なりゆき冒険者のある日

【命からがら逃げてきた】



「迷惑かけて」

「…ごめんなさい」


二人の人間が顔を青くさせて青年に謝っている。青年の方はといえば、少し困ったようにしていた。


「気にするな」


三人は、共にパーティーを組んでいる冒険者。謝られている青年は、戦士の青年オレオ。対して謝っている二人は、魔法使いの少女リスカと、レンジャーの青年のクエス。

三人は、とあるダンジョンの入り口にいるのだが、顔は疲れており身につけている防具も傷が入っていた。それもそのはず、三人はダンジョンから逃げ帰ってきた直後だったのだ。


「はあ……あの状況じゃ、俺がお前達を抱えて逃げるしか出来なかったんだから」

「瀕死で気絶してごめん」

「流石に二人とも抱えて逃げる羽目になるとは思ってなかったけどな!」


片手にリスカ、もう片手にクエスを担いだオレオは、強敵を前に何とか撤退。

安全な所まで逃げた所で、脱出用マジックアイテムを使って入り口まで転移してきたのだ。

まさか今回のダンジョンの主が、ブラックドラゴンだとは思っていなかった。まだ駆け出し冒険者のパーティーで挑める相手じゃなかった。

黒い鱗に覆われた、毒のブレスを吐くドラゴン。他のドラゴンよりも恐ろしいと言われる存在だ。

ブラックドラゴンの適正レベルは…結構高レベルだったはずだ。

そうオレオが考えていると、クエスは唐突に口を開いた。


「思うんだけど……ヒーラーが必要じゃね?」


今のパーティーの構成は、前衛一人に後衛二人。オレオは剣、クエスはクロスボウと短剣、リスカは杖で魔法を使うが…三人とも主に攻撃担当なのだった。

もう一人仲間欲しいね、と話していたこともある。


「やっぱそうだよな…薬草だけじゃ回復が間に合わないし」

「これがほんとの草生える」


うっせぇよ、と魔法使いの少女に悪態をつく。彼女はふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


「僧侶系かなぁ…ギルドで相談したら斡旋してくんないかね」

「そもそもさ。オレオが突っ走るのもよくないよぉ」

「……あ?」


のんびりした話し方をするレンジャーの青年クエスは、オレオを呼んでやれやれと肩を竦めた。


「魔法に頼らなくても筋肉で何とかなる!って言ってきかなかったでしょ」

「健全な肉体にこそ健全な精神が宿るんだぜ?」


修行をつけてくれたビスコばあちゃんも、そう言っていたし。とオレオが呟くと…リスカはため息を吐き出した。


「オレオはフィジカルに振りすぎなの。体を鍛え過ぎてゴブリンみたいじゃん…」

「僕…君が素手で、自分の体の何倍もある岩をワンパンで砕いた時は思わず悲鳴出た」

「あれは仕方なくないか?目の前に降ってきたんだぞ!」


山道を進んでいた時のことだったが、上から巨大な岩が三人を目掛けて降り注いで来ていたのだ。

咄嗟に少女が魔法を詠唱し、防御壁を作り出すのをよそに、オレオは岩に向かって素早く拳を振り上げた。

岩は脆いクッキーのように容易く砕けて細かくなっていくのを、他の二人は唖然として見上げていた。


「いや、せめて剣を使えよ」

「魔物相手には使ってるだろう!」


そんな青年の主張をよそに、リスカは呆れたように乾いた笑いを見せた。


「…本当に、顔面以外は脳筋なんだよね」

「うんうん。エルフの無駄遣いだよねぇ」

「お前ら、もう助けてやらないぞ」


すみませんでした今後ともヨロシクと二人はオレオに頭を下げる。

手のひらくるくるじゃんよ、とオレオは頭をかく。

そんな三人の元に、商人と思われる青年が近寄ってきた。


「このダンジョンに挑んだ冒険者かい?」

「あ、はい。あなたは」

「俺はサトー。近くの町で商売をしてるんだ」


その商人は、三人に何かの包みを渡してきた。三人は一気に警戒を強める。

たまにあるのだ、一方的に押し付けてきてお金を吹っ掛けてくる商人崩れのような奴が。

この青年もそうなのか。


「……いきなり渡されても、お金払いませんよ」

「寧ろ貰ってくれ。一人じゃ食べきれないんだ」

「…は、はあ?」


三人は意外な返しをされて、意味が分からなかった。

リスカが恐る恐る包みを開けると、中身は甘い匂いのビスケットと薬草チョコレートだった。ありがたいとは思う、けれど。


「商品じゃねーの?」

「君たちも、逃げ帰ってきたんだろう?

ライアの森のダンジョンは、手練れの冒険者でも攻略したものはいないから」


俺もねぇ、昔ここに挑んで偉い目にあったんだ…と、サトーと言う青年は遠い目をしていた。

彼の表情と空気感が、大変だったことを物語っていた。


「そ、そうなんですか…」

「ところで、サトーさんはどうしてここへ?」


「ああ、それはね」とサトーは、にこりと笑って、森の中に住んでる友人と、仕事の話をしにきたんだよ。と続けた。

ダンジョンになっている森に人が住み着く事が出来るのか?とオレオは頭を捻っている。

それじゃ、と商人の青年は穏やかに森の中に足を踏み入れていく。

残された三人は、ただ見送ることしか出来なかった。


「…あの人、見た目細いが脱ぐとムキムキなのか…?」

「なんでも筋肉ありきで考えるな」


…取りあえず、町に戻ってからこれからのことを考えようよ。話を纏めた三人は近くの町へと戻る事にした。



******


「いやー、新米冒険者がこのダンジョンに挑んだんだね。入り口で会ったよ」

「そうみたい。ドラゴンさんがどう手加減するか難しかったと申していたよ」

「マジかぁ、黒竜の旦那…話せば楽しい御仁なのにな」

「人に恐怖を与えるのも、竜の役目なんだとさ」

「なるほどなぁ」



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夢現奇譚(短編小説置き場) 相生 碧 @crystalspring

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