死神。地獄のハイエナ達が一気に2人降臨したら……?

木沢 真流

第1話 やっぱり死ぬんですね

「どうしてもですか?」

「あぁ、どうしても」

 その声の主は口元を、にやりとさせてから続けた。

「おまえ、神城ミキは一時間後に死ぬ」

 ミキは改めてその声の主を見てみた。背丈こそそこまでミキと変わらないものの、口から覗かせる大きな牙と鋭い目。黒い大きな羽をゆっくり揺さぶりながら、右手にはその背丈を上回る鎌。念のためミキは聞いてみた。

「あの、ちょっといいですか」

「は?」

「あなた、死神ですか?」

 その目が大きく見開かれ、その、は? という表情はさらに強くなった。

「おまえ、ばかか。見ればわかるだろうが」

 はい、そうですよね、わかりました。ミキは思った。っていうか、死神なんて見たことないし、初めてなんだからそれくらい確認させてほしいよね。その言葉は言わないでおいた。

 普通なら信じないだろう。しかし、道ゆく人がみんなその「死神」をすり抜けて行くことや、こんな人通りが多い道のど真ん中で誰もその奇抜なファッションに驚いていないことからも、自分にしか見えていないことがわかった。残念だが諦めるしかないようだ。

 一時間後か、私の人生短かったな。せっかく憧れの星城せいじょう学園に入れたのに、大好きな結城先輩と同じ高校に入れたのに、週末には美緒とスイーツ食べに行く約束してるのに、もう終わるんですか、そうですか。

「あの」

「まだあんのか?」

「はい、その、なんとかならないんですか? ほらよくあるじゃないですか。誰かを助けたら自分も助けてくれるとか、最悪誰かを犠牲にすれば助けてもらえるとか」

 死神はちっと舌打ちをした。

「お前本当にばかだな。そんなの映画や小説の中の話に決まってるだろ、ずるして生き延びようとすんな」

 はい、そうですよね、わかりました。まあ死神ってこと自体、正直映画や小説の中の話だと思ってたけど。

 その時だった。死神の横に大きな光が現れたかと思うと、その中から何かが現れた。それがしっかり現れた後、光はゆっくり消えていった。そしてその現れた者は隣の死神を見て、こう口を開く。

「おお、死神。久しぶり」

 ああ、また変なのが増えた、この状況限りなくヤバくないっすか、今回のやつ、この死神より一ランク上っぽいし。

 その現れた者はひげもじゃに赤いロン毛。顔はアジア系だけど死神より一回り大きい。

「ん? おまえ、シヴァ? 久しぶりだな。修練神時代以来だな」

 シヴァ? 何か聞いたことあるような無いような。

「シヴァ。お前も人狩りなんかすんのか?」

「あぁ、時々はな。人の命をもらって、新たな命を作るんだよ。お前もしかして狙ってるのはこの娘か?」

「ああ、それが何か?」

 シヴァは胸元から一枚の紙を取り出し、広げた。そして、うーん、と唸ってから、

「私もだ。すごい偶然もあるもんだな」

 死神はミキの方を向いて、いやらしい笑い顔を浮かべた。

「お前、つくづくツイてねえな。俺様が来るだけでも珍しいってのに、シヴァなんかに命狙われるなんて。こんな偶然滅多に無いぜ、お前はもう死ぬしかねーんだよ」

 隣のシヴァも優しい眼差しをミキに向けた。

「神城ミキ殿、すまないが君には死んでもらう。こうやって命は巡っていくものなんだ」

 死神ですら正直いっぱいいっぱいだったのに、それによくわらかないのが追加され、もうどうでも良くなってきていた。ただただどうやら絶体絶命らしい、それだけは分かってきた。

「あの」

「なんだよ、もう助けてなんていっても無理だからな」

「いや、もう死ぬのはわかったんですけど、どうせなら痛く無い方法で……」

 あ、まずい、もっとイライラするかな、そんな心配をよそに死神は何かを思い浮かべながらにやにやし始めた。

「そうだな、大体考えてある。お前の死に方」

 はいはい、聞こうじゃないですか、その死に方とやらを。

「このまま通りを抜けると横から、黒いフードを被った男が飛び出す。そしてお前をメッタ刺し! そんで×××……」

 あまりここに書きすぎると、カクヨムの残虐描写ありにチェックをつけなければならなくなるようなことを死神はひとしきり言い終えると、その後ひゃっひゃっひゃと高らかに下品な笑い声をあげた。

