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「これは、なんていう お魚なの?」


「この子たちは、お魚じゃないのよ」


つないだ手の先で、娘が私を見上げる。


「うん、そうね。だって、まあるいもんね」


あなたの頬もね。



娘と私は、ふたりで暮らしている。

実家のすぐ近くで。


あれから ひとり残った私は

その時に出会ったひとの子を身ごもった。


彼とは一緒にならなかったけれど

実家に戻って出産した。


『どういうことなの?!』と、怒鳴った母も

黙ったままだった父も

『母ちゃんと父ちゃんの初孫で

俺の姪っ子が生まれてくるってこと』

弟が私のまるいお腹を指差して言うと

もう何も言わなかった。


娘を抱いて、母も父も 弟も笑った。

見たことのないような笑顔で。



今日はパートをお休みして、ふたりで水族館に来た。娘のたんじょう日。


娘は、ルリイロスズメダイと

いるかさんがお気に入り。

さっき一度、いるかショーを見たのに

もう一度見るという。


「ママ」


「ん?」


「ママは、えらいね。

ひとりでお仕事して、ひとりでわたしを育てて」


小さな手を握ったまま

娘の顔から思わず水槽に目を移す。


この子が、お腹に発生した時

私は身勝手に喜んで、身勝手に生んだ。


彼のことは、そんなに好きじゃなかった。

一生添い遂げたいと思うほどには。


冬人ほどにも。


きっともう誰にも、あんなに熱に浮かされることも、まっすぐにおもうこともないのだけど。


『はじめから父親を取り上げるような真似をして』と、実家に帰って 母に叱られた。

そのとおりだわ と 生まれた娘を抱いて思った。



····金メダルを もらったみたい。

涙がこぼれないように、水槽の海月を見上げる。


私も、母に そう言えたらよかったのに。

今からでも 遅くないかな


「ママー、もう行こうよ。いるかさんのとこに」


「うん。行こうか」


しゃがんで 一度娘を抱きしめる。

片腕に抱いてる小さな いるかのぬいぐるみごと。


「ママ だっこばっかりするね」


「そうね。あなたがとても大すきよ」


うん って、答える娘と手をつないで

いるかのプールへ向かう。


「ママ」


「なあに?」


「おたんじょうび、ありがとう」




********




夜は実家で娘のお誕生日パーティをして

たくさんはしゃいで疲れはてた娘は

着替えもせずに眠ってしまった。


眠ったままパジャマに着替えさせて

近くに 小さないるかのぬいぐるみを置く。



窓の向こうの まあるい月を見上げる。

今月 二度目の満月。


藍月は、雪がたくさん降るところで

男の子を産んだ。


お互いに忙しくて、なかなか連絡もできないけど

月がきれいな夜には、藍月のことを思う。


私たちは、ひとりとひとりでいた。


私も藍月も、手をのばしたくて

のばせない生き方をしてた。長い間 ずっと。


ほうっておいて なんて

言いたくないのに


しあわせになれないって 知ってる

いつもどこかで 勝手にそう思ってた。



月に 透き通った柔らかな海月がのぼっていく。

ゆるやかに触手をなびかせて。


私の胸の奥から



さよなら あの いとおしい日々たち。


娘の頬にキスすると、寄り添って眠る。

確かな温もりを感じながら 明るい朝まで。







**********      海月 了

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海月 桐崎浪漫 @roman2678

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