第116話
目の前に現れた天使は、見た目こそ神々しいが何とも嫌な気配を纏っている。
「ふむ、三割ってとこか」
「何がだよ」
「こっちに呼び出せたナイア・ニグラスの力さ。奴はあまりにも強大過ぎてな、こっちに呼ぶのは三割が限度だったってわけさ」
てことは、目の前に居るのは本体の内の三割ナイア・ニグラスか。
その割には、とてつもない力を持っているように感じる。
これで三割とか、もし十割全部ならどれだけの力になるのだろうか。
想像するだけでも恐ろしいな。
「それにしても……光属性って事は、この中じゃムクロを一番の脅威に見ているってことか。気に入らねぇな」
「どういうことだ?」
俺は油断なく構えながら、忌々し気に舌打ちをするタマモに尋ねる。
「ナイア・ニグラスは別名、無貌の神とも呼ばれていて、決まった形がないんだよ。伝承では、その場でもっとも強い奴の反対の属性になるらしい」
なるほど、だから俺の闇の反対で光になったのか。
タマモはさっきの攻撃でも見て分かる通り、炎属性を得意としてるからな。
……つうか、無貌の神とかこれまた精神がすり減りそうな二つ名だな。
「さて……ムクロ。もう一度聞くぞ? 俺の仲間になる気はないか?」
「ないね」
タマモの問いに俺は即答する。
世界征服とか、そんな他の奴らを敵に回すような真似はしたくない。
俺は、あくまで平穏に静かに堕落した生活を送りたいだけなのだ。
「そう、か……いや、残念だ。ならば、お前にはここで死んでもらうしかないな。俺の脅威になりそうな奴は生きてちゃ厄介だからな」
俺の答えを聞いて、タマモは寂しそうな顔でそう言う。
「俺の味方になってくれるような七罪の代わりを作ろうとしたが、お前に邪魔されるし……人生、上手くいかないもんだな」
「……どういう事だ?」
「言葉通りの意味さ。俺は、ナイア・ニグラスの力の一部を手に入れ、素質のあるモンスターに力を与えて魔人化させたのさ」
なるほど、そういう事だったのか。
そう考えれば、色々納得がいく。
確か、最初に出会ったのはアントクイーン。傲慢な性格で女王らしいとも言える。
そして、暴食のシグマリオンに怠惰のタピール……色欲はリリスがそっちに味方してるから居なかったな。
他の奴らも恐らく居るのだろうが、少なくとも俺は出会った事が無い。
「強欲らしく世界を手に入れ、昔からの親友も仲間に引き込みたかったが……この際、親友は諦めることにするよ」
「世界を諦めて親友を取った方が美談になると思わないか?」
「……悪いな、俺は強欲だから世界の方が欲しいんだ。さて、話はこれで終わりだ」
タマモはそう言って話を無理矢理打ち切ると、微動だにしていないナイア・ニグラスの方へと視線を向ける。
「ナイア・ニグラス、
「なっ!?」
タマモの衝撃の発言に驚いたのも一瞬で、ナイア・ニグラスはタマモの命令に応えるかのように一瞬で奴を包み込む。
そして、一瞬脈打ったかと思うとタマモを完全に呑みこんでしまう。
「……あいつ、馬鹿かよ」
これは俺の予想だが、奴は自分の力では世界を征服するのはできないと薄々感じていたのではなかろうか。
だから、ナイア・ニグラスなんていう化物クラスの力を追い求めた。
そして……奴と一体化することで、自分の野望を叶えようとしたのではないのかと思う。
「う、うぉぉぉぉぉ……ム、クロ……コロ……ス」
そして、俺の予想を裏付けるかのようにタマモと一体化したナイア・ニグラスが俺に向かって殺意を飛ばしてくる。
……っち、面倒だがやるしかないか。
「マスター!」
聞き覚えのある声に振り向けば、レムレスがこちらへ向かって走ってきている所だった。
パンッ。
「……は?」
何かが弾けるような音が聞こえたかと思うと、目の前を走っていたレムレスがぐらりと倒れ込む。
「レムレス!」
俺が慌てて駆けよれば、レムレスの身体が縦に半分消滅していた。
「マ、スター……? わ、たし……ど、う……」
「喋るな! 今、蘇生してやるから!」
口をパクパクさせてか細く喋るレムレスを黙らせ、俺はすぐさま蘇生魔法を掛ける。
……しかし。
「なんで……なんでだ! なんで魔法が効かない!?」
いくら蘇生魔法を掛けても、治る気配が全くない。
今までこんなことは一度も無かったので、ただただ困惑するばかりだった。
「ぁ……ます、たー……」
「なんだ? 絶対治してやるから安心しろ、な?」
「あぃし…………ます」
「レムレス?」
レムレスは最後に一言呟いたかと思うと、そのままピクリとも動かなくなる。
……なぜか、幸せそうに微笑んで。
「邪魔、スル者……皆、コロス……」
その声に振り向けば、ナイア・ニグラスの周りには十数個の光り輝く光輪が飛び交っていた。
おそらく、あれがレムレスを……。
「……」
俺は、レムレスの目をそっと閉じさせてやると
おそらくは、この中が一番安全だろうからな。
「レムレス……俺も……」
俺は一度呟きかけたその言葉をグッと飲みこむ。
……これは、本人に面と向かって言うべきだと思ったからだ。
「てめぇは……俺が絶対ぶっ殺す!」
俺は、ナイア・ニグラスを睨みつけると魔法を放とうと呪文を唱え始める。
パパパパパパンッ!
