白の魔女は今日も花を咲かせる。
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白の魔女は今日も花を咲かせる。
どこにでもある話。
僕は捨て子だ。
物心つく前に孤児院に捨てられ、その孤児院は僕が大人になる前に、大人の身勝手な理由で壊された。僕の大切な孤児院の家族は皆殺され、僕だけが運悪く生き残ってしまった。僕を好きだと言ってくれたミーシャや、僕を親友と言ってくれオスカーや、可愛い息子だと言った院長はその姿がわからなくなる程に焼け焦げてしまった。
皆いい子だった。
やんちゃな僕とは違い、真っ直ぐで素直で天真爛漫な子供たちは言いつけ通り孤児院の中で勉強をしていたら死んだのだ。
たまたま虫の居所が悪かったことと、勉強が嫌いなこともあり、院長を困らせてやろうと考え、孤児院を抜け出していた僕が生き残り、将来有望な家族は不条理にも殺された。
納得などできなかった。
自分を何度も呪った。
何故僕が死ななかったのか、何故未来ある皆が死なねばならなかったのか、何故……僕一人だけを置いて逝ったのか。
何もない僕にとって孤児院の皆が全てだったのだ。それらを失った僕には生きるという理由が存在しなかった。
文字通り全てを失った僕は何度も皆と同じ場所に逝こうとした。
時には首を吊り、時には高所から飛び降りようとし、時には燃え盛る炎へ飛び込もうとした。だが、どれも死を強く意識した瞬間怖くなり、結局一度として実行できたものはなかった。
生きている理由などないと思っておきながら、僕には死ぬ勇気さえなかった。
皆と同じところに逝きたいと思っていながら、結局生にしがみついてしまったのだ。生きていても仕方ないというのに。
僕は死んだように生き続けた。
生きる以上食べなければいけない。食べるためには食物が無ければいけない。そして食物を得るには対価が必要だ。だが、ただの力ない子供が真っ当に生きていけるほどこの世界は甘くない。
対価を得るために働くには若すぎ、何より小汚い。働くことができなければ対価を得ることはできない。では外に出て食材を狩るか。そのためには動物に狩る力と魔物に遭遇した際に対処する力と知識が必要だ。だがそんな力や知識が年端もいかない子供になどあるはずもない。
そんな子供のできることなど限られてくる。
盗みとゴミ漁り。
適当な店から食材を盗みそれを食らう。何も収穫が無ければゴミを漁り食らう。飲水すら確保出来ず泥水を啜ることだってある。お腹を壊したのも数え切れない。盗みを失敗すれば滅茶苦茶に殴られ蹴られる。
毎日が死と隣合わせであった。
何度絶望したことだろう、何度世界を恨んだことだろう、何度死を覚悟したことだろう。常に暗闇の中を彷徨っていた僕は、気付けば生きる屍と化していた。どれくらいの日々をそうして過ごしていたかわからない。
だがある日、僕にちょっとしたチャンスが訪れた。
どっかの貴族が僕に依頼をしたのだ。これを上手くやればお前に金を与えよう。真っ当に生きるチャンスをやろう、と。
上手くいけば人間になれる。失敗すれば死あるのみ。それはとてもわかりやすい仕事だ。
この貴族が考えていることはわかる。全てが終わった暁には上手くいこうがいかまいが僕は始末される運命にあると。だが、それでも藁にもすがる気持ちだった。この最底辺の、人間としての尊厳を何もかもかなぐり捨てたこの生活が。常に死に怯えながらも、生きなければならないという矛盾した気持ちが。この依頼を受けることで僕は自身の手で、自らを殺す必要がなくなるのだ。それは死にたがっていながらも意地汚く生き続ける僕にとって天恵であった。
僕は勢いよく首を縦に振り依頼を引き受けた。
依頼は異端者の抹殺。
異端者、またの名を白の魔女。
白の魔女は最近この辺に現れるのだと言う。そして彼女は子供には滅法甘いのだそうだ。特に僕の様な死んだ目をした子供には。だからこそ僕が選ばれ、また、消えてもいい存在として都合がよかったのだ。
僕は依頼主から異端殺しの短剣と呼ばれる「否定の短剣」を受け取り、白の魔女が現れるのを待った。
そう都合よく白の魔女を見つけれるのだろうか、そんなことを考えながら1日経った時が、彼女が現れた。
白銀の長髪をなびかせ、純白の服と純白のマントを羽織った女。そして僕と同じ真っ赤な瞳を持った絶世の美女。
一目見た瞬間にこの女性が白の魔女であると理解した。
こんな女性を殺さなければならないのか、と戸惑ったが、僕にはもう選択肢は残されていない。早速僕は白の魔女に近づいていった。勿論短剣を忍ばせて。
彼女は近付く僕の存在にすぐ気付き視線を向けた。
ゾッとした。
真紅の双眼に見つめられた時、僕の全てが見透かされたように感じたからだ。
きっと僕が短剣を隠し持ち、彼女を殺そうと近付いていることに気付いている。そう思ったら僕の足はまるで地面に縫い付けられたようにその場から動くことができなくなった。
殺される。
やったらやり返される。頭の悪い僕が身を持って知ったことだ。僕は彼女を殺そうとした。であれば僕は彼女に殺されてもおかしくはない。
体の芯から熱が引いていく。水分も燃えるような真紅の双眼に見つめられたことで、蒸発していくかのように無くなっていく。
僕は覚悟していたはずだ。
この依頼を受けた時に自分は死を受け入れたつもりだ。このクソッタレな掃き溜めのような世界から解放される。そう思い願ったはずだ。
だと言うのに――。
僕は目の前に迫り来る絶対的な『死』に恐怖し否定していた。
嫌だ、死にたくない。
フラッシュバックする。
倒壊した建物、むせるような血肉が焼け焦げる臭い。そして黒く変色し何もかもが一緒になってしまう光景。
不意に嘔吐感におそわれる。
胃の中なんて三日前から何も入ってないのに、全てをぶちまけてしまいたくなる。もし出てくるとしたらそれは僕の内臓だ。
目の前も歪む。全てが輪郭を失い、溶け合い、奇っ怪な光景を生み出していく。それはまるであの時と同じ――。
「お、おぇ゛ぇ゛ぇ゛!」
何かが僕の口から垂れ流れていく。空っぽのはずの胃からとめどなく流れ落ちていく。それは身体中の水分かもしれないし内臓かもしれない。何も入ってない胃から出てくるものなんてそれぐらいしか思いつかない。もしかしたらこのまま僕は身体中のものを吐き出し干からびて死ぬのかもしれない。
脳裏に孤児院の皆の顔が浮かぶ。
いつも憎たらしくて意地悪だったマルコ。今も憎たらしげにニタニタと笑っているが、次の瞬間、獣のように泣き叫びながら体が爛れていきそして真っ黒になった。
次に親友だったオスカー。いつも通りの人懐っこい笑を浮かべ僕に手を差し伸べてくれる。その手を僕が取ろうとした瞬間、マルコと同じように焼け焦げていく。
次にウィリアム、サラ、エドガ――次々と孤児院の皆の姿が浮かんでは黒になっていく。一様に悲痛な叫び声を上げながら。
正直狂ってしまいそうだ。いやもう狂っているのかもしれない。皆の声が、声が、声――。
『大好きだよ!レスト君!』
僕はハッと顔を上げる。
そこにいたのはミーシャだ。
トロンとしたタレ目と心まで染み入るような癒しを与える声。そしてその声と見た目通りの心優しい女の子。僕を好きだと言ってくれた女の子。
ミーシャは両手を後に下からのぞき込むように見上げている。空の色の綺麗な瞳が僕を映している。そこに映る僕は酷く汚れている。誰も近寄りたくはないはずなのに、ミーシャは近くにいてくれて笑顔を向けてくれる。
「ミー……シャ」
僕はもう力の入らない腕を懸命に伸ばしミーシャに触れようとする。あと少し、あと少しでこの両腕でミーシャを抱きしめられる。そう思った時だった。
突如業火が踊り狂いミーシャの小さな体を飲み込んでしまった。ミーシャはキンキンとする叫び声を上げのたうち回る。
『だずけでぇ!だずげでぇぇえ゛!レ゛ズドぐぅん!!ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!!』
それは悪魔の声だと言われても不思議ではない程の絶叫。ミーシャは業火に焼かれながら必死に僕に手を伸ばしている。
早く、早く助けなきゃ!