 っていうか、私の痛く無い方法ってゆうお願い、全然まれてないし。それにしてもよくそんな残虐なストーリー考えるられるな、この死神。いっそ、小説家にでもなったら? そんなことを考えていると、

「死神。それは駄目だ」

 死神の笑い声が止まった。

「あ? お前今なんて言った?」

「駄目だと言ってるんだ。それでは命が巡らない。憎しみに任せて奪われた命は永遠にさまよい続ける。それでは駄目なんだ。私に考えがある」

 え? このシヴァ様、実は何かいいこと考えてくれてるとか? そんな期待がよぎった。

「ミキ殿。君はこの後、通りを抜けたところで、赤信号を無視したワゴン車に轢かれる。一瞬だけ痛いが我慢してほしい。社会は大きな悲しみに包まれるが、それにより皆交通事故に対する考えが変わり、社会は一歩前進することになるだろう」

 結局この人も私を痛く無い方法で死なせることは考える気はないようですね。我慢っていうか、やっぱり死ぬことも我慢しなきゃいけないんですか? ミキはそんな質問をぐっとこらえた。

「おいおい、勝手なこと言ってんじゃねえよ。そんな死に方つまんねーし」

 シヴァは死神を上から見下ろした。

「なんだと? そもそもお前は人狩りをするにあたって『命に関わる宣誓書』にちゃんと準拠しているのか?」

 死神は今までとは比べ物にならない怒りの表情を浮かべ、シヴァを見上げた。その小柄な背丈ではあったが、表情は見ている方が鳥肌が立つ程憎しみに溢れていた。

「あ? るせーな。お前は昔っからほんとにくそ真面目で面白くねーやつだった。俺はこの前の獲物も兄貴に取られて、ちっとイライラしてんだよ。俺のやることじゃますんじゃねーぞ、この野郎」

 シヴァは威厳に満ちた表情で死神を見下ろした。

「お前みたいなやつがいるから、神を信じるものが今減ってきている。昔はそれで良かったかもしれない、でも時代は変わったんだ、人の魂を扱うからにはちゃんと手順を踏め。修練神時代にもそうちゃんと習っただろう」

 これまずくないですか。ただのチンピラの小競り合いじゃないですよ、いちおう神ですよ、神の喧嘩。っていうか神様も喧嘩するんだ。

 そのただならぬ空気を感じ、ミキは右足を引いた。そして左。もう一度右足を引いて、そして左足も引く。前は向いたまま。それを繰り返す。

 少しずつ離れて行く、少しずつ……。

 そのままある程度距離が開いた後、一瞬だけ後ろを確認し、路地を曲がった。するとその二つの神は見えなくなった。

 それから踵を返すと、駅の方へ向かって歩き出した。一応確認した、車も来てないし、変な人はいない。

 そのまま電車に乗ると、ミキは家に帰った。そして眠りについた。


 あれから一年が経つけど、結局あの神様達が再び現れることはなかった。何も変わらない毎日が続いている。でも変わったことが二つ。一つは、死に怯えるようになった。いつあの死神達がまた現れるかわからないから。現れなくても、あの人たちの考えたシチュエーションを突然作り出されるかもしれないし。

 でもよく考えたらそれってみんな同じじゃないかな。世の中で死なない人はいないし、みんな死に怯えている。ただそれを気づかないフリして生きているだけなんじゃないかって。

 それともう一つ。だからこそ一日を必死に生きるようになった。明日死んでもいいようにって。おかげて、結城先輩に告って、OKもらっちゃったし、たまにはスイーツも思いっきり食べてる。もちろんダイエットもね。

 そう考えると、あの神様達って本当は良い神様だったのかもしれない、そんな風に今では思ってるんだ。あっ、結城先輩からのメッセージだ、この後会う約束してるんだ、じゃ、またね。


(了)

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死神。地獄のハイエナ達が一気に2人降臨したら……? 木沢 真流 @k1sh

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