最終話

「それではウロボロス様、我々は王都の修復工事の手伝いに行ってきます」


 アルケディア国民の中でも屈強な男達が、ウロボロスに向かって頭を下げながらそう言う。


「はぁい、いってらっしゃーい。気を付けていってきてねー」


 ウロボロスは、にこやかな表情を浮かべながら優しく手を振って見送る。

 タマモ達との戦いから一ヵ月。

 アルケディアは王都の住人達と協力し、戦いによってボロボロになった王都の修復工事をしている。

 人間とは逞しいもので、あんな事件があったにもかかわらず、皆元気いっぱいに働いている。

 

「もうさ、ウロボロスが王様……ていうか、女王様? やればいいんじゃないの?」


 俺は玉座にグデッとだらしなく座りながら、目の前に居るウロボロスに話しかける。


「あら、それはダメよ。この国はあくまでムクロちゃんの国だもの。私は、あくまで宰相という立場なんだから」


 俺の言葉に対し、ウロボロスは微笑みを浮かべながら答える。

 まったく……せっかく平和が訪れたのに、ちっとも俺の平穏は来やしないんだから。

 それにしても、もうあれから一ヵ月経つんだな……時の流れのなんと早いものか。

 あの時、ナイア・ニグラスに使った魔法……それは『すべてをくらうものジ・エンド』。

 一切合切神羅万象、文字通りありとあらゆるものを喰らう究極にして最悪の魔法である。

 使用者の命を使い発動するという自爆技だ。

 俺のストックは一つしか残っておらず、正直相打ち覚悟だった。

 実際、ナイア・ニグラスは消滅。そして、俺もストックがゼロになり死ぬはずだった。

 ……いや、実際死んで砂になってしまう直前だった。

 だが、俺は今こうして生きている。理由は簡単、師匠である。

 ナイア・ニグラスが放とうとした例の光球を見て危険を察知した師匠は、俺達のところへ向かっていた。

 そして、俺が消滅する寸前に完全蘇生してくれたというわけだ。

 ご都合主義にも程があるが、まぁ助かったのだからそれでいいだろう。

 当然、自分の身を犠牲にするなと師匠にしこたま怒られた。

 ちなみに……タマモはナイア・ニグラスに完全に取り込まれており、助けることができなかった。

 もう、あいつと口喧嘩をすることもできないのだ。


「だー……れだ……」


 俺が感傷に浸っていると、不意に目隠しをされる。

 ……この声は。


「レムレス、何やってんだよ」


 俺は軽く溜め息を吐きながら目隠しをしている犯人に問いかける。


「残念、違います。正解は……」

「私だよ、お兄ちゃん!」


 不意に目隠しが解かれると、横からアグナが抱き着いてきてそう言う。

 ……なるほど、目隠し担当がアグナで声掛け担当がレムレスか。無駄に巧妙な事しやがって。


「お兄ちゃん、暇なら遊ぼうよ!」

「いやぁ、そうしたいのは山々なんだけどさ、王様として色々やんなきゃいけなくて忙しいんだ」

「えー……」

「そんなに遊びたいならアウラと遊んでおいで。あいつも暇そうにしてたからさ」

「……はーい」


 アグナは不服そうに頬を膨らませていたが、渋々ではあるが納得するとトテトテと謁見の間から出て行った。


「アグナは元気だなぁ」


 俺は、走り去る彼女の姿を見ながらしみじみと呟く。

 あ、そうだ。


「なぁ、レムレス」

「どうしました?」

「あれから一ヵ月経つけど、身体の調子とかどうだ?」


 なにせ、ナイア・ニグラスの攻撃を喰らって身体の半分が消滅していたのだ。

 ナイア・ニグラスが消えたお蔭か、なぜか効かなかった蘇生がようやく効いて、彼女も無事に復活したというわけだ。


「そうですね……今のところ以前と何か違う、とかはありません。むしろ、調子がいいくらいです」

「それは重畳」


 その調子で、俺の代わりにドンドン仕事してくれたら大変ありがたいのだが……代わってくれないだろうなぁ。


「マスター、『一ヵ月経つ』で思い出したんですけど」

「なんだ?」

「私が事切れる寸前、マスター……何か言い掛けてませんでした?」


 瞬間、俺は水分など無いのにブワッと冷や汗が吹き出たような感覚に襲われる。


「そそそそそんなことないよ?」

「こっち見て答えてください。明らかに挙動不審じゃないですか」


 俺が冷静沈着に否定すると、レムレスは疑いの眼差しでこちらをジーッと見てくる。

 くそ、今まで何も言ってこなかったくせに、このタイミングでそれを言うとか卑怯だぞ!