でも僕の体は一向に動かない。それどころか、必死に助けを求めるミーシャから離れようと後ずさっている。
気付けば僕は走り出していた。
真っ暗な空間で右も左も分からない中で、必死に走っていた。どこがゴールかなんてわからない。ただただ燃え盛るミーシャを背に走っていた。
どれくらい走ったのかもわからない。
いつの間にか僕は足を止めており、目の前には少年が立っていた。
明るい朱の髪。燃え盛るような真紅の双眼。その双眼は酷く暗く濁っている。光など何一つない。
僕はこの少年を知っている。いや、誰よりも知っている。何故ならそれは"僕"だからだ。
"僕"は無感動に、無表情に、無価値に口を開く。
『お前は逃げ出した』
その言葉は僕の胸に深く突き刺さる。言葉なんて物理的にダメージを与えることはないはずなのに、その言葉は僕の胸を抉り、あまつさえ塩まで塗り込んできた。かつてない激痛が僕を襲い、我慢できずに蹲ってしまう。
『逃げ出したものには罰を。罰には死を……』
"僕"はそう言うと煙のように消え、代わりに様々なものが焼け焦げる悪臭が辺りを支配する。
ボッ……。
何かが発火するような小さな音がする。やがてそれはパチパチパチと音を変え、何かが燃えているのだということ知らせる。
「っ!……熱いっ!」
ふとその音が自身から鳴っていることに気付き視線を落とす。すると信じられないことに僕の足が燃えているではないか。
自覚してからは早かった。
熱い、熱い、熱い。
服が焼け焦げ、守られているはずの皮膚が燃えていく。ジューという肉が焼ける音と共にあの不快な臭いが充満していく。
人は知らずに刺されれば痛みを認知しないという。刺されてから数分しても認知しなければ痛みを伴わないのだ。
さっきの僕の状況は正にそうだったのだろう。何かが燃えていたではなくそれは僕で、僕は自身が燃えているのに気づいた時激痛と膨大な熱気に苦しみ出した。
僕は急いで炎を消そうとする。ジタバタと暴れ、とにかく炎を何とかしなければと焦る。しかし、僕が勢いよく動くことによって空気が炎に送り込まれ激しさを増していく。助かろうとする僕の行動は自らの破滅へと繋がっていく。
ミーシャの顔が浮かんだ。
可愛い笑顔は徐々に悲痛なものに変わっていきやがて真っ黒になる。そこでふと気付いてしまった。
あぁ、そうだ。
今の僕は――ミーシャそのものじゃないか。
炎に身を焼かれ暴れる。苦痛から逃れるために外に救いを求める。しかし誰も助けてはくれない。
僕も皆と一緒になるのだろうか?
嫌だ嫌だ嫌だ!そんなの絶対嫌だ!
何が僕だけ置いていっただ!何が皆と一緒の所に逝きたいだ!何が……何が死んでしまいたいだ!!
僕は生きたい。
泥水を啜ろうとも、生ゴミを食べようとも、誰かから盗み不幸になろうとも、僕は生き続けたい!
「誰か……誰か、助けて……!」
初めてその言葉を口にした。
あの全てを失った日から一度として口に出したことのない言葉。醜く生き残って、言い訳ばかりをして正当化していた自分。本当の『死』を前にしてようやく気づいた。
「僕は……死にたくない!生きたいっ……生きたいんだ!」
間違いなく僕は最低だろう。あんなに親しかった、大切な人達が黒く醜く変わり果てた姿を見て「そうはなりたくない」なんて思っているのだから。
あんな風に死んでたまるか。僕は罵られようとも生を否定されようとも、往生際悪く生きていたいんだ。例えこの世界がクソッタレの掃き溜めだとしても……いや、だからこそ何くそと抗い続けたいのだ。
僕の全身をくまなく炎が満たしいていく。きっと長くはない。でもその最後の最後の瞬間まで僕は生に固執し続ける。
もう喉も焼かれ声も出せない、けれど必死に助けてと叫ぶ。きっと誰の耳にも届かない。だけれど僕は――。
今度こそもう終わりか、そう思った時、ふと、僕の体を優しい熱が包み込む。それは激痛を伴う業火ではない。言うなれば暖炉の柔らかな熱。とても心地よく、いつまでも身をゆだねていたいと感じてしまう熱。
「うん、いいよ。私があなたを助けてあげる。全てに絶望し憎んでいるあなたが、少しでもこの世界を好きになれるよう、私が導いてあげる」
優しい声とともに僕の視界はまた色彩を取り戻す。
目の前には白銀の長髪。そして周りは僕が白の魔女を殺さんと待ち伏せていた人気のない路地裏。
甘くて優しい匂いが僕を包み込んでいた。
「あなたは苦しんだ。充分苦しんだわ。もう自分を責めなくていいの。あなたは誰かに甘えていいの。もし、誰にも甘えることができないというのなら、私に甘えなさい。私があなたを守ってあげる」
そう言い、白の魔女は僕を強く抱き締めてくれた。
久しく感じなかったぬくもり。人の体温とはこうも優しいのか。同じ人でも、僕にあったの暴力だけだ。ぬくもりの代わりに拳が、足が、鈍器が飛んでくるのだ。僕にとって人ととは外敵でしかなかった。だというのに、この人は温かった。
不意に頬を熱い何かが流れていく。
「頑張ったね。一人でここまでよく頑張ったね」
白の魔女は優しく言いながら僕の頭を撫でてくれた。
「う……ううっ、ぅぁ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ!!」
僕は大声を上げて泣いた。全てを吐き出すように。
さっきも胃から吐き出していたけど、それとは別だ。どこにも不快感はない。ただただ、僕は溜まり続けた
◇◆◇
あれから数年、僕は白の魔女であるノワールのところに厄介になっている。
白の魔女を関する彼女は、見た目が真っ白であり、かつ光の魔法を得意とする。だというのに、名前は
ノワールは最初僕を殺すつもりだったらしい。今思えばあの時の勘は間違ってはいなかったわけだが、どうやら僕の中身を見たら気が変わったのだとか。
ノワールも全てを失った人間だったのだ。
家族を失い孤児院に流れ着き、そしてまた孤児院が無くなる。僕とまんま一緒だった。
そして浮浪児として生きていた時、ノワールは師匠でもあり、名付けの母親でもある魔女に出会ったのだとか。その魔女はノワールのことを見た時、「ふむ、実験材料としては良さそうじゃの……どれちょっと拾っていくか」とか呟いて拉致されたのだ。
それからは「いや、実験材料にするにももっと肉を付けて貰わねばの」とか「どうせ肥えさせるならば可愛い方がええじゃろ」とか「なんか弟子が欲しいのぉ……ノワールお前がなれ」とか……気付けば実験材料からその魔女の弟子という立場に収まっていた。
そして更にドンドンおかしくなっていき、気付けば師匠は母でもあり、ノワールにこの世の素晴らしさを教えてくれたらしい。
一人立ちをしてからはその教え通り生き、それなりに順風満帆な暮らしをしていたのだが、どうも彼女の容姿を気に入りしつこく求婚してきた貴族がいたのだという。それが僕の依頼主だった。
ノワールはその貴族と結婚するつもりはないどころか、そもそもその貴族の良くない噂なども耳にしており良い感情を抱いていなかった。
