第16話 それぞれの瞳に
―――鉄の歯車で脈打つ、1秒毎に1回とやや遅く規則的に動く
俺はいつかのセスくんとの会話を思い出していた。
「なあセスくん、全身機械のアンドロイドみたいな人間はいないのか?」
「あんど…?は、わ、分からないけど、無理だよ…だって脳と心臓は、肺とかとは勝手が違うんだ」
「どのへんが?」
セスくんは作業する手を止めて、顔を上げた。
「うーん…基本的に内臓は難しいんだ。肺と眼球が例外。腕とか脚は神経に繋げて脳で動かすけど、内臓には脳からの指示無しで自動で反応して動かす仕組みもあるんだ」
「………ほう」
セスくんは仕事のことになると饒舌になる。俺はもっと生物の授業真面目に受けとけば良かったなあと考えていた。
「眼球は完全に機械にしちゃえば涙は出なくても支障はそこまで無いし、肺は大きなのが2つあるから、完全に失わない限りは補助的な役割だけでなら作れるんだ。心臓は動くだけなら出来るけど、寿命まで完全に動き続ける仕掛けは難しいし」
「へえー…。じゃあ、内臓作れるようになったらもっと色んな人が助かるのか?」
「うん!だから、ぼくは、いつか…。いつかね、どんな欠陥者でも助けれる技師になるんだ」
あの時のセスくんの優しい笑顔と、その裏腹に強い瞳が忘れられない。
*****
日が柔らかく差し込み、飴色に床がぼんやり光っている。朝だ。
椅子に座ったまま俺は眠っていたらしく、眠るレティの頬には涙の乾いた跡があった。
「…………」
起こさないように、そっと立ち上がる。喉が乾いた。昨夜作った湯冷ましの残りがあったはず…。
当然だけど、この世界に冷蔵庫はない。どこか金臭いぬるま湯を銀のコップに注いで、飲みながら俺は玄関に出た。
キイ、とポストを開けると新聞、セスくんの名前が書かれた封筒が入っていた。
すると、足元にクリーム色の便箋が落ちた。新聞の間に挟まってたらしい。蝋でしっかりと封が施された、いかにも上流の人が使いそうな手紙だ。俺はくるりと裏を見た。
「えっ……俺、宛て?」
『アカリ・ヤマシタさま』
工房に戻りコップと郵便物を置き、俺は慎重に封を開いた。
この世界で俺の存在を知っている人はまずいないはずなのに。好奇心と不気味さとがごちゃ混ぜになる。
入っていたのは住所が書かれた紙。それと、写真だ。ここの玄関の。裏に走り書きがある。
『貴方の望みを叶えます』
…なんだろう、この違和感は。
「あっ」
思わず小さく声が出た。それくらい俺は驚いたのだ。
だって、それは懐かしい日本語で書いてあったのだから。
どういうことだ?俺と同じ日本人…?いや、だとしても一方的に知られてるのは不気味だし、わざわざ俺の住んでるところの写真を撮って送ってくる必要は無い。
「俺の……望み……?」
そうつぶやいた時、カラン!と扉が勢いよく開かれた。
「アカリ!」
「うおああっ!!…ら、ラジ」
「……どしたよ」
「いや…別に…急に来たから…」
「ふうん」
ラジはでかい口を開けて大あくびをした。そのまま喋りながら近づいてくる。
「お前の分の朝メシも出来たから、食いにこいよ。ここは俺が見とくから。あ、セスはまだ寝てるから置いてきた」
「ん、ありがとう。……なあ、ラジ」
「んだよ」
ラジは真っ直ぐ俺を見返してきた。
ラジの目って、綺麗なんだよな。瞳が小さめで分かりにくいけど、緑がかった透けるみたいな薄黄色で。
そこに映る自分の顔が見えた。
「…いや、やっぱなんでもない」
「……そうか?まあ、何でも言えよ。いつでも聞いてやるからさ」
「サンキュ」
なんて情けない顔してんだ、俺。
*****
「…手紙、届いたころかしら?お兄さま」
「そうだね。ああ、早く来ないかな」
「こんな事言いたくないですけれど…随分確信がおありですのね」
「…それは、必ず彼が来るという僕の確信のことかな」
少女はこくりと小さな頭を縦に動かした。
「彼は人一倍正義感が強く、パーツの完全な体を持ち、そして自分の生身の価値に自覚のある『
青年は手を伸ばして少女の薔薇の髪飾りを整え、にっこりと微笑んだ。
「全て僕の思惑通りになるんだよ。マーノン」
「……ええ、お兄さまに出来ぬことなどありませんわ」
なされるがままに髪を整えられ、マーノンは心地よさそうに目を閉じた。
「…やはりマーノンが一番だ。君は僕の最高傑作だよ」
そう言われたマーノンは目を開け、真っ青な瞳を嬉しそうに輝かせて微笑んだ。
「嬉しい」
暖炉の薪が、バチッと爆ぜた。
オートハートに余命宣告 おうごんとう @gorogoro-tou
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