第10話

 「さて……」とそう声を漏らした保険医は、「起きているんだろう?」とカーテンで閉じられたベッドへ向かって声を投げる。

 「はい」そんな短い返答が返ってくる。しばらくの沈黙があってから、ゆっくりとベッドに横たわる彼女はつぶやくように話し始める。

「あれ、もしかしなくても私のことですよ。やだなぁ……」

「嫌なの? 彼結構面白い人だと思うけれどな」

「だって、病院で数回話しただけですよ? それに、あの話してタコだって気が付いたのだって最近ですし……。あそこまで行ってくれるのは、うれしくないことはないですけど、私にはちょっと……」

「そうかい」保険医は、つぶやくように返答すると、ソファから腰を上げうんと背伸びをする。

「そろそろ買ってくれないかな。僕にだって仕事はあるんだ」

 保険医がベッドのほうへ沿う言葉を投げると、カーテンをかき分けながらゆっくりと神谷は姿を現した。

「ありがとうございました。休まりました」

「毎日のようにここに来られるのも困ったものなのだけれど?」

「週に二日は来てないですよ」

 神谷は、そうやっておちゃらけ、手短に荷物をまとめると保健室のドア付近まで歩を進める。

「君も無理しないようにね。あまり根を詰めすぎると君自身の体も危うくなるよ」

「わかってますよ。反面教師がそばにいるので」

 保険医の言葉を軽く受け流すように反論してみせた神谷は、失礼しましたとつぶやきながら保健室を後にした。

 そんな後姿を見つめていた保険医は、大きなあくびとともに体をうんと伸ばし、通常の業務をゆっくりと再開させた。


 今日あった出来事というのは、きっと今までの日常の中でも一番輝いていたのかもしれない。

 そんなことを毎日のように考えながら、日記を記していく。眠り過ぎてしまった休日も、覚えていない夢の中ではとても良い体験をしていたに違いない。そんなことを考えてみるとつまらない日なんてものは僕の中にはないのだと改めて思わされる。

 今日の分の日記を記し切った僕は、真新しいスマートフォンに目をやる。

「そういえば、彼女の連絡先を知らないな……」

 思い立った僕は、徐に緊急連絡網を取り出し、神谷巴と記されている欄の電話番号に目をやる。ほかの生徒の電話番号は、固定電話のものが多い中で、彼女の連絡先だけは携帯電話の番号が記されていた。

 試しに、メッセージアプリで彼女の携帯番号を入力し検索してみると、「神谷巴」と名前が書かれたアカウントが表示された。

「これをするのは野暮だろう」

 やけに強調されている「追加」と記されているボタンを押すのをやめ、僕は携帯をしまう。

 また明日何を話そうか。何をしようか。そんな想像ばかりが明日への期待を膨らませていく。

 こんなに楽しい時間は、そう長くはないのだから。精一杯楽しもうとしている自分をより奮い立たせるために。私は、今日もにやけながら就寝する。


 

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鬱陶しいほどの愛を君に ユタ @yuutakn

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