中々思い通りにならないノワールに対し、憤慨したさる貴族は様々な刺客を彼女に送り込んだ。その度にノワールは撃退していた。しかしその刺客は徐々にエスカレートしていき、遂には子供である僕を差し向けたというわけだ。
因みにさる貴族が「白の魔女はお前のような子供に弱い」というのは口八丁というやつなのだが、ノワールは僕を見てかつての自分を思い出し保護する気になったわけだが、もしそれがなかったのならもしかしたらヤっちゃてたかも♡とのことだ。そんなことをハート付きで言われても当時を思えば寒気しか感じなかった。
更にそのさる貴族だが、怒ったノワールの手によりどこかに消された。どこにとは言わないでおこう。ただこの世界ではないとだけは言っておく。後処理もバッチリだったため、そこからの報復なども無く、僕とノワールは平和に暮らしている。
引き取られてから一年ほどはただ世話になっているだけの少年だったが、その後は僕を救ってくれたノワールの役に立とう、今度は僕が守れるようになろうと必死に頑張った。
ノワールと違い、僕には魔法の才能も魔術の才能も無かった、というより魔力が少なかったが、その代わり剣術には突出した才能があった。
ノワールの様な魔女『異端者』たちは基本魔法のみを鍛えるが、ノワールとその師匠は変わり者らしく、近接戦闘も出来るように鍛えていた。そしてこれは僕にとってとても運が良かったのだが、ノワールも剣術を得意としていた。
なのでノワールにとって母でもあり師匠でもある人がいるように、僕にとってノワールが母でもあり師匠でもあった。
その証というのか、僕もノワールに名をつけてもらった。
「あなたは赤い髪と、私と同じ真紅の瞳だからぁ……そうねぇ……『ルージュ』なんてどうかしら」
こうして僕はルージュとなった。
更に数年。
私は19歳になった。
身長は180を超え、筋肉もつき体も丈夫になった。拾われた頃なんてノワールを見上げるばかりだったというのに、気付けば私がノワールを見下ろすようになった。ノワールは「昔の方が可愛かった……」と言い時折拗ねてしまうが、私としては彼女よりも大きくなれたのは嬉しい限りだ。
ノワールはと言うと、彼女の見た目はなんら変わりない。既に10年以上の月日が経つというのに小じわの一つどころか、肌の張りすらも変わっていない。出会った時と同じ銀髪の令嬢と言ったところだ。下手をすれば16,7の小娘にしか見えないくらいの若々しさである。
ノワール曰く、魔女になると皆こうなのだそうだ。ノワールの師匠なんかは既に200歳くらいなそうだが、ノワールと二人して並べば姉妹にしか見えないのだと言う。
世の女性が聞けば羨ましさ故に血の涙を流すことだろう。
あれから毎日のノワールとの特訓と、騎士学校への入学により私の剣術の腕前はグングンと伸びていき、気付けば同年代では負けることがなくなった。更に帝国上位騎士にさえ勝てる程度には強くなった。その目覚ましい成長に、帝国騎士団長に目をつけられ、近いうち帝国の騎士として迎え入れられる予定である。
それを聞いてノワールは我がことのように喜んでくれた。やれ「ルージュなら絶対なれると思ってた!」だとか「うちの子は最強なんですぅ!」だとか「ルージュが今まで頑張ったからだね!」とか「いよっ!イケメン騎士ルージュ君!」とかとか、聞いてるこっちが恥ずかしくなる程にべた褒めであった。
昔の私であったなら素直に喜べただろうが、今の私にはそれはあまりにこっ恥ずかしかった。勿論彼女の裏の無いストレートな想いはとても嬉しかったのだが、私だってもう一端の大人なのだ。もう子供扱いをしないで頂きたい。
それに、私は彼女を守りたいのだ。守られるだけの子供ではなく、彼女の盾となり剣となり、いや、彼女だけの騎士でありたい。
そう、気付けば私は彼女を愛していたのだ。母としてではなく、一人の女性として。しかし私の想いなど知らずに、彼女は底抜けの明るさと愛を私にぶつけてくるのだからたまったものではない。
私は照れくささともどかしさに悶々とした日々を過ごしながらも、なんだかんだ彼女との今の関係が心地よく永遠に続けばいいと思っていた。
だが、世界というのは残酷なものだ。
そこから更に2年程経った。
私は帝国騎士団に入団してすぐに頭角を現し、1年もすれば帝国騎士団のうち、赤の騎士団の副団長の座に収まっていた。貴族からなるものが多いと言われる騎士団だが、帝国騎士団は完全に実力のみの世界。強ければ上へ、弱ければ下へのわかりやすい世界であった。
強さを貪欲に、ただひたすらに上を目指していた私は、周りから見ても脅威的なスピードで実力を付けていった。おそらく戦闘能力だけで言うならば、赤の騎士団長よりも上だろう。それでも私がまだ副団長でいるのは、人を使う能力で劣っているからだ。一つのグループの頂点に立つということは、そのグループをまとめ上げる能力が必要不可欠である。私は今それを赤の騎士団長から学んでいる最中だ。
赤の騎士団長も言ってはなんだが年であり、後継人を探していたようだ。そこで私のような若者が現れたものだから張り切っている。
順風満帆。
多少壁にぶつかることがあるが、それでも私が目指す"上"には順調に進んでいる。それをノワールも喜んでくれている。私もノワールも笑顔だ。そして幸せであった。過去のことを全て忘れ去り切り捨てたわけではない。しかし今を生きるのはこの私だ。今を生きる以上、前を向き続けていかなければならない。死していった皆のためにも、私は皆をこの背に背負い前へと進んでいくのだ。
皆の不幸の上にある幸せであるかもしれない。しかし、逆に言えば死した皆の代わりに私が幸せに生きるというのもまたありだと思うのだ。
随分と自己中心的な考えだと、私自身も苦笑ものだが、ただ下を向いて陰気に振舞っていてはそれこそ天罰が当たるというもの。せめて生き残った私が笑顔でいるのが皆への手向けとなろう。
「ゴホッ……ゴホッ!……はぁ、はぁ……」
「ノワール、大丈夫かい?」
「え?……あぁ、大丈夫よ。いつものことだからじきにおちつくわ」
「いつもそう言っているじゃないか。今日は少し早いが休んでしまった方がいい」
「えぇー!まだルージュのご飯作ってないわ!私の楽しみを奪うつもり!?」
「今夜は私が作ろう。ノワールがキッチンに立つ方が心配だからね」
「やだやだぁー!」
「こらっ。あまり子供の様なことは言わないでくれ。ほら、寝室まで行こう」
私はプンスコと未だに怒り続けるノワールを抱え寝室へと向かう。所謂お姫様だっこというやつだが、ノワールの体は羽のように軽い。というよりも軽すぎる。この体には何も入っていないのではないかと心配になるほどだ。
そんな私の不安など知らぬ存ぜぬと、ノワールはポカポカと私の胸板を叩き続ける。コロコロと変わる表情も大人ぶっていながらどこか子供っぽいところも、いつものノワールそのものだ。その姿を見て私は少しだけ安心する。
「次は絶対私が作るんだからねー!」
「はいはい。楽しみにしていますよ、レディー?」
絶対だからー!!
