第6話
どこか、草原の中にいた。
とても風が心地よくて、草はふわりと柔らかく一度座ったらきっともう立ち上がることは出来なさそう。
空は雲ひとつない晴天で暖かい日の光が草原に広がっていた。
なんとなく手元を見る。なんの変鉄もない僕の手が見える...でも、何かを握っている。長い木で出来た棒のようなもの、よく見てみると棒の先には三角形で光沢を出している鉄のようなものがくっついてる。
見ているうちにだんだん重たくなっていく気がして平べったい金属の方を地面に立てる。でも、それは僕が手を離しても一人で立っていた。誰の力も借りず。足元を見ると平べったい金属の半分しか見えなくて、もう半分は地面に隠れて見えない。壊してしまったのではないかと急いで引き抜こうとするとその道具は地面を抉り焦げ茶色の土を乗せて再び僕の手にやってくる。
土を簡単に掘れる機械。厳密には機械じゃない気がするけど、これは当たり前のように地面を削った。
それを理解した瞬間、立ちくらみのようなものを感じる。本当にあった。やっぱりヒトは自分たちに便利なものを作っていた。
そう思うと僕は急に目の前の道具が憎たらしく思えて、地面に叩きつけてやろうと道具を両手でしっかり頭の上で持った。
「あれ、なにしてるでありますか?」
聞き覚えのある声、特徴的なその口調。背後から聞こえた。
「不思議な道具っすねー、これなら俺っちもプレーリーさんのお役にたてそうっす!」
プレーリーとビーバーの声だった。僕は手から離れる寸前で止め、再びそれを抱える。そして振り返ると、やはり二人の姿があった。
「それは、なんて言う道具っすか?」
不意に口が動く。「僕も初めて見ました。なんでしょうね、これ」と言っているに違いない。
「へぇー、シャベルって呼ぶのでありますか...」
シャベル?僕も知らないのに、なんで分かるんだろう?手元のシャベルは何も言わない。僕の手に握られるシャベルに目を落として、再び二人を見ようとしたけどそこには誰もいなかった。シャベルもなくなってしまった。
いつの間にかどこか別の場所、みずべちほーに一人立っていた。
さっきとは少し違う感触がする。手元にはゴーグルのようだけど、折れ曲がった筒のついているものがある。思わずそれを落としちゃって、水にぼちゃんと水しぶきをあげて入ってしまった。慌ててそれに手をのばすけど、なぜか浮いている。透明な面の先にはまるで別の世界のような水色の景色があった。所々に光が差し込んでは泡になって消える。
水の中でも息ができるようなもの。それは波に当たってぷかぷか浮いて、どこかに行きそうになる。さっきみたいにくらりと頭が揺れて、もう掴むことはないだろうと手をのばすのを止めた。
「あら?落ちてるわよ!」
「不思議な形ー」
五人の影が水中からやってきた。その姿は紛れもなくPPPのプリンセス、コウテイ、イワビー、ジェーン、フルルのものだった。
「なにこれなにこれ!面白ーい!」
「水に浮かぶと透明なところが綺麗だねー、まほうみたい」
「これは、なんていう道具なんだ?」
横からカワウソとジャガーもやってくる。でもやっぱり僕には見覚えのない道具。答えられる筈がない。
「シュノーケルとマスク?面白い名前だね!」
でも、やっぱり皆は僕も知らない名前を口にする。疑問に思いながらシュノーケル付きのマスクを通して見える景色をぼんやり見ていたら、また皆はいなくなった。シュノーケルとマスクも消える。
とても強い風が僕を押す。速く流れる雲が少し近くに見えて、ここがこうざんであることが分かった。そして同時に僕の背中になにか布のようなものが紐でくくりつけられている。虹色に見えるそれは、僕の身長なんかよりもとても大きかった。今度は僕の前から強い風がやってきた。すると、大きなそれはばさばさと音をたてて僕の体を引っ張る。予想以上に強い力で唯一岩肌についている靴がずりずりと音をたてて踏ん張っていた。
「あら...大丈夫?」
強い風が止むと囁くような声、トキの声が聞こえた。ふわりとした頭の翼を広げてこっちを見ている。僕は咄嗟に声を出した、でもその言葉は自分には分からない。ただ、助けを求めるには少しばかり長くて、トキが「本当にその大きな布で空を飛べるの?...その道具の名前って?」と疑問に思っているので、僕が検討違いの言葉を言ったことはよく分かった。
「パラグライダー?不思議な名前...でも、面白そうね」
トキが微かに笑うと、少しだけ僕の立っている場所から離れる。すると僕はゆっくりと後ろに何十歩かさがって、今まで僕がいた場所がカフェの前だと知る。カフェを横目にして僕はパラグライダーを背に何かを待つ、そして何かが風であることに気がついた。途端に強い風が吹く、それと同時に僕は意思も無視して走り出す。軽くジョギングするくらいの速さで崖へ一直線に。トキが見守るなか、だんだんと背中が引っ張られる感覚がする。そしてあと一歩踏み出せば落ちるであろう所で
足がふっと浮いた。
風が僕の背中を押してパラグライダーがどんどん加速する。本当に空を飛んでいた。足元を見ると大分下に木々が見える、怖くて思わず視線を前に戻した。
「凄いわ、本当に飛ぶなんて...」
隣でトキが驚きを隠せない様子で追いかけてきていた。正直、僕自身も驚いていた。しばらく風が耳元を掠める音と目の前に広がるパークの景色に包まれていた。
やがて広い場所に降り立つ。着地するときも僕は意識しなくてもケガ一つなく降りることができた。地面に無気力に広がるパラグライダーを丁寧に畳む。使い方も後始末も分かって、やっぱり今までの道具はヒトが作り出したということを実感した。
いつの間にかトキはどこかに行ってしまっていた。周りを見渡すと抱えていたパラグライダーは消え、ただ一人残された。しかし気にせず辺りに散らばる木や草の生えるどこか懐かしい大地を見据える。山頂できらめくサンドスターがかすんで見えると、僕はここがさばんなちほーであると理解した。それと同じくらいに、少し前のように硬い感触を手から感じる。シャベルほど重くなく、でもシュノーケルとマスクほど不思議な形じゃない。パラグライダーのように大きい訳でもないそれはとても鋭い刃と鏡のように僕を写す銀色の面、そして取手があった。これもヒトが作った道具なのだろう、でも地面を掘れる訳でも水中で呼吸できる訳でも空を飛べる訳でもない。ただただ金属特有の冷たさがそこにあった。
「かばんちゃん!」
少し歪んだ僕の顔と反対にサーバルちゃんの顔が道具に写る。びっくりして顔をあげればにこやかな彼女の顔があった。
「もしかして、これも作ったの?なんていう道具ー?」
かみひこーきでもないし...地図でもない...と呟きながらサーバルちゃんはまじまじとこれを見る。
これにも名前はきっとある。そして、僕の意思に関係なく動くこの体は意図もたやすく名前を言い当てて、サーバルちゃんを驚かせるんだろう。
「え...かばんちゃんも知らないの?変な道具だね!」
...しかし、期待を裏切ってこの体は知らないと言った。
そして、その体は道具をまるで「渡さない」とでもいうかのようにしっかりと握っていた。道具の刃は僕の手に食い込んで赤い線を引く。それで僕はようやく、これが「サーバルちゃんの爪のようなもの」で簡単に動物を傷つけてしまうものだと分かった。だから、この体はこんなにも必死にこれを握っているんだ。
フレンズたちを傷つけないために。
「うん...ごめんね、本当に分からないんだ」
だから僕は、嘘をついたんだ。
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