第11話 初めての本命チョコレート

 勉強に身が入らず、颯斗くんは早々に切り上げた。飲み残したカップをお互い持ち、ファストフード店を出て近くの公園へ。寒いけれど、他に行く当てもない。ぬるくなったコーヒーでも、手にはあたたかい。

「この間は、いきなり変なこといってごめん。困らせたよね」

 変なこと、とは「もっと仲良くなりたい」だろうか。保留にしたのだから、そう思われても仕方ない。

「そのことで、話があるの」

 誰もいない公園、街灯の下で私たちは立ち話をしていた。いかにも高校生という感じ。

「はな、し」

 うわずった声が返ってくる。私は高鳴る心臓を抑えるように、一息に言った。

「私も颯斗くんともっと仲良くなりたいんだけど、実は私」

 言おう、私のことをすべて。そう思って来たけれど、いざとなると怖い。露骨に嫌な顔をされたら、颯斗くんへの片思いの期間が輝かなくなりそう。そういう人だと知りたくない。私はコーヒーを一気に飲み干した。むせそうになるけれど、景気づけしなくちゃ。

 言わないと未来はない。

「私、二十五歳なの。今は求職中で、仕事もしてないダメ人間です」

 ニートよりも、幾分聞こえがいい求職中という言葉に頼ってしまう。

 反応が怖くて、ぐっと紙袋とバッグを握りしめて俯く。

「二十五歳……というか、そのくらいの年齢なのはわかってたよ」

 その言葉に私は勢いよく顔をあげる。その勢いに、颯斗くんは少し驚いた。

「なんで?」

 なんで、というのもおかしな質問だが、なぜわかったのだろうか。

「実は香菜ちゃんに話しかける前に、火野さんに相談に乗ってもらっていたんだ」

「へ!?」

 間の抜けた声が勝手に出る。あの人、案外序盤から関わっていたのか。

「スーパーのお菓子作りコーナーにいたら、声をかけられたんだ。それからキッチンスタジオに招かれて、色々話を聞いてもらった。色々アドバイスしてもらって。で、どんな子か見てみたいって言うから、無料体験に誘った。タブレットに興味ないけど、キッカケとして話しかけたんだ」

 ごめんね、と頭を下げられた。謝罪会見のような姿勢の良さに、私は慌ててしまう。

「いいの、そんなことは」

 言いにくそうに顔を反らして、颯斗くんは言葉を続ける。

「それで、結構年上だけどいいの? って。俺はよくわからなかったけど、火野さんは見てわかるみたいでこっそり教えてもらった。本当にごめん」

 初めて会ったにしては馴れ馴れしいと思ったけど、最初から共犯だったのか!

 許せない、とは言わないけど、なんだか面白くない。

「私も火野さんには話を聞いてもらったし、何も言えないけど……」

「そうなの? 火野さんに?」

 それは知らなかったようで、目を丸くして驚いていた。

「悔しい! 私たち、火野さんの掌の上で踊らされていたみたいじゃない!」

 あんにゃろ~。ウインクしてドヤ顔で笑う火野さんが浮かぶ。

「けど、俺の気持ちは本当。いつの間にか隣にいることが当たり前になって、これからも俺の隣にいて欲しいって思ったんだよ」

 真面目な声で、颯斗くんが告げる。怒りが瞬時に収まり、私は少し見上げるように颯斗くんを見返した。

「私、別に目立つ人じゃないじゃない。どうして目に留めてくれたの」 

 颯斗くんは正直にも首を捻り「わかんない、けど」とばつが悪そうに呟いた。

「わかんないけど、香菜ちゃんの前でかっこつけたいって思った。リアクションが素直で、勉強している時も料理を作っている時も百面相で。そういうの、いいなって」

 言いたいことがまとまらないのか、颯斗くんは頭に手をやり、うーんと唸る。

 私に恋してくれている。それを感じ取り、嬉しくなった。欠点だと思っていた素直さをいいと言ってもらえて、肯定してくれた。人から好かれる意味は、こういうことなんだ。

 だけど、その前に明らかにしておきたいことを口にする。

「年齢が上だって知っても、仲良くなりたいって思ってくれたの?」

「うん。香菜ちゃんのこと、もっと知りたいって思った」

「今、ニートって聞いてどう思った?」

「うーん、まぁそれも含めて、知りたいって思った。どうして知りたいと思ったのか、まだわからないからそれも知りたい」

 真面目な答えに苦笑いをしてしまう。

 好きだとか、付き合いたいという言葉はない。それが誠実に感じられた。単純に、その感情の正体に気が付いていないのかもしれない。

 同級生に女性といる姿を見られたくないという恥じらいはあるのに、また会いたいとストレートに言える。それは恋だと思ってないから、という可能性も、本当にそこまで好かれていない可能性もどちらもある。

 まだお互いのことはわからない。私はニートだし、颯斗くんは受験生だ。好きか嫌いかの極端な二択の答えを出す必要はない。

 一歩進んでいいのだろうか。年齢や職は差し置いて、性格が無理だと否定されて傷ついたとしても私は後悔しないだろう。良き仲間、相棒になれたらいいが、それは考えない。

 資格をとって、就活を本気で頑張ろう。そう思えるだけで、恋とか友情の動力はすごいものだと知った。

「それで、あの……その紙袋」

 颯斗くんは、もじもじと私が手にした袋を指さす。赤いハートとチェック柄で、いかにもバレンタインのプレゼント用だ。

「颯斗くんだけじゃない。私も、ずっと隣の席にいた颯斗くんが気になってたの。その理由もわからない。だから声をかけてくれたことも、料理教室に誘ってくれたことも嬉しかったんだ」

 寒い屋外にいるのに、颯斗くんは顔を赤らめた。手にしていたカップの中身を飲み干す。きょろきょろと視線を巡らせると、私の分のカップも持ってゴミ箱へ捨てに行った。

 戻ってくると、手をコートで拭いている。汚れてはいないだろうけれど、この行動すべて、チョコレートを受け取る準備なのだろうか。可愛いな、本当に。

 私は颯斗くんの準備を待ち、マカロンを差し出す。

「バレンタインだから、お近づきの印に」

 火野さんに教わったとは言わないでおこう。

「ありがとう」

 噛みしめるように、颯斗くんはチョコレートマカロンを受け取った。

 初めての本命手作りチョコレートだ。開けたくてうずうずしている姿を愛おしく思う。

「開けていい?」

 私がうなずくと、ラッピングを丁寧にはずし箱の中のマカロンを手にした。

「ありがとう」

 甘い甘い匂いが周囲に広がる。それを口にした颯斗くんは、とても幸せそうな笑顔を浮かべてくれた。

 よかった、たくさん練習して。上手に作ったところで、受け取ってもらえないかもしれない。そう思っても、手抜きを作る気になれなかった。珍しく全力を出したチョコレートだ。

 来年のことも、五年後のこともわからない。けれど、これからも毎年颯斗くんの隣にいて、もっと美味しいチョコレートをプレゼント出来たらいいな。



   おわり

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いつもと同じ、君の隣で 花梨 @karin913

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