ノワールの可愛らしい怒声を背に夕飯を作り始める。彼女の大好きなチェリーパイを食後のデザートとして準備するのも欠かせない。きっとこれが無ければ彼女は更に機嫌を悪くしてしまうことだろう。口を尖らせ可愛らしく暴れる姿が思い浮かび薄く笑ってしまう。
ここ数年、ノワールの体調が芳しくない。見た目ではわからないが、彼女の中身はボロボロであった。
曰く、つけが回ってきたのだと。
彼女は元々異端者――魔女としての素質がなかった。そこで無理やり魔女となったことで、体への大きな負担をかけていたのだ。
そもそも魔女・異端者とは何か?
それを語るにはまずこの世界にある"力"についての説明から始まる。この世界には魔力、神力、心力の三つの力が存在する。
一番広く普及しているのが魔力であり、魔力は魔術を行使するために必要だ。更に生物の成長に必要なのもこの魔力である。大抵のものに宿っており、この世界に存在しなくてはならない力だ。
神力とは、神の力を行使するために必要な力だ。ただしこれは誰にでもあるものではなく、限られた、所謂選ばれし者にしか宿らない力。神力があれば神の奇跡の真似事ができる。強い力を持っていれば天変地異から人の蘇生までできてしまう。過去の、500年程前の神代であればそれくらいのことまでできたらしいが、現代においてそこまでの力を持っている者はいない。持っていたとしても治癒の力ぐらいだ。
そして最後に心力。これは元々この世界にあった力ではないと言われている。神代に現れた『外なる神』により持ち込まれた力と言われている。その力は非常に強力で、魔力を用いた魔術よりも簡単で強く、神力の様に特別な資格を持たずにそれと同等の力を発揮できる程のものだ。やがてそれは『魔法』と呼ばれ広く普及したのだという。
しかしその心力には穴があった。まずこの世界の人間にとって心力とは劇薬のようなもので、取り込み続けるとやがて肉体を変化させてしまうのだ。特に外なる神が居た時代は、『魔法』を使用することで外なる神への忠誠心を高めることになり、使えば使うほど敬虔な信者となったそうだ。そしてその信者は使徒と呼ばれ、この世界の創世神『アレイシア』へと反旗を翻したのだ。それらの戦いを神威対戦と呼ばれているのだが……まぁそれはまた別の機会に語ろう。
紆余曲折あり外なる神を打破しこの世に平和が訪れたわけなのだが、外なる神はこの世界にお土産を置いて行ったのだ。それが心力だ。
以前のように心力を使えば使徒となる、ということはないが、それでも適性のない者が取り込み魔法を使用すれば心を失いケモノと化す。人はそのケモノを『魔人』と呼ぶ。
しかし、時たま心力に対し適性のある者がいる。その者たちは心力を取り込み魔法を使用しても心を失わないのだ。その者たちは全体のほんの一握り。故に世間一般からは『異端者』と呼ばれ畏れられている。そして何故か心力の適性のある者は一部を除き女性しかいないということもあり、異端者、もしくは『魔女』と呼ばれている。
さて、話を戻そう。
ノワールは元々この心力に対する適性が限りなく低かった。それこそ無理してならない方がよかった程にだ。それこそノワールの師匠からも「ならない方がいい」と言われていたらしいのだが、無理を言って魔女にしてもらったのだそうだ。なんでも、魔女の弟子なのに魔女じゃないというのが嫌だったのだとか。何とも負けず嫌いで子供っぽいノワールらしい。
魔女になってからは、心力の影響により体の成長が止まり、魔法を使用することができた。そして彼女が好んで使い最も得意とする魔法というのは『光』。見た目も真っ白なノワールにピッタリの魔法だ。
しかし無理やりに魔女になったノワールには心力の侵食が待っていた。適性の持たない者はケモノ、『魔人』と化し災厄を振りまく。
勿論無益な殺生など望まないノワールは魔人となるつもりなどさらさらなかった。しかし侵食は否応がなく進む。そこでノワールはとある魔法を作り上げた。そしてその魔法で心を守ったのだ。これにより心力の侵食により心を失うことはなくなったわけだが、代わりに負担が体へと向かった。心を守るために肉体を犠牲にする。
魔法、『
それこそ寿命を縮める程に――。
ノワールはいつも快活な笑顔を向けてくれている。『体調不良』と言って辛そうな様子は全く見せることはない。
しかし……信じたくはないが、おそらくノワールはもう長くはない。ほぼ毎日のように彼女を抱え上げているのだが、その度に彼女が軽くなっていく気がするのだ。今ではもう……触れてしまえばそのまま崩れ去ってしまうのではないかという程に……。
「クッ……!どうすれば……!!」
私は奥歯を噛み締める。
私にとってノワールは全てだ。
全てを憎んでいた私に慈しむ心を与えてくれた。
愛する心を与えてくれた。
少しでもこの世界が美しく、憎むだけではもったいないのだということを教えてくれた。
私を――闇の底から救い上げ、光の中へと導いてくれた。
私は全てを失い、そして得た。けれど世界はまたも私から奪おうというのか。
「そんなことは、させない」
血がにじむほどに拳を握りしめる。
この世界は広い。きっとノワールを救う手立てがあるはずだ。そのためには私はもっと上を目指さなければならない。上の立場になればもっと権限が増える。帝国の後ろ盾を上手く使い、世界の情報を手に入れることが最も近道となる。
私は更に努力した。
死にそうになったことも何度もある。その度にノワールに怒られもしたし、彼女の顔を悲しみに染めてしまったりもした。しかし、それでもその先に光があると信じて私は突き進んだ。
あと少し、あと少しで何かが掴めそうだと思っていたその時であった。
帝国に危機が訪れた。
S級の魔人が帝国に襲撃してきたのだ。
魔人は凄まじい勢いで破壊活動を行い、多くの人がその凶刃に沈んでいった。
無論、帝国の危機ということで私たち帝国騎士団の一つ赤の騎士団が討伐に派遣されたのだが、あまりの強さに一人、また一人と魔人の前に散っていく。そして気付けば私だけが残っていた。
「はぁ……はぁっ……」
体が重い。
至る所から痛みが発するし、何より体を動かすのが億劫だ。利き腕である右腕など既に動かない。王から贈呈された自慢の剣は欠け、ちょっとしたことで折れてしまいそうな程に頼りない。
しかし剣が折れそうだからといって諦める私ではない。右腕が動かなかろうと、私には左腕がある。腕がある限り剣を振ることができる。この剣が折れたのなら、そこらに落ちている元同僚の剣を拾い振るえばいい。
『罪には罰を……罰には死を……』
不意に何時ぞやの自分が発していた言葉が蘇る。私が今ここにいることこそがそうであれとでも言いたげに。それと同時に魔人は私へと向かってくる。
ガキィンッ!と甲高い音が鳴る。
魔人の振るう剣と私の振るう剣が交わった音だ。相も変わらず重い一撃に私はうめき声を漏らしてしまう。支えきれずにたたらを踏んでしまうが、ふんぬ、と両足に力を込め堪える。そしてそのまま体のバネを使用し魔人の剣を受け流し、その勢いのまま横なぎに剣を振るう。
私の剣は吸い込まれるように魔人のガラ空きの腹部へと叩き込まれるが、魔人を斬りつけることができるどころか、傷一つつけることができずに剣は砕け散った。
「ちっ!!」
私は痛む体に鞭を打ち、バックステップで魔人から距離を取る。
すると魔人の体の前に複数の魔法陣が展開され、そこから様々な魔法が飛んでくる。
