絶対記憶で覚えたくなるイロンナ情報

ちびまるフォイ

小説タイトルだけは覚えて帰ってくださいねーー!!

「こんにちは」


「いらっしゃいませ。絶対記憶へようこそ」


「なんで店の入り口が同じ場所に2つあるんですか。

 入る前にちょっと悩みましたよ」


「まぁまぁ、座ってお話を聞かせてください」


店員に促されるままに客は席に着いた。


「実は、私ケーキ屋さんをやっているんですけどね。

 ほらもうこの年齢だし、メニューが覚えられなくて」


「なるほど。弊社「絶対記憶」ではどんな情報でも

 頭の中に刻み付けることができますよ」


「ああ、話に聞いていた通り! でもそんなこと本当にできるんですか?」



「3.1415926535897932384626433832795028841971693993751058209749445923078164062862089986280348253421170679

 8214808651328230664709384460955058223172535940812848111745028410270193852110555964462294895493038196」



「えっ? えっ?」


「円周率です。なにも見ないで言えるなんて普通じゃないでしょう?

 これも弊社での絶対記憶サービスの結果です」


「じゃ、じゃあこれをお願いします!」


客は店から持ってきたメニューを取り出した。

細かい字で大量のケーキの種類が書かれていてとても覚えられない。


「ただ、絶対記憶する際に、覚えたい内容とは別にまったく関係ない記憶も入ります」


「覚えられるならなんでもいいです」


「ではいきます」


店員がメニュー表を専用の機械で読み取り、客の頭に光を当てた。

どれだけ反復練習しても覚えられなかったメニュー表が

まるで自分の名前を思い出すように頭に刻み付けられた。


「すごい!! これが絶対記憶なんですね!!」


「ええ、ぜひまたご利用ください」


客はもうケーキの名前でしどろもどろにならなかった。

それどころか、若いアルバイトの子よりも早く答えることができる。


「サチエさん、すごいですね! 前は"アレ"って言ってたのに!」


「ふふ、この歳でもあきらめなければいくらでも勉強できるのよ」


ただ、店員の言っていたように全く関係ない記憶も刷り込まれていた。

どこにあるかもわからないお菓子の店のメニューも刻まれた。いらない。




再び店に訪れたのはそれから数日後。


「いらっしゃいませ、今日もこちらの入口へ来たんですね」


「ええ。実はまた覚えたいことができたのよ」


客はアルバイトの履歴書や、大学受験の教材や、韓流ドラマのDVDを並べた。


「こちらは?」


「アルバイトの子の名前が覚えられないのよ。

 それに、この歳でも大学受験してみたくって、

 でも覚えられないからここで教科書を記憶しようと思ったのよ」


「ええ、もちろん可能です。DVDは?」


「ドラマって数が多いでしょう?

 見る時間もないから、内容だけ頭に入れることってできるかしら?」


「可能ですよ。お任せください」


店員は快く客の持ってきた品々をお手頃価格で記憶させてくれた。


「すごいわ! 全部頭に入ってる!

 こんなに素晴らしいのに、このお値段で大丈夫なの!?」


「こちらは副業みたいなものなので、良心価格で頑張らせてもらってます」


「ありがとう! また来るわ!!」


たかだか絶対記憶するだけのサービスでも使い方によっては

時間短縮にキャリアアップとなんでもできてしまう。


大学受験も教科書をすべて覚えているのでスラスラ解けてしまう。


「やったわ!! これで満点よ!!」


結果発表の日、わくわくしながら掲示板に行くと自分の番号はなかった。

何かの間違いだと慌てて学校側に電話を入れた。


「もしもし! 私が合格してないってどういうこと!?

 自己採点では満点だったのに、おかしいじゃない!!」


『あなたのテストは確かに満点でした。ただ、お名前が……』


「名前がなによ!?」


『……一度、返却します』


届いたテストを見て目を疑った。

問題はたしかに満点だったものの、名前に知らないおっさんの名前を書いていた。


「なにこれ!? なんで私の名前書いてないの!?」


でもその名前が今政治家の卵として地方を回っている男だということは自然とわかった。


「ま、まさか……絶対記憶で一緒に覚えさせられている記憶?

 私ったら、問題解くことに集中して無意識に別の名前書いちゃったんだわ」


絶対記憶では記憶の深い位置まで刻み込まれる。

「忘れない」ということのデメリットが無意識のときに出るなんて。


「私が無意識で変な名前書いちゃったのも、

 この記憶をちゃんと理解してないからだわ。

 ちゃんとこの記憶に関する他の記憶を作れば……」


"名前は聞いたことあるけど、なんだったかわからない"


それにより、つい思い出してしまったのが今回の原因。

自分の記憶している内容がはっきりと"間違ってる"とわかれば問題ないはず。


客は自分の絶対記憶を特定する旅に出た。


『地方を! より活性化していくために!!

 小林ゴリ座衛門をよろしくお願いします!』


「あの人が、私の記憶に刻まれた政治家ね」


ネットで自分の副産物で記憶した政治家を特定し現地で確かめた。

ここまで実体験が伴えば、名前を思い出した時にすぐ間違いだと気付く。


名前と顔が一致してるだけでなく、旅の記憶まで芋づる式に思い出せるはずだから。


客はそれからも自分の記憶の元をたどった。


「ああ、あの洋服店はこっちにあるのね」

「なるほど、私が覚えていた売れてない芸人はこいつか」


最後の副産記憶のもとは、なんと自分のケーキ店の裏にある洋菓子店だった。


「絶対記憶で店の情報は知ってたけど、

 こんな近くにあるなんて思わなかったわ……」


ここまでの人気店がすぐ近くにあったんなんて気づきもしなかった。

新型アイフォンの発売のような列がずっと続いている。


「え、これってまずくない……?」


大人気の洋菓子店を前に、忘れていた商売人としての危機意識が思い出された。




客は絶対記憶店にたくさんのケーキ屋さんの雑誌を持ってやってきた。


「いらっしゃいませ、今日はどうしたんですか?

 こんなにケーキ店の情報誌をお持ち込みなさって。食べ歩きとかですか?」


「いいえ、プライベートじゃなくて仕事です。

 ちゃんと他店の研究もしなくちゃ、大ピンチなんですよ」


「そうなんですか?」


「ええ、実は店の裏に大人気の洋菓子店がありまして。

 ケーキの種類を増やしたのも、それが原因なんです。客が来なくて。

 このままじゃお店をやっていけないので、質を上げようかと研究するんです」


「でしたら、弊社がお力になれますよ」


「それはわかっています。

 他店研究のために店の情報を絶対記憶させてくれるんでしょう?」


「いえいえ、そうではありません。

 どうぞ、一度お店を出ていつもとは別の入り口からお越しください」


客は店を出て、正面に並んでいるもうひとつの入り口から店内に入った。





「いらっしゃいませ。記憶広告代理店へようこそ。


 絶対記憶しにきたお客様に、

 あなたの広めたい情報を副産物として記憶させますよ。


 さぁ、お店の情報をたくさんの人に覚えてもらいましょう」

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