第7話
「か......ちゃ...!...え、起き...!」
「かばんちゃん!」
「うぇっ!?」
びくんと体が跳ねて映し出されたのは暖かみのある木の天井とそれに被る大きな耳。ちょっと下には「あ、起きた!」と笑顔のサーバルちゃんの顔があった。赤色に染まっていたたたみの部屋はいつの間にか元の色に戻っていて、窓越しに雪がきらきら光るのがよく見えた。
「も、もしかして...もう朝?」
「うん、そうだよー!おはよ!」
お腹にかけられている毛布は僕が起き上がると共にぱさりと膝に落ちる。僕はおんせんからあがるとあっという間に眠りについてしまったらしい。その証拠に夕暮れにあった眠気や気だるさはさっぱり消えていた。
「...ギンギツネさんとキタキツネさんは...?」
「山の見回りに行ったよ。ジャパリまんを置いておくから食べてねって言ってた!」
サーバルちゃんの言葉通り机には袋に包まれたジャパリまんが仲良く二つ並べられている。遠くのごみ箱にはそれと同じ袋が二つ入っていた。
「私が起きたときにかばんちゃんが起きてないのは珍しかったから凄いびっくりしたー!あのばすてき?はとても疲れるもんね!」
机にあったジャパリまんを持ってきてはがさがさと袋から出して僕に差し出しながら「私もおんせんで寝ちゃったもん!」とサーバルちゃんは笑う。僕はそのジャパリまんを受け取ってはもう一つをすぐに取り出して一口頬張る様子を見ていた。美味しそうに口を動かして、ごくんと飲み込んでから二口目をまた口に運ぼうとして
「かばんちゃん、どうしたの?」
首を傾げた。その頬に少しついたジャパリまんを舌でぺろりと取って、再びサーバルちゃんの視線が向く。
「ううん、なんでもないの。ただサーバルちゃんが朝でこんなに元気なのは珍しいなーって」
「そうかなー?」
うーんと少し唸ったサーバルちゃんは突然ぴんっと耳を立てて「そう言えばね、夢を見たの!不思議な夢!」と身を乗り出して言った。
僕も実は夢を見たんだ。そう言いかけたけど、止めた。
「なんかね、私はさばんなちほーにいたんだけどかばんちゃんが不思議なものを持っててね。凄くきらきらしてて面白かったからどんな名前なのか聞いたんだけど、夢のかばんちゃんは知らなかったの。いつも通りの会話な筈なのに、とってもよく覚えてたんだー」
手にあった柔らかい感触は消えて、朝の冷えた空気が僕の手に張り付いた。
たたみにぽすんと軽いものが落ちる音が部屋に響いて、一拍置いてから再びサーバルちゃんの声が聞こえた。
「かばんちゃん...?」
「あ、えっと...僕も、なんだか似た夢を見た気がしたんだ。ただ、楽しかったとは思えなかったけど...」
前半では目を輝かせたサーバルちゃんだけど、後半で少し耳先が折れて不思議そうな表情を浮かべる。
「でも、引っ掛かってたものが取れたような、そんな感じがしたんだ。だから、悪い夢では、なかったかな...えへへ、ごめんね。なんだか曖昧で」
恥ずかしさに少し頬をかいて、目線が右下にずれた。でも、サーバルちゃんの顔は自然と視界に入っていて、
「そっか...かばんちゃんの悩みが解決したならよかった!」
花がぱっと咲くような笑顔が見えた。そしてサーバルちゃんは「さ!食べよ食べよ!」と転がってたジャパリまんを手でぱっぱと払って僕に差し出して、自分の分のジャパリまんぱくっと口に入れる。そして僕も同じように一口頬張った。ほんのり温かくて美味しい風味が口一杯に広がって、僕は「美味しいねー」と一言。するとサーバルちゃんも「おいしー!」と満面の笑みを溢した。
「......」
「......」
少し顔を見合わせて、ぱちぱちっと瞬きしてから
「...あはははっ!」
「...ふふっ、面白いね!」
二人でしばらく笑いあった。
「もう行っちゃうの...」
「はい、迷惑かけてごめんなさい...」
「いいのよいいのよ!来たいときは何時でも来ていいからね!」
ゆきやまを降りてばすてきの所に行くまでギンギツネさんとキタキツネさんが見送ってくれた。すっかり元気になった僕らは、ばすてきに乗り込んで再びゆうえんちへ戻る。
「じゃあねー!」
「サーバル、また後でね...」
みゃっ、と一瞬固まったサーバルちゃんだけど、二人の尻尾の先が見えなくなるまでしっかり手を振っていた。なんだか久し振りになるばすてきの乗り心地はとても良かった。
「ところでサーバルちゃん」
「なーにー?」
「さっきキタキツネさんが「また後でね」って言ってたけど...約束があるの?」
「みゃっ、な、なんでもないよー?」
真っ直ぐ前を向いてたサーバルちゃんはいきなり外を見始めて、「わー!あ、あそこの木の実おいしそー!」とやけに元気いっぱいだった。いつも元気いっぱいだけど。少し間があって、僕が話し出す。
「そっか......あ、そうだ。あのねサーバルちゃん、夜に見てた夢の話なんだけどね」
「どうしたのー?」
あっちこっちに言ってた視線が僕の方に向けられた。
「今なら分かる気がする、あのきらきらした道具の名前...」
「えっ、ほんとー!?どんな名前?」
きこきこと漕ぐペダルの音は止まず、それでもサーバルちゃんは興味深々な様子。
「その道具の名前はね.........
「うみゃー、疲れたー!」
今さっきゲートを通った僕たちはもうへとへとで、近くにあったベンチを見つけるとすぐに座った。そのとき光が揺らめいて、波が所々に生まれる海が視界に映った。
「ほんとだね...僕もう動けないよ」
「ろっじとおんせん、楽しかったねー」
楽しそうな遊具でフレンズの皆がそれぞれ遊んでいる。少し遠くのテーブルではお皿にたくさんあったであろう白い三角の食べ物があと少しでなくなるところだった。
「ゆきやまちほーまで行くのにも大変だったから、やっぱりバスって凄かったんだね」
「うん、ここまで来れたのもバスがあったからだよね!」
「あの作戦だって、バスが無かったら難しかったからね...」
少しだけ俯いたサーバルちゃんは、すぐに顔をあげて
「色々あったけど、もうすっかりパークで暮らせてるよね」
そう言った。
かばんちゃんにできること あおぞら @ohima1721
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