炎槍、氷弾、雷。それらは一つ一つが必殺の威力を秘めている。およそ一人に向けて放つにはあまりにも過剰なそれらは真っすぐ私に向かってくる。
私は足元に転がっていた剣を蹴り上げ宙に浮いた剣をキャッチする。そして向かってくる魔法に剣を向ける。
「オォぉぉぉぉぉぉぉおおおお!」
自信を叱咤するように雄たけびをあげながら左腕を振るう。
私には魔力が少ない。それこそ初級魔術と呼ばれる炎弾を数発撃てば素寒貧になってしまう程だ。しかし、そんな魔力の少ない私でも唯一扱える魔術がある。ノワールと共に作り上げたオリジナルの魔術。奥の手だ。
私の持つ剣に魔力が伝播していく。
そしてそれは剣を包み込み薄青に発光する。魔術のエンチャントに似ているが、それよりも更に上の魔力の強制付与。つまりは疑似的な魔剣の作成、それが私の奥の手だ。
魔剣にしてしまえば強度も破壊力も格段に上がる。先ほどの折れてしまった私の剣にそれができればよかったのだが、私の魔力は限りなく少ない。これを扱えるのは正真正銘一回限り。そして疑似魔剣化が可能な時間も1分少々。ここぞという時にしか扱えない。
本当ならば、もう少し奴を弱らせ、確実に斬り捨てられる程になったところで使用したかったのだが、ここで死んでしまっては元も子もない。故に今使う。そしてこれで決めさせてもらう。
青く発光する剣で眼前に迫った炎槍を斬りつける。
ズドンッ!と凄まじい衝撃が剣から左腕に流れてくる。正直剣を手放してしまいたくなる。こんな化け物相手に人間が勝てる道理などない。昔の、最底辺にいた時の私ならばきっとここで諦めてしまっただろう。だが、今の私にはっ!!
「守るべきものがいる!!」
炎槍をそのまま力任せに叩き落し、続けざまに氷弾、雷と次々と魔法を斬り落としていく。
「ヌンッ!フッ!ハァッ!!」
通常魔法を剣で斬るなどできはしない。剣で斬りつけるよりも魔法の方が圧倒的に威力があるからだ。しかし、今の私が手にしているのは紛い物とはいえ魔剣だ。魔剣であれば魔法を斬り捨てることができる。
次から次へと向かってくる魔法の嵐。その度に私は斬り落としていくが……これでは埒が明かない。多少の傷は覚悟してでも前に進み出なければじり貧である。
「ヌゥ……オォォオオオオオオオオオオアアアアアアア!!!!」
雄たけびを上げ、私は前に進む。
心力の矢が私の腹部に突き刺さる。
炎槍が私の腕を掠め、触れた部分を焼き焦がす。
氷弾が頭をかすり、そこからは血が流れ、視界を赤く染める。
体はもうボロボロだ。立っているのも辛い。動悸も激しく。呼吸もままならない。だが、私は止まらない。止まるわけにはいかない。私が倒れるということはこの帝都を守る者がいなくなることを意味する。そしてそれはこの国の終わりだ。それだけならまだいい。帝都には私の愛する人がいる。
確かに帝国騎士である以上、帝国民は私の守るべき対象だ。だが、私が自らの命を懸けてでも、全てをなげうってでも守りたいのはただ一人。
ノワールの笑顔が脳裏に浮かぶ。
白の魔女。
私も救い出してくれた愛しい人。
その彼女を守るのは私だ!
気付けば私は魔人に肉薄していた。魔人は今も尚魔法陣を展開している。流石にこの距離では自身も巻き込んでしまうと気付いたのか、魔法で作り上げた石剣を構えようとする。
他の騎士であればそれでも十分間に合ったことだろう。だが、今の相手は私だ。この帝国で最強の騎士と噂される私なのだ。たかが噂、されど噂。噂でしかないというのなら、この私がそれを真実にしてやろう。
「とどけぇっ!!」
私は全身のバネをしならせ全ての力を左腕に乗せる。ここにきて初めて魔人は顔を歪ませ、焦ったように石剣で弾こうとする。だが、それよりも早く私の剣が魔人へと至る。
剣は魔人を確かに捉え、横なぎに斬り裂いていく。先ほどのように、魔人に触れ砕け散るということはなく、しっかりと叩き込まれた腹部を斬り裂いていき、振り切る。
「っ……!!」
魔人は声にならぬ声を上げ、そのまま後方へと吹き飛ばされ、瓦礫の山へと突っ込んでいった。
「やった……のか……?」
数秒、魔人が伏した場所を睨むが向かってくる気配はない。
どうやら私は魔人相手に勝利を収めたようだ。
「ハッ、八ッ、八ッ、八ッ……ングッ、ゲホッゴホッ!!」
そう思った瞬間、体から力が抜け跪いてしまう。咄嗟に剣を支えにしようと地面に突き立てるが、既に魔剣化が切れた剣は既に普通の剣。しかも度重なる酷使で摩耗していた剣はあっさりと砕けてしまった。
支えになると思っていたものが砕けたことにより、私を支えるものがなくなりそのまま慣性に従って地面と熱い抱擁を迎えてしまった。
こうなってしまってはもう起き上がることも難しい。私はひんやりとする地面の心地よさに目を閉じかけた――。
ドンッ!!
突如爆発音が鳴り響く。
なけなしの力を振り絞り音が鳴った方へ顔を向けると、そこには人の姿があった。否、ただの人ではない。悍ましくも腕が変形し刃となっており、肌も浅黒く、瞳も黄色に輝いている。筋肉は不自然な程に発達し、私の鍛え抜かれたそれよりも二回り程くらいありそうである。
一体どこからこいつは現れたのか……私は一瞬そう思ったが、すぐにこの化け物が先ほど私が斬り捨てた魔人であるということに気付いた。何故なら奴の腹部には剣で斬り裂かれた跡があり、かつ奴の顔には名残があったからだ。
「ふ……魔人とは……これほどか……カハッ!」
私は口から血の塊を吐き出しながら変わり果てた魔人の姿を見る。私がつけた傷は煙を立てながら治っていき、やがてはその傷も消えてしまう。こちらとしては決死の覚悟で与えた致命傷だというのに、それがこうもあっさりと治ってしまうなど酷い悪夢である。しかも思った以上にピンピンとしており、先ほど激戦を演じていたのはまるで嘘だったのではないかと錯覚してしまいそうになる。
魔人は死に体の私を見るとニヤリと獰猛な笑みを浮かべ魔法陣を展開した。そしてゆっくり、ゆっくりと氷槍を形成し、その切っ先を私に向けている。おそらく楽しんでいるのだろう。その気になればすぐにでも私にとどめを刺すことはできるはずだ。だが、奴は私が死を自覚し明確に近づいてくるのを感じるのを見て楽しんでいるのだ。これが魔人、心を失いし者の末路か。
私は諦めてなどいない。
この状況、どうあがいても助かることはあり得ない。死は確定、免れることは不可能であろう。
だが、私は諦めない。
必死に脳から腕へ足へ動けと指令を出す。私の理想としているような動きはせず、ぴくぴくと痙攣するだけ。だがそれでも私は必死に動け!動け!動け!と指令を出し続ける。
私が死ぬのはいい。
幼少の頃にあった死への恐怖など、騎士として彼女を守ると誓った日に乗り越えた。故に死への恐怖など微塵もない。あるとすればそれは彼女の死だ。私はもう失うわけにはいかない。私の愛しい人、ただ一人を守りきる、ただそれだけなのだから。
「う、ごけ……う……ご……けっ!!!!」
既に喉も枯れて声も満足に出せないが、それでも私は叫ぶ。古来より言葉には不思議な力があるという。声に出すことで一種の力になると言われている。だからこそ私は声に出す。動けと。私はまだ動ける、戦えるのだと。
魔人はその無様な私に飽きたのだろう。あくびをすると、数十本にもなる氷槍を私目掛け一世射出した。
未だ動かない私の体。このままでは私は氷槍にズタズタにされ奇怪なオブジェと化すことだろう。
まだだ!まだ諦めてなどなるものか!私が彼女を――!!
