第5話

 黒魔女アデラインは、ヘッドドレスを選んでいたさいに出して浮きっぱなしにしていた鏡を、少年キールの後ろへ移動させた。アデラインはキールの両肩に、そっと手を乗せ鏡のほうへクルリと回して向かせると、ヒョコリと彼の肩越しに顔をのぞかせて微笑ほほえんだ。


「お前の眼を見てごらん、私が選んだお前だけの色だ、宝石のように美しい。この金糸きんしのようにきらめく髪にも、白い肌にも、バラ色の頬にも、薄紅色うすべにいろの唇にも、とても似合っている」


 うっとりとした表情を浮かべるアデラインは、キールの顔のパーツを一つずつなぞっていく、直立不動ちょくりつふどう困惑こんわくしている様子のキール見てたのしそうな笑みを浮かべて、一歩後ろへ下がった彼女は、両腕を左右に広げると、片腕を下へ片腕を上へ、円を描くような動作をした。


 すると、蒼白く光る大きな円が現れた、キールは鏡越かがみごしにその様子を見守っている。のろいの儀式ぎしきらしきものが始まった事を、感じていた。


「鏡よ…刻限こくげんの鏡よ、此処ここ第一級呪法だいいっきゅうじゅほう執行しっこうする」


 蒼白い円の頂点から、一つ、また一つと深緑しんりょくに輝く数字が浮かんでくる、数字と数字の間には、細やかな装飾文字そうしょくもじのようなものが刻まれていく、それらが円の内部全てを埋め尽くしたとき、光が一層強くなり、黒魔女アデラインは円の中心をキールの背に押し当てた。


刻限封印こくげんふういん


 一瞬だが強烈な熱を背に感じた彼は、前によろけ、テーブルに手をついてアデラインのほうを振り返った。少しふらつく彼女が視界にうつって彼は慌てたが、アデラインは柔らかい笑みを浮かべて[大丈夫だ]とキールの頭を撫でる。


「こういった願いを叶えるためには、代償だいしょうが必要だ、今回は私の血をささげた。ようするに、ただの貧血だ」


 本来ならば[ただの貧血]では全くもっまないレベルの魔法なのだが、彼女があまりにも高位の魔物であるがゆえに、小さな代償だいしょうで済んだのだった。向かい合うキールを、アデラインは優しく抱き締めながら、彼に言い聞かせるような口調くちょうささやく。


唯一無二ゆいいつむに弟子でしよ、いついかなる時も、あのがけで誓った私への忠誠ちゅうせいを、決して忘れるな」


 柔らかな声音こわねとは裏腹うらはらに有無を言わさぬ言葉、ここでキールは、黒魔女アデラインと自身が正式に師弟していという関係になったのだと実感した。彼は、ほんの少し自分よりも背丈が小さな師匠の華奢きゃしゃな身体を、ふわふわと宙に浮かんでいる長い長い黒髪ごと、そっと抱き締める。


「はい」


よろしい」


 満足げな声が、キールへと返された。

 彼女自身は今まであまり積極的に弟子を持とうとするほうではなかった、それは、なによりも自分の自由を優先したいと思っていたからだ。使い魔たちは無数むすうにいるが、弟子を持つとなれば、ほぼ四六時中なんらかの事柄ことがらを教えてゆかねばならない、最初の頃は面倒極めんどうきわまりないと思っていた。


 しかし、彼女がこの世界ページつかさどる者として配置されてから五千年ほどった頃からだろうか、遊び半分だろうことが容易よういに想像できるタイミングで[人間]がばらかれ、それだけならば、黒魔女アデライン一人でも世界ページ均衡きんこうを保てていたが、たまに…五百年に一度くらいの頻度ひんどで、なんと魔物狩まものがりの種族が投げ込まれるようになったのだ。


 あまりの面倒臭めんどうくささに一度文句を言うため故郷こきょう帰省きせいした事があったのだが、とても軽い口調で


『では私にとって、見ていて面白みのある世界ページにすればいだろう?』


 と、せかい創造主そうぞうしゅに言われれば、肩を落としながらこの世界ページに帰って来るしかなかった。そこで仕方なく他の世界ページから弟子になれそうな者を取り寄せて育て始めたのだが、これが思いのほか楽しく、茶会なども開けるようになり、いくつか新しい森をつくったりもした、これが、いま獣人の少年キールをどう育てようかと思考しこうを巡らせている、全ての森のぬしたる黒魔女アデライン·ブラッドローだ。


 ここから、この師弟していの物語は始まる。




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麗しのフォリア 江戸端 禧丞 @lojiurabbit

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