銀の魔女と狼剣士

はるあきら

魔女はいかにして子を得たのか

 子供が落ちていた。

 落ちていたというのは語弊があるかもしれない。だが少なくともこの森に好き好んで来る者はいないはずだ。

 なにせここは漆黒の森。『銀の魔女』と呼ばれる自分のテリトリーなのだから。


 うずくまる姿をよく見れば、絹のような黒髪に金の瞳の愛らしい男の子だ。少々難を言うなら鶏がらのように細くて折れてしまいそうだとはらはらすることか。

 だいぶん薄汚れ、くたびれた様子だったのは、同胞たる人間に追われていたからに違いない。

 ……金眼は不幸を呼ぶと人の間で言われてるのが原因だろう。


「あなた、捨て子ね?」


 確かめるように告げれば、幼子はびくりと肩を揺らした。

 ああならば。


「拾ってもいいって、ことよね?」


 捨て子という単語におびえと怒りをにじませていた子供が、一瞬だけ呆けた顔をする。それは存外に幼さに満ちていた。

 うん、悪くない。


 魔女は一般的に子を産まない。子を産むときに魔力がそちらに流れてしまうという定説があるからだ。

 それに元々、自らの研鑽に余念がない魔女たちは赤子などと言う理不尽極まりない生き物に割く時間がない。


「うふふ」


 しゃがみこみ、顔をのぞき込む。

 再び燃え上がる目。警戒心と生きる飢えに満ちた、ぎらぎらとした目が狼のようで可愛らしい。


「ちょっと、興味があったの」


 自分で産むのは嫌だけれど、すでに育ち始めた子ならばちょうど良い。


「あなた、わたくしの子になりなさい」



************************************


 時はそのまま流れて早数年。拾い子はたくましく成長した。

 そう、そりゃあこれ以上ないほどたくましく。


「母様! 出かけるというのにどうして俺をおいていったんですか!!」


 金目の愛し子はまなじりをつり上げていても可愛らしい。

 かつて狼のようと感じたその眼差しは、今や信頼と愛に満ちている。


「どうしてって、どうして?」


 こてん、と首を傾げてみせればうめくように言葉を詰まらせた。


「わたくしが強いのは、知っているでしょう?」

「そ、それはそうですが…」

「母はいいのです。それよりあなたに何かあってはそれこそ悲しくて死んでしまいます」

「でも…っ! 俺とて母様を守りたいんです!!」


 そのために剣の腕も、魔法に対する力も磨いたのに…と見るからに肩を落とす姿はあまりに愛らしい。


「仕方のない子。体ばかり大きくなってそんな幼子のように」


 鶏がらのようだった腕は今や筋肉に包まれ、大剣をふるうまでとなった。

 狼の瞳は母に向けられず、その敵を射貫くようになった。

 黒髪をなびかせて戦う様はまさしく黒い狼のようで美しいと、魔女仲間にも評判でたいそう鼻が高い。

 もはや見上げなければならないほど成長した息子の襟をひっぱり顔を下げさせた。


「母様?」


 間近になった美しい頬にそっと口づけを。


「??!!」

「機嫌を直しなさいな、ぼうや」


 いつまでも可愛い、わたくしの子。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

銀の魔女と狼剣士 はるあきら @haruakira

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