氷槍が私に突き刺さる、その瞬間。
ふわりと甘い匂いが鼻腔をくすぐった。
とても嗅ぎ慣れた匂いだ。
私の前に光輝く白銀の髪が広がった。
――あぁ、いつもそうだ。私が闇に包みこまれそうになった時手を差し伸べてくれる愛おしい人。私が守らなければならないというのに、結局私は守られてしまうのか。
「うちの可愛い可愛いルージュ君に手を出したのはあなた?いい度胸ね。覚悟は……勿論できているわよね?」
白の魔女ノワールは、白一色の装備に身を包み、私を守るように立っていた。いつもの子供っぽくて危なっかしい雰囲気は皆無である。私からはノワールの表情を見ることはできないが、きっと彼女の表情は怒り一色となっていることだろう。
『白の、魔女か。魔女にも、魔人にも、なれぬ、半端者が、オレの前に、立とうなどな。滑稽である』
今までうめき声と笑い声しかあげていなかった魔人が初めて言葉を口にした。酷くかすれ聞きにくいが、その話し方はノワールを知っているようであった。
「ふん。あなたこそ、私利私欲にまみれ心力に呑まれた化け物風情が大層なご身分ね。私のことを知っているようだけれど……残念、私はあなたのような低俗なゴミなんて知らないわ。だから……報いを受け死になさい」
『ヌゥ!!』
ノワールはゾッとするような声音で告げると、魔法陣を展開する。そして魔人の頭上からは無数の光が降り注ぎ魔人を焼いていく。魔人は遅ればせながらも魔法陣を展開し光をガードしているが、明らかに防ぎきれていない。苦しそうなうめき声をあげ防御に徹するのみだ。
あれほど私が苦戦した魔人を相手に、ノワールは一方的な展開を繰り広げていた。
これが魔女の力。
異端者と呼び畏れる力の一端か。
魔女であればこれぐらいは朝飯前と言ったところか。
だが、ノワールは普通の魔女ではない。
常日頃より自身の肉体に負担をかけ生活をしている。そしてその負担は寿命を削るということで耐え生き抜いてきたのだ。そんな生活を送っていたものが、このように魔法を使用すればどうなるか――。
「……っ!ゴホッ、ゴホッゴホッ!ゴフゥツ!!」
ノワールは苦しそうに咳き込み口を押えだした。そしてその足元にポトッポトッと液体が落ち、赤い血だまりができていく。
それと同時に魔法陣は明滅し、空から降り注ぐ光の勢いはなくなっていく。
『ヌゥゥゥン!』
魔人はひと際魔法陣を強く発光させると、ノワールの作り上げていた魔法陣がガラスの割れるような音を発し崩れる。そしてそれと同時に氷槍がノワールへと向かってくる。
「くっ……!」
ノワールは苦し気な声を上げながら片手を前に突き出す。すると手の先から魔法陣が広がりバリアのように氷槍を受け止めていく。氷槍がぶつかる度に凄まじい衝撃が空気を伝い私まで届く。ビリビリと響くそれはかなりの威力を秘めているのだろう。アレを受け止めているノワールは、私の想像する以上に苦痛となっているはずだ。
ふと、私の体が軽くなっていくのを感じる。それだけではない。あれほど発していた痛みが嘘のように引いていったのだ。失っていた右腕の感触もある。これであれば立ち上がれる。しかし同時に疑問がわく。何故私の傷が癒えていったのか。私には治癒の魔術も、魔法も、神威術も使えはしない。であれば何故――。
私は八ッと顔を上げる。するとノワールが明いている手を私に向けている。その手の先には魔法陣が浮かんでいる。
「っ!ノワール!!」
私はつい叫んでしまった。
そう、あろうことかこの女は魔人の魔法を防ぎつつ、私の傷を治したのだ。平時であればありがとうで済むが、今はそんなことを言っている場合ではない。彼女が魔法を使うということは寿命を縮めるということだ。
「ルージュ!!」
「っ!?」
突如ノワールが声を張り上げた。顔はまだ前を向いたままなのでわからない。
「あなたはこの世界が憎い?」
打って変わって落ち着いた声で質問をしてきた。何故今こんな質問をしてくるのだ。だが、彼女がいつになく真剣であることはわかった。
私が答えあぐねていると、ノワールがそのまま言葉を紡ぎ始めた。
「あなたも私もこの世界からは酷い扱いを受けたわ。それはもう全てが憎いと思う程にね」
静かな声。
ともすれば魔人の放つ魔法の音でかき消されてしまいそうだが、不思議と彼女の声はハッキリと私の耳に届いた。寧ろ、彼女以外の音が消え去り彼女だけの声が響いていた。
「でもね、この世界は美しくもあるの。醜く汚いだけでなく、この世界はとても美しいのよ」
美しい、か……。
「太陽に煌めく水面、鮮やかに咲き乱れる草花。人だってそう。あなたを雇った何時ぞやの貴族もいれば心優しい人間も存在する。例えばそう、八百屋のジャックさんとか!あの人私が買いに行くといっつもおまけしてくれるのよ?」
それはあなたの容姿に見惚れているからですよ……。優しさとは違って男の下心というやつだ。……今度あそこ行ったら奥さんに告げ口しておこう。
「そう、世界とは闇だけではないの。闇があれば光もまたあるのよ。表裏一体ね。だから、だからね」
ピシッ……。
ガラスにヒビが入るような音が鳴る。
「あなたにはこの世界を憎むだけで終わって欲しくない。生まれてよかったって思ってもらいたい。それでね、あわよくばその光を守ってあげて欲しい。そしてついでに闇に呑まれたりしていたら手を差し伸べて、光へと導いてあげて欲しい。私からのあなたへのワガママ」
ピシッ……ピキキッ……。
「私には……そこまでのことは……できない……」
私には無理だ。魔人一人にすら太刀打ちできなかった人間に、ノワールと同じ様に人を救うことなどできるはずもない。ノワールは私のことを買いかぶり過ぎだ。私にはノワールただ一人いればそれで――。
「できるよ」
ノワールは振り向き言った。
その表情は笑顔だった。
「ルージュ君ならできる。だって私の愛した人だもの!」
ピシシッ!ピキッ!ピキキッ!
