミリカがシスルの背後から襲いかかったのだ。


「何だよ! お前らデキてんのかぁ!?」


 シスルは、少し前のキレた様子からは打って変わって平常心を取り戻し、定期的にサイト達を煽ってくる。その変わりようは、不気味と言うより他はない。

 だが、サイトは知っている。その変貌は、強がりから来る虚勢だということに。奴の化けの皮は間違いなく剥がれかかっている。


 ともかく、サイトは欄干を勢いよく飛び越え、自由落下にその身を任せた。

 飛び降りたのは5階から。4階部分に差し掛かったところで、サイトは下から迫り来る、3階の欄干に向かって左手を伸ばした。


 欄干を掴むのと同時に、肩に襲ってくる衝撃と、掌に伝わってくる無機質な冷たさ。これまでの戦闘で消耗が激しく、シスルに散々痛めつけられた身体には堪える。

 だが、歯を食いしばって、それらの体感に耐える。そして、全身の筋肉に意識を集中し、欄干を乗り越えようと努める......成功。


 さて、もたもたしていないで作業に取りかかろう。サイトは、僅かな時間をも無駄にしてはならずと、ミリカから指定された、3階南東部に存在するポイント8へと駆けた。


 このような調子で、ミリカが攻撃を加えればサイトが姿を消し、サイトが攻撃を加えればミリカが消えるという状態が、幾度となく繰り返されていた。共闘開始後、しばらく経ってからの現象である。

 最初は緩やかに。しかし、現在は頻繁に。徐々にその間隔は狭まっていった。


 シスルは俺達の意図に気がついているだろうか?


 ポイント8に到着したサイト。そこは、大小様々な建材が乱立する、乱雑とした場所であった。


 早速、に取りかかる。頭上から響いてくる派手な戦闘音の最中、サイトは黙々とそのタスクをこなしていった。所要時間は1分30秒。


 作業を終えたサイトは、ミリカ達の姿を追うために、視線を辺り一帯に走らせる。


 ――居た。


 サイトのHUDには、天井越しに、青と赤の人型シルエットが浮かび上がっていた。青色は友軍ユニットを、赤は敵性ユニットを表す。つまり、青がミリカで、赤がシスルだ。 

現在、ミリカとシスルは4階北西部にて、激闘を繰り広げているようだ。


今度はサイトが思念通信を送る番だ。


『ポイント8完了。そろそろ潮時でしょう』

『ですね! フェーズ3に移行しますか』

『了解。西側階段からそちらに向かいます。その位置だと、ポイント3か5が直近ですね。お願いします』

『わかりました』


 素早く立ち上がって、サイトは全速力で走り始めた。階段に到達すると、一段飛ばしで駆け上がっていく。


 タイミングが肝要だ。急がねば。


 4階西側階段からフロア内へと躍り出ると、真正面にシスルが居た。サイトから見て、左側からはミリカが攻勢を掛け、シスルは右側へと後退している状態だ。


 シスルがチラリと横目で、サイトの姿を視認する。


「くどいぞ!」


 シスルが叫び、ミリカに向けていた銃口をサイトへと移す。


 発砲が開始される直前に、サイトは右横にダイブし、シスルの射線を僅かにずらす。一方的に撃たれるだけではない。サイトも負けじと、空中を滑りながら発砲する。


 一時的にではあるが、正面のミリカ、左横のサイト、二者から十字砲火を浴びせられた形になったシスル。さしもの彼女も、この状況は不利であると判断したのか、銃撃を中断し、その身を翻した。


 間を置かず、尋常ではないスピードで敵二人から距離を取る。両者の攻撃は、掠りもしない。しかし、その先にあるのは――!

 サイトは素早く立ち上がり、シスルの行方に注視した。


『ポイント3!』


 ミリカからの思念通信とほぼ同時に、サイトのHUDにアラートが表示された。


『ターゲット、有効射程圏内進入』と。


「俺達に気を取られすぎたな」


 そう呟き、サイトは起爆コードを送信した。


 次の瞬間、ポイント3から爆発音の大合唱が巻き起こった。 


 数多の資材が乱雑に転がる中に、半円を描くように、巧妙に隠蔽された3つのクレイモア地雷。それらの目的はただ一つ。”キルゾーン”へと迂闊に侵入した哀れな犠牲者の両足を吹き飛ばすこと。


 仰俯角10°に敷設された地雷群は、同時に2,100個のベアリングボールを投射。シスルの両脚を容赦なく粉砕した。


「うわあああぁぁぁ!」


 悲鳴と共に、サイト達の目の前でシスルが地面に崩れ落ちた。両足が吹き飛んだのだ。立っていられるほうがおかしい。


 右脚は完全に切断され、ズタズタとなったスクラップとしてシスルの後方へと吹き飛ばされる。

 一方、左脚は辛うじて胴体と接続されていた。が、文字通り薄皮一枚で繋がっているだけだ。ほぼ、切断されてると言っても過言ではない。


 サイトは言う。


「あんたに痛覚が無いのが残念だよ。本当に。擬似痛覚はあるにしろ、それ本当の痛みじゃない。ただの感覚情報だ。お前に本当の痛みはわからない」


 両脚を潰され、もはや逃走も叶わないシスルに向かって、サイトはゆっくりと歩み寄っていく。彼の目の前では、上半身だけになったシスルが、両腕を使ってうつ伏せ状態に陥っていた身体をひっくり返した。