瞬間、先ほど聞いた何かが弾けるような音が今度は連続して聞こえる。
「……は!?」
一瞬意識が飛んでいた俺は、すぐに我に返る。
俺は今……
何があったかは分からないが、死んだという事だけはわかる。
これは、だいぶまずいのではなかろうか?
ぶっちゃけ、今ので俺の半分のストックが持ってかれた。
一度、退却して体勢を立て直した方が……。
「って、思う訳ねーだろうがぁ!
俺は半ば不意打ち気味に
基本的に防ぐ手段の無い、俺の得意魔法。これさえ決まれば……。
「……無駄ダ」
しかし、
もちろん、俺は解除なんかしていない。
まず間違いなく、ナイア・ニグラスがやったのだろう。
「セカイヲ……我ガ手ニ……」
「させるかよぉ!
俺は続けざまに魔法を放つと、俺の影が巨大な獣の顔になりナイア・ニグラスを噛み砕こうと襲い掛かる。
パンッ
影の獣が弾け飛ぶと、ナイア・ニグラスの攻撃の余波なのか、俺も死んでしまう。
「
すぐさま奴の後ろに復活し、今度は八つ首の巨大蛇を召喚。
しかし、先程と同じ結果になってしまう。
「
「
「針千本!」
一回魔法を放つごとに、奴からのカウンターを喰らい死亡する。
「……無駄だと言っているのが、わからないのか? ムクロ」
「……っ!」
めげずに再び魔法を放とうとした時、奴からタマモの声が聞こえ一瞬硬直してしまう。
パンッ
くそ! 俺としたことがベタな手で死んじまった。
どうやら、魔法を放つ度に奴の周りに漂う光輪が超速度のカウンターを放つらしい。
……ならば。
「本当は、これは俺のスタイルじゃないんだが仕方ない……
魔法を発動すると、俺の持っている闇の魔力が自身の身体を包み込み始め、まるで闇の鎧のようになる。
これは普段は魔法使いスタイルの俺が、近接スタイルになるための魔法だ。
魔力を身体能力に変換することで、絶大な力を得ることができる。
「ラァァァァァ!」
俺は、魔法が上手く発動した事を確信するとナイア・ニグラスに向かってダッシュをする。
すると、光輪が超速度で飛んでくるが動体視力も格段に上昇した俺にとって避ける事はたやすい。
飛び狂う光輪を避けつつ、ついにナイア・ニグラスに肉薄すると俺は渾身の一撃を奴に向かって放つ。
「ぐっ……!?」
そして、ナイア・ニグラスは初めて苦悶の表情を浮かべるのだった。
(いける!)
どうやら物理攻撃に対しては、さほど耐性がないらしい。
「おらおらおらぁ!」
俺は、ここぞとばかりにナイア・ニグラスに向かって乱打する。
無論ナイア・ニグラスもやられてばかりではなく反撃をして、その度に俺は死んでしまうが今はそんな事を気にしている場合ではない。
「いい加減に……しろ!」
いつの間にか流暢に話せるようになっていたナイア・ニグラスが叫ぶと、俺の身体に数本の光の剣が突き刺さる。
「あぐぁっ!?」
すると、リッチになってから感じなかった痛みが俺の全身を駆け巡る。
焼けつくような、それでいて刺すような痛みに俺の頭がどうにかなりそうだった。
「羽虫風情が……我の前に立ったことを後悔するがいい……」
剣に突き刺され、なぜか動けない俺を一瞥するとナイア・ニグラスは上空に飛び上がり、巨大な光球を作り出す。
「全てを無に……絶望せよ、渇望せよ。生への醜い執着が、死への絶望が我の糧となる。一縷の望みにかけて、無様に打ち砕かれるがいい」
――まずい、俺は本気でまずい。
もしあれが放たれれば、王都だけでなく大陸すべてが文字通り無に帰してしまう。
俺の直感がそう告げていた。
なんとか阻止したいが、俺の身体は動いてくれない。
くそ、何か手は無いのか!
俺は必死にもがきながらも対策を考える。
ナイア・ニグラスが放とうとしている光球は、発動までに時間がかかるのかまだ上空で巨大化しつづけている。
なんとかならないのか! なんとか……。
「あ」
いや、あった。
一つ、そう……たった一つだけ手段がある。
しかし、残りストックを見るとアレを使えば俺は……。
「いや、どのみち奴を何とかしなきゃ俺どころか全員がお陀仏か」
なら、俺一人が犠牲になって助かるならそれでいい。
元人間としては充分すぎるほど長生きしたし……もういいかな。
多分、レムレスも褒めてくれるだろうさ。
……いや、奴なら罵詈雑言の嵐を浴びせてくれるに違いない。
「師匠、アグナ……それとその他大勢……あとは任せたぞ」
俺は深く深呼吸すると、これから発動する魔法の呪文を唱える。
これは詠唱が長いので、奴が光球を放つ前に何とか詠唱し終えなければならない。
今もなお成長し続ける光球に焦りを感じながら、俺は痛みに耐えつつ詠唱を続ける。
「無に帰れ……」
そして、光球は放たれた。
しかし、間一髪。こちらもギリギリ詠唱が終わった!
「てめえこそ、無に帰れ! こちとら道連れ覚悟の大自爆だ! 『
――瞬間、俺を中心に闇よりもなお昏きものが広がり、全てのモノが消滅した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます