第10話 愛はきっと奥深い

 火野さんに教えてもらったチョコレートマカロンを、毎日練習した。メレンゲを作るためにハンドミキサーを購入した。作ったら食べないわけにはいかないから、全部食べた。太った。もうチョコの味も匂いも遠慮したい。

 こんなに一生懸命に一つのことを取り組むなんて、少し前の私では考えられなかった。親に不審がられて「誰にあげるの?」とニヤニヤした顔で聞かれても、動じない。

 少しずつ積み重ねた私の本気を、颯斗くんに受け取って欲しい。


 そして、バレンタインデーが来た。

 私は十四日の水曜日、ファストフード店へ向かった。颯斗くんはいるだろうか。いたとして、仲良くなりたいと言ってくれた颯斗くんから逃げた私を受け入れてくれるだろうか。受け入れてくれたとして、二十五歳のニートに引いてしまうかもしれない。難題ばかり。

 ホットコーヒーだけを買い、階段を上り、いつもの席へ向かう。見慣れた頭頂部。少し悪い姿勢で勉強している。

「颯斗くん」

 恐る恐る声をかける。震えた。私は意図的に息を吸い込んで、止めた。落ち着いて。

「香菜ちゃん」

 気まずそうな笑みを浮かべて、颯斗くんは私の名を読んでくれた。ああ、幸せだ。

 ちらっと私が持つ赤い紙袋に目をやり、頬を赤らめた。少しうつむいている間に、隣のテーブルにつく。

 コートを脱ぎ、荷物を置いている間も、それらが落ちついてからも、しばらく無言が続いた。私は堂々としたフリをしながら、コーヒーに砂糖とミルクを入れる。

「あの、お久しぶりになってごめんね」

 私から声をかけたが、消え入りそうな声になってしまう。颯斗くんの様子を見たいけれど、トレイに敷かれた紙の広告をじっと読んで視線を誤魔化してしまう。

「いえ、こっちこそごめん。あの、さ」

 颯斗くんは顔をあげ、私を見る。私も颯斗くんに顔を向ける。

「あとちょっと、キリのいいところまでやるから待ってて。場所変えよう。それ飲んでて」

 私の返事を待たず、颯斗くんは勉強を再開した。場所を変えてする話はなんだろうか。もしかしたら、隣で勉強をする颯斗くんを見られるのは今日が最後かもしれない。コーヒーを飲みつつ盗み見た。外はとっぷり暮れて、照明の下にいる颯斗くんが白く輝いているように見えるから、恋って恐ろしい。

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