「来るなッ! 死ねッ! 死ねッ!」


 半狂乱になりながら、シスルは、まだ稼働可能な可変式磁力兵器をサイトへと向ける。


「だから死ぬのはお前だって」


 ミリカが無慈悲に宣告。そして、シスルが発砲するよりいち早く、氷魔法を放った。 

 ありとあらゆる物体を凍結させる、強力な冷気エネルギー体が一直線に飛んでいく。間を置かず、可変磁力兵器のマウント先の付け根、すなわち、シスルの右腕上腕部が凍り付いた。


「サイトさん!」ミリカが叫ぶ。

「ああ!」


 サイトは目にも止まらない速さで凍結部を撃ち抜いた。次の瞬間、氷に包まれたシスルの右腕上腕部は粉々に破砕される。右腕上腕部の拘束から解放された可変式磁力兵器の銃身は、重力に導かれるまま床へと落ちていく。


 ゴトッ。


 鈍い衝突音を残して、無骨な銃身はシスルの側に横たわった。


「余計なことしやがって! このアバズレがッ! お前ら全員ぶっ殺してやるからなッ! 死ねッ! 死ねッ!」


 鬼のような形相で暴言を吐きながらも、唯一残された左腕で這って、サイト達との距離を取ろうとするシスル。背中を床に擦り付けてでも逃げようとするその姿は、苛烈な言動と相まって滑稽としか言いようがなかった。


「皮肉だよな。俺と同じてつを踏んでいるんだから。目の前の敵に気を取られすぎて、足元でドカン! だ」


 あの時、ミリカが提案したプランは至ってシンプルだった。

あちらこちらにブービートラップを仕掛け、無数のキルゾーンを形成。しかし、すぐには罠を起動しない。

シスルの頭からトラップへの警戒心が消え去るまで圧力を掛け続ける。そして、無防備な状態でキルゾーンに入り込んだタイミングで起爆。


 つまり、サイトがシスルにしてやられた事をやり返しただけなのだ。もっとも、チャンスは一度きり。2人は、シスルにこのプランを看破されまいと、注意に注意を重ねて戦闘を継続してきた。


 呪詛を撒き散らしながら必死に片腕だけで、逃げ続けるシスル。 しかし、そんな彼女の態度も、サイトが徐々に距離を詰めていくにつれて、急変した。


「待って!? 負けを認める! 認めるからやめて! 殺さないでっ! 話し合おっ!? ねえってば!」


 サイト達へと向けられた呪詛は、いつの間にか、許しを乞う命乞いの言葉に変わっていた。


「この期に及んで命乞いって......」


 ミリカが呆れ果てたように首を左右に振る。


 確かに、今のシスルには、これまでの威勢やプライドの欠片も無かった。遂に、シリアルキラー快楽殺人者という化けの皮が剥がれたのだ。残されたのは、迫り来る死から少しでも遠くに逃げようとする、弱者の無様な足掻く姿のみ。


「殺すな......だと?」


 サイトは打ち震えるような声で呟いた。


 こいつは殺しが楽しいと俺に言った。ならば、!? 


 他人を残虐に殺し、楽しむくせして、自分が殺された側になると惨めに命乞いをする。その非対称性がサイトの怒りをより一層強めた! 


「ふざけるなっ! 報いを受けろ!」


 サイトが吠える。そして、シスルの左腕に2発、10mmJHP弾を叩き込んだ。


「ギャッ!」


 とうとう、残された左腕にまでも風穴が開き、使い物にならなくなった。シスルは四肢全てを完膚無きまで破壊され、最早、這って逃げることすらできない。できることと言えば、同じ場所で、もぞもぞとうごめきながら、許しを乞うために叫ぶことだけだ。


 サイトはそんなシスルに一歩ずつ着実に歩みを進めていく。シスルには、彼の一つ一つの足音が、自身への死のカウントダウンに聞こえていることだろう。


「やめて......来ないで......」


 そして、とうとうサイトはシスルの元へと到達した。無様に達磨だるま状態で仰向けに転がっているシスル。その胴体を右脚で踏みつける。


「終わりだ」


 サイトは照準を、シスルの額へと合わせる。


「お願いします......命だけは......」


 シスルが涙声で懇願する。付随する表情は、苦悶に歪んでいた。

 だが、サイトは微塵も憐憫れんびんを催さなかった。むしろ怒りはピークに達しようとしている!


 サイトは、引き金に指を掛けた。


「お願い許して! 謝るから! 二度と殺さないから! 悪いのは全部私!」

「そう思うのなら死んで俺に詫びろ」


 サイトは引き金に掛けた指に力を込めた。


「嘘でしょ......! やめてっ! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめ――」

「地獄で言え」


 サイトは引き金を引いた。


 



 

 

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多世界交易都市の歩き方 トマトホーク @tomatohawk

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