第2話 二人で美術館へ
凜と再会した次の週の水曜日、取引会社での打合せ会議があった。会議は5時で終了した。部下は会社へ戻るというが、僕はこれで直帰することにした。そして6時過ぎにスナック「凛」に着いた。
まだ早い時間だから開いているか分からなかったが、ドアにカギはかかっていなかった。中に入ると客は誰もいない。凜がカウンターの中で準備をしている。
「もう開いているんだね」
「あら、お早いんですね」
「外で会議があって、直帰すると言ってここへ来た」
「何か召し上がりますか?」
「メニューある」
「どうぞ」
「オムライスをお願いします。これが子供の時から好きでね。それに水割り」
「すぐに作ります」
凜はすぐに水割りを作ってくれて、それからオムライスに取り掛かる。しばらくしてカウンターに運ばれてくる。一口食べてみるが、バターが効いていてとてもおいしくできている。
「お味いかがですか」
「おいしい、まあまあかな」
「まあまあですか?」
「ごめん、まあまあは誉め言葉だ。それで先日の返事を聞きに来た」
「せっかちですね」
「思ったらすぐにやらないと気が済まない性格だからしょうがない、会社でもいやがられているけど」
「お付き合いの申込み、うまくお付き合いできるか分かりませんが、お受けしようかなと思います」
「それはありがたい」
「お付き合いできるのは店が休みの日曜日と祭日だけですけど、よろしいですか」
「こちらも日曜日と祭日は休みだから丁度いい。普通に付き合うなら、それで十分だ。じゃあ、さっそく今度の日曜日にデートしよう。どこへ行きたい?」
「そういわれても、すぐに思い浮かびませんが」
「どこか行ってみたいところとか、何か好きなことはないの?」
「私、絵を描くのが好きなので、じゃあ美術館にでも連れて行ってくれませんか?」
「いいね、調べてメールでもしようか? その後、一緒に食事をしてくれる?」
「はい」
「待ち合わせ場所と時間はあとで連絡するから」
「分かりました。楽しみにしています」
ちょうど話がついたところに二人連れの客が入ってきた。オムライスも食べ終えたので会計を済ませて店を出た。凜の携帯の番号を教えてもらった。
どんな気持ちからか分からないが、凜は交際の申し込みを受け入れてくれた。美術館か、そういえば絵が好きと見えて、店には小さな絵がいくつか飾られていた。誰が書いたのかは分からないが、自然と目に入った。
ネットで美術館を検索して、上野公園の国立西洋美術館のフランスの印象派の絵画展を見に行くことにした。日曜日の午後3時に美術館の入口で待ち合わせて、絵画展を見たのち、6時から新橋の和食の店で食事をすることにして個室を予約した。
その旨をメールするとすぐに[分かりました。ありがとうございます]の返信が入った。
◆ ◆ ◆
日曜日の午後3時に美術館の前で待っていると、和服の若い女性が歩いてくる。凛に似ているようだがメガネをかけている。近くへ来て凛だと分かった。
「和服を着てくれたんだ、素敵だね、とても似合っている」
「せっかくお誘いいただいたので、着てみました」
「自分で着られるの?」
「辞めてから昼間に着付けを習いに行っていました」
「目が悪かったの?」
「はい、いつもはコンタクトをしていますが、今日はメガネになりました」
「行こうか」
凜の和服が目に付くのか、周りの人が凜を見ている。彼女は元々細面の美形で身長は155㎝位か、そう小柄でもなくスタイルも悪くない。ただ、年齢は30歳を過ぎたくらいだから、45歳の僕が連れ立って歩くと、中年男が愛人を連れて歩いているように見えなくもない。
人目を気にしながらもゆっくりと中に入っていく。人気のあるフランスの印象派の絵画展は日曜日とあって結構混んでいた。凜も嬉しそうで熱心に見ている。僕も印象派の絵は好きだけど、まあ万人が好む絵だ。
「絵を描くのが好きと言ってたけど、店にあった絵はひょっとして君が描いたの?」
「気が付きましたか、パステル画ですが私の絵です。そんなに上手くはないのですが、自分の気に入っているのを何点か飾っています」
「いつごろから書いているの?」
「小学生のころから絵が好きでした。本当はデザイン関係の仕事がしたかったのですが」
「何時描いているの」
「今はウイークデイの昼間とかです。気が向いたらですが」
「今度、店に行ったらしっかり見てみよう」
「ほんの遊びですから」
ひととおり見て回ったあと喫茶コーナーで一休みする。
「絵画展なんて、久しぶりです。ありがとうございます」
「いつも日曜日は何をしているの?」
「大体、部屋で寝ているか、掃除、洗濯などをしています。店の上に居住スペースがあるんです。今日も同じで済ませて来ました」
「買い物はいつするの?」
「店で出す料理の材料などはウィークデイの午後に買いに行きます。人混みが苦手ですから」
「今日のようなスケジュールだと都合がいいんだね」
「そうですけど、朝からでもいいですよ」
「今度は朝から遠出してみようか」
「それもいいですね。たまにはどこか遠くへ行ってみたいです」
「考えてみるよ」
それから凜がもう一回りしたいというので見て回った。そろそろ次へ移動する時間だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます