1-33 戦闘継続

「は? 誰だよお前?」


 シスルが露骨に苛立ちを募らせながら聞く。直前まで、サイトに向けられていた可変式磁力兵器の銃口を、ミリカに向けながら。


「なぜ......ここに......?」 


 同時にサイトの口からも疑問が突いて出た。ミリカはディシェルと共に、別働隊の救援へと向かったはずだ。ここに来るはずがない。ましてや、サイトの自爆攻撃に巻き込まれるリスクがあるとなっては......。


――これは俺の幻覚か?


 ミリカは左手にレーザーピストル「プシラC6c」、右手に拳銃型指向性魔力集中器の二丁拳銃スタイル。フラックジャケットに、各種プロテクターとUfASシステムを身に纏い、完全に戦闘に備えてる。 


――いや、紛れもなく現実だ。幻覚にしては造形がリアルすぎる。


 ミリカは、自身に突きつけられている銃口をものともせず、前に突き進む。すぐ背後では、反重力ユニットで飛翔する小型ドローンが、彼女に追従している。


「確実に殺さなきゃ意味ないんですよ。生きて殺す、生き延びて足下に転がってる敵の死体を踏みつける。そうやって初めて、本当にそいつを殺せたかどうかが確かめられる......。サイトさん」


 ミリカは足を止めた。


「確実に殺せたかどうか、確かめる術のない自爆攻撃でお茶を濁して......本当にそれで満足するんですか? このビルが吹き飛んでもこの女は生き延びてるかもしれませんよ?」

「脈絡無く、しゃしゃり出てきて、クソつまんねえ説教かましてんじゃねえぞ! 死んでその口閉じろ!」


 忍耐の限界を迎えたシスルが吠える。同時に、可変式磁力兵器から数多あまたの合金弾がミリカに牙を剝く。


 ミリカは冷静に右横方向へサイドステップした。数瞬遅れて、ドローンが彼女の頭上に到着。直後、円筒状の防護フィールドがミリカの周囲に発生する。

 確実にミリカに吸い込まれるはずであった弾丸は、しかし、防護フィールドに見当外れの方向へと飛び去っていく。


「死ぬのはお前」


 ミリカによる宣言はさっきまでと変わらぬ口調だった。一瞬、彼女を取り巻く防護フィールドが消滅する。


 次の瞬間、左手のレーザーピストルからはレーザーが、右手の集中器からは電撃が放たれた。それぞれの殺人エネルギー体は、目にも止まらぬ速さでシスルに襲いかかる!


 シスルもミリカと同じく回避行動を取るが、電撃はともかく、殺傷能力を持つ光であるレーザーは目視では避けようがない。電撃は、ギリギリの距離で外れたが、レーザーはシスルの胴体に命中した。

 しかし、特に苦にする様子も無く、シスルは舌打ちだけを残してフロアの死角へと消えた。


 遠ざかっていくシスルの足音。この場に残されたのは、ミリカ、そして直前のいさかいの残響音と地面に伏しているサイトだけ。


「やっぱ、光学兵器対策はバッチリか」


 高出力のハイクラス・アンチマテリアル・レーザーなら、致命打になりえたかもしれないが、ピストルサイズの出力では無理な相談というものだ。


 ともかく、シスルは戦術的撤退という策を選び、この場から消え失せた。


「スキャニング・プロトコル実行。あいつを狩り出してきて」


 相変わらず、ミリカの頭上を滞空していたドローンが、肯定の意を示すかのような甲高い電子音を。次いで、吹き抜け部の天井まで一気に上昇していった。


◇◇


――まだ終わりじゃない......! 少なくとも今はまだ......!


 目の前で巻き起こる非現実的な光景に目を奪われていたが、すぐに我に返った。


 目に映る現実が全てだ。ミリカという闖入者の存在で、シスルがサイトに王手を掛けた盤上のゲームは完全にひっくり返された。

 この期に及んでも、まだ、シスルを殺すチャンスは残されている。いつまで地を這いつくばう傍観者の立場に甘んじていられようか!


 サイトは身体を地面へと縛り付ける重力に抗い、立ち上がろうともがく。先程まで痛めつけられていた全身の筋肉が悲鳴を挙げるが、歯を食いしばり、その抗議を無視する。

 

 肘を立て、膝を立て、ゆっくりとだが確実に立ち上がっていく。


――俺は甘んじていた。電子励起爆薬による自爆攻撃という逃げ道の存在に。


 確かに、その方法でもシスルを殺すという観点からすれば、この手で殺すのと大した相違はない。だが、それではミリカの指摘するとおり、

 遂に、サイトは立ち上がった。顔を伝う血を袖で拭い取り、顔を背け、口の中に溜まった血を吐き捨てる。


「よかったら、これ使って下さい」


 そう言って、ミリカがサイトに何かを投げ渡した。


 素早く左手でキャッチ。掌の中にある、”それ”を精査する。

 ”それ”の正体は、小型注射器。ラベルによると収められているのは、ヘフセズィソンらしい。

 ヘフセズィソンとは、戦闘刺激剤の一種。神経系に直接作用するこの薬剤は、緊急時、負傷者を戦闘に復帰させるのに用いられる。反面、副作用も大きいが、薬物使用に、四の五の言っていられる状況ではないのは明白であった。


「......どうも」


 辛うじて振り絞った声で礼を述べながら、早速、左腕上腕にある動脈に針を突き立てる。


 軽い身震いが数回、サイトの全身を揺らす。どこかそこら辺の宙をふわふわと漂っていた意識が肉体へと舞い戻り、再定着される。心拍数が高まり、ニューラル・インターフェースでも隠しきれない、身体を蝕む疲労感と痛みを吹き飛ばした。


 拳銃の底を突きかけていたマガジンを、ダンプポーチに落とす。そして新たなマガジンを装填する。残弾数表示は、2から16へ。......準備完了。


 よし、もう1ラウンド追加だ――!


「まだ、いけますか?」


 ミリカが聞いた。


「少なくとも、奴の息の根を止めるまでは......2、30分は」

「なら十分ですね。私にプランがあります......」


 ミリカは背をくるりと翻し、歩き始めた。サイトも彼女に追随する。


「スクルヴィーからの情報によると、シスルは現在、4階北東部を移動しています」

「スクルヴィー?」

「ああ、あのマルチプル・ドローンの愛称です」

「なるほど」

「いくらシスルの戦闘能力が凄まじいものであったとしても、全方位・複数からの攻撃を、永遠に捌き続けるのは不可能でしょう。最初は対処できても、いつかボロを出すはず。数の利・環境条件をフルに活用し、ジワジワと死の淵へと追いやるのが最善手かと」


 ふと、ミリカが足を止め、吹き抜け部の最奥部を見上げる。すると、天井からくんがスルリと、ミリカの背後へと舞い降りてきた。


 ミリカがサイトに振り向き直る。


「私は東側階段から昇降します。サイトさんは、西側から進攻してください」

「わかりました。それと......」


 サイトは、開きかけた口をつぐんだ。なぜ、この場所に来るはずのないミリカが、救援にやって来たのか聞こうとしたのだ。しかし、聞く直前になって、その手の質問は、今は不要であることに気がつく。疑問から礼へと直後に続く発言を改めた。


「先程はありがとうございました。ミリカさんが居なかったら、とっくにあの世行きだったでしょう」

「礼は全てが終わってからにしましょう。それでは、サイトさん。ケリをつけに行きますよ!」


 そう言って、ミリカは再びサイトに背を向け、駆けだした。


 その姿に倣うように、サイトも走り出した。全てを終わらせるために。

 

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