 あの時は、あんな状況だったんで思わずおセンチな気分になったが、一ヵ月も経つと、もはやいつも通りである。


「あらあらまぁまぁ」


 俺が助けを求めるようにウロボロスの方を見れば、彼女はまるで青春の瞬間を見ているかのように温かい目でこちらを見ていた。

 くそ、役に立たねぇ!


「マスター、ほらマスター、へいマスター。あの時何て言おうとしてたんですか?」

「近い近い近い!」


 ぐいぐいと俺にのしかかるように顔を近づいてくるレムレスに対し、俺は逃げ場のない椅子の上で必死に逃げようとする。


「ちょっとレムレスぅ、何やってるのよぉ?」


 俺が窮地に陥っていると、救いの手は意外な場所からやってきた。

 何やら書類を持ったウェルミスが、ジト目でこちらを見ている。


「何って、マスターから私への愛のささやきを聞こうとしてたんですよ」

「あらあらあら? それは聞きずてならないわねぇ? マスターからの寵愛は私が一番に受けるべきだと思うのだけれどぉ?」

「はっ! おっぱいモンスターはお呼びじゃねーですよ」


 ウェルミスの言葉に、レムレスは小ばかにするように鼻で笑う。


「あ?」

「お?」


 二人は険悪なムードでお互いに睨みあう。

 ……あんな事があったのに、二人はまったくかわんねーな。


「ふっふっふ……ムクロっちの寵愛を受けるのは私よ!」


 俺が内心呆れていると、今一番聞きたくない声が聞こえてくる。


「とぉ!」


 俺がこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいになっていると、空中ひねり三回転とアクロバティックな動きをしながらリリスが現れる。 

 相変わらずのムキムキマッチョスク水という、この上なく精神上よろしくない外見をしている。

 こいつ、あの時の戦いの時に居ないと思ったら、どこから情報得たのかアルケディアの方に居たらしい。

 本人曰く、血なまぐさい事は苦手だから避難してた……との事だ。

 そして、そのままアルケディアに居つき迷惑極まりない。


「あらぁん、リリス。アナタ、鏡は見た事あるの? アナタみたいな化物は最初からアウト・オブ・眼中に決まってるじゃなぁい」

「おや、初めて気が合いましたね。私も同感です」

「きぃぃぃ、なによなによ! 私なんかムクロっちと濃厚なキスをした仲なんだからね!」


 レムレスとウェルミスに言われたい放題言われて、リリスは悔しそうにしながらとんでもないことを叫ぶ。

 き、貴様……俺が思い出したくないことを!


「な……なんですってぇ? ご主人様! それは本当なのぉ?」

「キオクニゴザイマセン」


 俺は忌々しい記憶をこれ以上掘り起こさない為にも首を横に振ってそう答える。


「ひどいわ! 私の事は遊びだったのね!? ……いいわ、ならもう一度キスして愛の再確認をさせてあげる!」

「ちょ、させないわよぉ!」

「マスターの唇は私の物です! なにせ、マスターは私が死ぬ寸前、私のことを愛していると言いましたから!」


 言ってねぇ! 確かに……その、言いそうに? なった? けども? あれは一時の気の迷いというかそんなものだ!


「マスター」

「ご主人様ぁ」

「ムクロっち……」

「「「私とキスしなさい!」」」

「断る!」


 俺は全力でそう答えると、堕魂ルシファー・ソウルを発動し、全力で逃げ出す。

 



 ……ああ、俺の平穏はいつになったらやってくるのだろうか。

 俺は、静かに暮らしたいだけなのに。

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リッチは静かに暮らしたい 已己巳己 @Karasuma_Torimaru

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