「だからお願いね!私が
パリィィィイーン……。
魔法陣が砕ける音が辺りに響いた。
『死ヌが、いイ!白の、魔女!』
もう守るべき魔法陣は存在しない。無数の氷槍がノワールを突き穿たんと迫ってくる。
私はノワールと叫ぼうとした。
その時、ノワールは笑顔で口を動かした。一瞬だが、世界から音が消えた。ノワールの口にした言葉も聞こえない。しかし彼女が言った言葉は理解できる。
愛してる。
「
ノワールのその一言と共に力の奔流が渦を巻く。その渦はノワールを中心にできており、突き刺さるはずであった氷槍はその力の渦に当たり砕けていく。
『バカ、ナ!ナンだ!この、異様な、力は!半端者の、貴様が、何故、このような、力を!!』
白の魔女は白銀の髪を風にたなびかせながら片手を前に突き出す。
「私の魔法。
先ほどまでの真剣な雰囲気とは打って変わり、いつものお茶らけた、どこか子供っぽいノワールがそこにはいた。
『クッ!マぁよい!その状態、も、長くは続か、まい!逝ね!!』
再度魔人は魔法陣を展開し、バカの一つ覚えのように氷槍を放ち続ける。時折、炎槍や雷も放ってくるが、今のノワールには何一つ届きはしなかった。
「その通りではあるんだけれどね。残念ながら逝ぬのはあなたよ――。さぁ、光の奔流に呑まれなさい。塵一つ残さないわ。消えなさい、
ノワールが片手を振り上げ下した瞬間、一筋の極光が天より降り注ぐ。それを魔人は先ほどノワールが行ったように魔法陣を展開し防御を試みるが、その努力も虚しく、あっさりと飲み込まれてしまった。
それから数秒し極光が収まると、そこには何も残ってはいなかった。言葉通り塵一つ残らなかったのだ。
「す、ごい……」
これが本気の魔女の力。
もうノワール一人で世界を征服してしまえるのではないだろうか。ていうか魔女皆がそうだとしたらこの世界は魔女に支配されている可能性すらあり得る……。
「さて、いっちょあがりっと!これでこの国の平和は守られました!白の魔女、
ノワールはクルッと振り返り笑顔でそう言った。いつもの快活な可愛らしい姿。まるでこれからピクニックにでも行くような軽い雰囲気だ。
だが、私は彼女が不穏なことを言ったことに気付いていた。誤魔化したつもりなのかもしれないが、彼女が『最後』と言ったのを聞き逃さなかった。
「ノワール……!」
既に全快した私はノワールに詰め寄る。当のノワールはと言うと、キャッと可愛らしい声を上げいやんいやんと頬に手を当てながらくねくねしている。グッ……!可愛い!!だが――。
「今の言葉は、なんだ!」
ガシッとノワールの両肩を掴む。ガラス細工のように華奢だ。いつもの私ならばもっと壊れ物を扱うように触れたことだろう。だが、今はそんなことまで気にしていられるほど大人ではなかった。
「ちょ、ちょっと!いくらルージュ君でもそんないきなりっ!私にも心の準備というものが――」
「ふざけないで答えてください!最後ってどういうことだ!!」
ノワールは頬を赤らめ答えるが、私が聞きたいのはそんな言葉ではない。
私の冗談は許さないという剣幕に諦めたのか、ノワールは困ったような顔をし口を開いた。
「……言葉通りよ。私の最後のお仕事。これ以上はもうできないもの」
そう言うとノワールは私の頬に手を当てた。酷く冷たい。それにそれだけじゃない。彼女の手からは、いや、全身から光の粒子が出ていた。
「
「それは……つまり……」
つまりそれは死を意味する。
元々ガタが来ていたところに莫大な心力を開放し魔法を放てばそのフィードバックは計り知れない。あれだけの力の奔流だ、本来であれば使用した段階で侵食を受け魔人と化すか、もしくは肉体が消滅していてもおかしくはない。
「私はもうダメよ。せめて魔人化しないように別の物に自身を置換することしかもうできない。つまり人間として生きることはもう……不可能なの」
実質の死、ね。
私は力が抜けていくのを感じた。
あれだけ強くて優しかったノワールが死ぬ?そんなの信じられるだろうか。否、信じられるわけがない。彼女は私のことを愛していると言った。それが家族としての愛かどうか問いたださねばならない。反応から見るに、私と同じく男女の愛というものであるとは思うが、だとすればようやく両想いとなれたのだ。これからの新しい生活が待っている。
だというのに――。
どうしてこうなった?
そんなのは決まっている。
「私の……せいだ……」
私が弱かったからだ。私がもう少し強ければ、あの魔人を倒す程に力を付けていれば、ノワールが死なずに済んだのだ。私がもっともっと努力し力を蓄えていれば――。
「違う!違うよ!ルージュ君のせいじゃない!元々私は長くなかったわ!後数年もすれば同じ様なことになっていたもの!多少早まったとは言え誤差の範囲内よ!」
「しかし!!それでも私がもっと強ければ、後数年はノワールと過ごすことができた!!数年もあればデートをすることも、子供を作り産んでもらうこともできたはずだ!!」
「る、るるるるるルージュ君?!!子供つ、作るって、大声で言わないでもらえるかなっ?!!」
「全ては……私が不甲斐ないばかりに……っ!」
ふと、優しい香りが肺いっぱいに広がる。
これはノワールの匂いだ。
気付けば私はノワールに抱きしめられていた。
「だから、ルージュ君のせいじゃないよ。これは運命みたいなもの。私が魔女になるって決めたその日から決まっていた結末よ。だからそんなに自分を責めないで、ね?」
「しかし……私は……」
「あーんもう!ルージュ君うじうじしすぎっ!こうなったら!」
ノワールは私を抱擁するのをやめると、ガシッ私の両頬をホールドし――。
チュッ。
私の唇にノワールの唇が重なった。
ただ重ねるだけのキスであった。
「よ、よいことっ!あなたは私の生涯最高の旦那様よ!そのあなたがこんなにうじうじうじうじしてるなんて私耐えられないから!だからあなたは堂々と胸を張って前を向いて歩きなさい!いつまでも私にお尻叩かれてるなんてみっともないわ!愛想つかしちゃうかな!……それはないけど」
ノワールはいつもの感じでまくし立てた。
「私は幸せだったよ!ルージュ君と過ごした日々!確かにこ、こここ子供も……欲し、かった……けど!でもあなたとの日々は私にとって宝よ!そしてその日々を過ごせたこの世界が大好きよ!ありがとー!私をここに生まれさせてくれて!だからね!ルージュ君!あなたはこの世界を守ってあげて!私の好きな世界を!世界が無理ならこの帝国を守ってね!私からの最後のワガママ!!」
次第にノワールの体は光に包まれていく。
「えーっと、あとはぁ、あとはぁー。あ、そうそう!本当にちゃんとお嫁さん見つけなさいよ!私とあなたは今誓いのキスをして結婚したわけだけど、帝国は重婚ありだから!だからちゃんと第二夫人を迎え入れなさいね!第一夫人の座は渡さないけどね!!それとそれと――」
あぁ、これは本当に別れなのだろう。
ノワールは伝えたいことが沢山あると、必死に言葉を紡いでいる。あたふたと計画性がないところがここでも響いているようだ。だが、それも彼女らしい――。
「ノワール」
私はノワールに声をかける。このままでは大事なことを伝える前に消えてしまいそうだ。
