第115話
レムレスにお姫様抱っこをされながらタマモ達を追いかけていると、徐々にモフモフの尻尾が見えてくる。
「タマモ、追いついたぞ!」
「……ちっ、やっぱりあいつらだけでは足止めは無理だった……か……?」
タマモともう一人がピタリと足を止めこちらに振り向くと、タマモ達は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
「…………おい、ムクロ」
「言うな、わかってるから」
何を言いたいか察した俺は、静かに頭を左右に振ってそう言う。
わかってる……わかってるんだ。
自覚はしているが、それを他人から指摘されると俺のガラスのハートはいとも簡単に砕け散ってしまう。
「レムレス……もう降ろしていいよ」
「分かりました」
レムレスは軽く頷くと、俺を優しく地面に降ろしてくれる。
こういう細かな気遣いがモテる秘訣だろうな。この内面イケメンめ!
「さて……観念しろ、タマモ! もう、お前を守ってくれる奴らはいないぞ!」
俺はコホンと咳払いをすると、ズビシッと指を差す。
「ふっ、忘れたのか? 俺だって七罪の一人なんだぜ? てめぇを相手にするくらいわけないんだよ」
「人間に負けて撤退したのに? ねぇ、どんな気持ち? 世界征服に乗り出したのにどっかの英雄譚みたいにむざむざ人間に負けてどんな気持ち?」
「ぐ……が……ぎ……!」
俺が両手を広げてサイドステップを繰り返しながら煽ると、タマモは顔を真っ赤にして言葉にならないうめき声を出す。
「……よぉし、わかった。そこまで言うからには覚悟出来てんだろうな?」
タマモは一度深呼吸をして冷静さを取り戻すと、静かにそう言う。
表面上は確かに静かだが、奴から放たれる殺気が俺の身をチリチリと焦がす。
「ボス……あんな貧弱そうな骨、私がお相手します」
タマモが一歩踏み出そうとすると、隣に居る女がそれを制する。
長く黒い髪で前髪に一房の赤いメッシュが入っている。
襟が高いコートのようなものを着ていて、あちこちにベルトが巻き付けてありひどく中二臭い。
右目につけているモノクルが、中二感を一層引き立たせている。
「
アカシックレコードと名乗る女はそう言うと、何も無い空間から片手で持てる大きさの天秤を取り出す。
……なんだあれ、なんかヤバ気な雰囲気がプンプンする。
「
「ああっ!?」
天秤からやばい空気を感じた俺は、信頼と実績の我らが
「わ、私の断罪の天秤が……」
スポッと軽快な音共に異空間に吸い込まれた天秤を見て、アカシックレコードは呆然としながら呟く。
断罪の天秤とか名前からしてヤバそうだ。
「かませにすらなれない悪役って意味あるんですかね?」
「……う、うわああああああん! お前らのかーちゃん、でーべそーーーーー!」
さり気ないレムレスの毒がトドメになったのか、アカシックレコードは目に涙を浮かべると子供みたいな捨て台詞を吐いて走り去ってしまう。
「「「……」」」
そして、残された俺達の間には何とも言えない空気が広がる。
「ムクロ、お前……あんまりアイツをイジメてやんなよ。あいつ、ああ見えてメンタルくっそ弱いんだよ」
「いや、今のトドメ刺したのはレムレスだろ? だから、『ボクは悪くない』」
「いえいえ、まずマスターがあの方の武器をあっさり奪ったのが原因ですよ?」
「俺もそう思う」
「……というわけで、マスター。多数決でマスターが諸悪の根源となりました」
解せぬ。
俺はただ、敵から武器をさっさと奪っただけなのに何故こうまで責められなければならないのだろうか?
「まぁ、あれだ……どん☆まい!」
「マスター、それは加害者が言うセリフではありません」
「う、うるさいな! 今は俺の事なんかどうでもいいんだよ! まずは、あいつ! あのエキノコックス野郎からぶっとばすぞ!」
「ふん、来るがいい。消し炭にしてやる」
タマモはそう言うと、自分の周りに大量の札を纏わせる。
「マスター、あれは?」
「あれは、あいつの得意戦法だ。符術って言ってな、東方の国にある魔法とは違う技らしい」
日本風に言えば陰陽道とかそっちが近いだろうな。
奴が符に魔力を込める事で、様々な効果を発揮することができるのだ。
「おふださん、おふださん、俺を守ってくださいな」
タマモが、キャラに合わない口調でそう言うとボンッという音がして札が数体のタマモの姿に変わる。
「……やれ」
中心に居たタマモが合図をすると、数体の偽タマモは無言で俺達に襲い掛かってくる。
「
「千脚万雷!」
右から来る偽タマモを俺の魔法で、左から来る偽タマモをレムレスが闘技を使ってあっさりと倒す。
「おいおい、タマモ。こんな雑魚、いくら居た所で俺達には勝てないぞ?」
「ちっ、これでも一等級冒険者クラスの分身だったんだけどな。……まぁいい。二枚目のおふださん、俺を守ってくださいな」
舌打ちをしながらタマモは二枚目の札を取り出すと、先程と同じような言葉を吐く。
すると、札から大量の水が流れ出し俺達を押し出そうとする。
「うぉぉぉ、流される!?」
元々、骨の身体である俺が耐えられるはずもなく、ぐんぐんとタマモとの距離が開いてしまう。
「レムレス! いったん、俺を殺せ!」
この状況では魔法も唱えられないので、俺は近くにいるだろうレムレスに向かって叫ぶ。
「マスター……しかし……」
案の定、俺のすぐそばで『のし泳ぎ』をしていたレムレスが悩む様な表情で言う。
……つーか、のし泳ぎって渋いなおい。
「いいから!」
「……わかりました。はっ!」
のし泳ぎをしていたレムレスは、水面を蹴り上げて飛び上がると俺の額めがけて蹴りを喰らわせる。
パキンと額の宝玉が割れる音がし、俺は砂状になるとタマモの洪水から外れて復活をする。
「レムレス!」
「大丈……です! すぐに……ますから!」
レムレスの方を見れば、俺に攻撃した事でバランスを崩したのか流されていくレムレスが見えた。
……まぁ、レムレスなら大丈夫だろう。あいつならすぐに追いついて来るだろうと信じて、俺はタマモの元へと向かう。
「おいおい、その攻略法は少し邪道すぎねーか? もっとこう、スマートな攻略法とかあるだろうが」
タマモの元へと戻ってくると、奴は呆れた顔でそう言う。
「うっせぇ、折角の不死身なんだから利用しない手はねーだろうが」
「不死身、ねぇ……」
俺の言葉に対し、タマモは何やら不穏な笑みを浮かべる。
「なんだよ、なんか文句あんのか?」
「いや、別にぃ? そんじゃま、二枚目も消費したし、俺の最大符術でトドメといきますかね。これ、強いんだけどわざわざ二枚消費しないといけないからめんどいんだよな」
タマモはそう言うと、三枚目の札を取り出した。
「おふださん、おふださん、俺を守ってくださいな……三枚秘術『大焦熱地獄』!」
タマモがそう叫ぶと、三枚目の札からは黒く燃え盛る巨大な炎の渦が現れた。
……流石にこれは喰らったらまずいかな。
「黒曜壁!」
俺は自分の影から黒曜石の巨大な壁を召喚する。
「喰らいつくせ!」
俺の言葉を合図に、炎を受けた黒曜石の壁はガパリと大きく口を開くと黒く燃え盛る炎喰らい始める。
「おいおい、なんだそのチート魔法は」
「てめぇに言われたくねーよ。……さぁ、返すぜ。ご自慢の炎を自分で食らいな」
俺がパチンと指を鳴らすと、黒曜石の壁から先程の黒い炎がタマモに向かって吐き出される。
「ちっ、大符術『氷月下』!」
タマモは、自分に向かって迫りくる炎を見て舌打ちすると、大量の札を自分の前に並べ氷の壁を作り出す。
黒い炎は、氷の壁に触れた瞬間、全てが凍り付いてしまいそのまま砕け散る。
「……っち、やっぱそう上手くいかねーか」
「不死身である俺を相手にしてる時点で勝てないんだから諦めろって」
「なにが不死身だ。制限のある不死身の癖に。知ってるんだぞ? お前……今、そんなにストックないだろ?」
「……」
タマモの言葉に、俺は押し黙る。
「完全蘇生は、術者の命を代償にする。そして、あれだけの数の蘇生をしたお前は、いったいどれだけのストックを使ったんだろうな? 怪我人を一度殺して蘇生すればプラスマイナスゼロだが、死人を蘇生するなら、自分のストックを使わざるを得ない、そうだろ? それに、リリスの時にも大量に消費したらしいしな」
「……まぁな」
「そして、俺の情報が正しければ、お前は最近ストックの補充をしていない。さっきの魔導砲とやらでで、ストック補充はできていない。……さぁ、お前のストックはあといくつだ?」
タマモは長々と説明すると、勝ち誇ったようにニヤリと笑う。
「安心しろ、俺のストックは軽く四桁越えてるから」
勿論嘘だ。俺のストックは、もう三桁もない。
が、それは奴に悟られる訳にはいかないので、俺は強気に答える。
「は、ならいいが……たかだか四桁程度で、こいつに勝てるかな?」
「何?」
俺が訝し気に尋ね返した瞬間、ズズンと地面が大きく揺れる。
「はははは! ムクロぉ! 俺の時間稼ぎに付き合ってくれてありがとうよ! どうやら、間に合ったようだな!」
「なにをした!」
「ふん、俺の分身がナイア・ニグラスを召喚する為の器を手に入れただけさ。さぁ……これで全てが整った! これで世界は、俺の物だ! はーっはっはっは!」
瞬間、辺りはまばゆい光に包まれた。
そして……光が収まった時、そこに居たのはタマモと……光り輝く巨大な天使だった。
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