「――あなたを愛しています」
ノワールは息を飲み、目を大きく見開いた。そして決壊したダムのように涙を流しながら笑顔を作った。
「私も、私もルージュ君を愛しているわ」
お互いに抱きしめあい。ただひたすらに愛を囁き続けた。
言いたいことは沢山ある。それはどちらも同じだ。だが、それ以上に「愛している」この言葉が一番大切な、伝えたい言葉だった。
やがて光は大きくなっていきノワールを完全に包み込んでしまった。目も明けられない程となったそれに私は思わず目を細めてしまう。
時間にして数秒だろうか、数十秒だろうか、はたまた数時間だろうか。
長くも感じるし一瞬にも感じる光の中、声が聞こえた。
『大好き、愛してるよ!ルージュ君!!』
そしてその声が消えると同時に光は収まった。ノワールの姿はどこにもない。しかしその代わり、私の腕の中には一本の剣が残されていた。
シンプルな装飾の両刃剣。細身ながらもしっかりとした作りのそれは光を体現するような、白一色の剣であった。剣の柄の部分には女性の顔にも見えるようなレリーフが刻まれており、よく見ればそれはノワールのようにも見える。
「……ふっ……くぅっ……ノワー……ル……」
ノワールは自身を別の物に置換すると言っていた。つまりこれがその結果なのだろう。人の身を捨て、物言わぬ剣へと姿を変えたのだ。
「よりにもよって……剣か……」
私は騎士だ。この帝国の騎士。そして騎士の象徴とは剣である。帝国に仇なすものを屠る剣。そして私には今その剣はない。だからこそだろう。彼女は私が持つにふさわしい剣に姿を変えたのだ。最後まで私のために、私を案じてその姿になったのだ。
私は剣を抱きしめ泣いた。
刃を抱きしめるのだ。力を込め抱きしめる両の腕と手は血が滲んだ。鈍い痛みもあった。だがそれでも私は構わず抱きしめ泣き続けた。
みっともなく大声を上げ、涙が枯れ果てるまで、ただひたすらに泣き続けた。
――かの魔人の襲撃事件から5年。
帝国には活気が戻っていた。
帝都では賑やかに商人たちが声を上げ客を呼びあい、人々は談笑をしたり値引き交渉をしている。
平和な日常だ。
あの魔人の襲撃による爪痕はなくなったといってもよいだろう。いや、それは少しばかり語弊があるか。皆乗り越えようと前向きに過ごしている。
私は帝国の筆頭騎士となった。
晴れて全ての騎士の頂点と立ったのだ。
帝国の認める騎士の頂点、最強の騎士として私の名は広く知られることとなった。
巷では私のことはこう言うらしい――『燐光の騎士』と。
その由来は私が腰にさす白銀の剣と、そして光を使った戦いだろう。まるでお伽噺の聖騎士みたいだと、子供たちからはよく言われる。
私は帝都を歩いてる。
すると私の姿を見た帝国民が「ルージュ様だ!」と言い私に手を振ってくれる。自分で言うのもなんだが、私はこの帝国では非常に人気がある。それこそ一大スターのようなものだ。個人的には少し恥ずかしくもあるのだが、私がいることによって国民が笑顔になれるというのであれば安いものだ。
私は声をかけてくれた者たちに笑顔で手を振り先へ進む。本当であれば一言ぐらいかけていきたいものなのだが、今日はやることがあるのだ。
足早に歩を進め辿り着いた場所、それは綺麗な一本木の生えた丘である。ここからは帝都の様子が一望できる素晴らしい場所だ。
昔は良く彼女とここへピクニックへと来たものだ……。
私は帝都を一瞥したあと視線を下に落とす。
そこには墓があった。
墓には言葉が彫られている。
『ノワール・リュミエール。最愛の妻はここに眠る。』
ノワールの墓だ。墓と言ってもここい彼女の遺体はない。寧ろ彼女ならば常に私と共にある。銀剣『リュミエール』として私を支えてくれている。
だが、人間としての彼女は死んだのだ。
そんな彼女を安らかに眠る場所を作るのは何もおかしなことではないだろう。それにここは彼女が一番好きだった場所だ。あの世があるのならば、そこから「よくやった!」とでも言いながら見ていてくれるだろう。
私は跪き、持ってきたチェリーパイを墓へ置く。これは彼女の好物だ。私が作る中でも一番好きと言ってくれた料理。来る前に愛情を込め作ったものだ。
「私は君の良き夫であるだろうか」
私は呟く。
彼女の最後のワガママの通り、私は帝国を守り続けてきた。悪しきを罰し、弱気を助ける。闇の中にいる者は手を差し伸べ光へ導いてあげる。
そうして何人かは救ってこれたと思う。実際、私に救われた少年の一人は目に光を宿し、私と同じ様に誰かを救えるようになりたいと騎士になった。まだまだ荒いが、それでも将来は有望であろう。
だが、時には悪と呼ばれる行為も行ってきた。それは人間としては非道である行い。しかし帝国を守るためには仕方なく行ったこと。それを彼女は醜いと罵るだろうか。それとも、メッ!と言って叱ってくれるのだろうか。なんとなく後者な気がする。
彼女が頬を膨らませプンスコと怒る様子が脳裏に映る。相変わらず騒がしい妻だ。
「私は守る。君が好きだと言ったこの帝国を。本当は世界を救う……と言いたいところだけれど、生憎そこまでの力はまだないからね。まずはこの帝国を守る騎士として頑張ろうと思う。だから、私に力を貸してほしい」
そう言い、私は腰にささる銀剣『リュミエール』を撫でる。
私にはまだまだ力が足りない。おそらくどれだけ高見を目指そうとも足りはしないだろう。寧ろ高見へいけばいくほど絶望するかもしれない。だが、君がいれな乗り越えられる。
私は立ち上がりチェリーパイを持つ。流石に置いて行ってしまったら腐るだけだし、何より腐ったものをノワールの墓に置くのなんて許されない。こう見えても2日に一回は必ず来て毎日磨いているのだ。今日もピッカピカの墓ですよ、ノワール。
「さて、私はもう行きます。本当は今日時間は取れない予定だったのですが……無理に言って抜け出してきたのですよ。流石にこれ以上待たせては他の者たちに悪いですからね。……また来ます。愛してます。ノワール」
そう言って私は踵を返し元来た道を戻る。
私は彼女のワガママを叶えるため今日も騎士として励むのだ。
◇◆◇
ノワールの墓には無数の
まるで頓珍漢な組み合わせに学者は頭を捻るばかりである。何故黒の隣に赤があれば白になるのか、これがわからない。正に学者泣かせの生態といったところだ。
だが、花言葉を知る者は別だ。
花言葉が好きな人間たちからは、『愛』があるからこそ闇に『光』がさす。故に
まるで非科学的なものではあるが、ちょっとしたおまじないとしてカップルの間では、白い
だが、ただ隣合わせで花を咲かせても中々白い花が咲くことはない。噂では真の愛がなければ咲かないのだとか。故に白い花を咲かせられなかったカップルは近いうち破局するとも言われている。縁結びの花ならぬ縁解きの花とも呼ばれていたりもするのだとか。
それだけ白い花を咲かせるのは難しいということだろう。
しかし、ノワールの墓にある
心なしか
まるでそれは在りし日のノワールとルージュのようであった。
白の魔女は今日も花を咲かせる。 kit @kitkun1207
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