第9話 いくつになっても、恋と友情に悩むのです

 ん? と思って火野さんをまじまじ見る。いかにもゲイな雰囲気と話し方。とはいえ、服装はユニセックスでシンプルである。特に今日はメイクをしてないから、パッと見は印象に残りにくい男性だ。

「女性が好きなんですか?」

 疑いながら問い返すと、火野さんは唇を尖らせた。

「そうよ。単純にナヨナヨしてるだけだし、お化粧が好きなだけ。香菜ちゃんだって、女の子のモデルとか、女優とかアイドルが可愛いって思うでしょ。それと同じでカワイイ男子にベタベタしてるだけ」

 そういうものなのか。こういう世界は下手に突かない方がいいと思って、特に考えたことはなかった。火野さんは、慌てたように手を振った。

「あたしはLGBT論を語る気はないわ。理解しろとも思わない。あたしはこっちの業界でも変わり者だもの。それにあたしだって、左利きの人を見かけたら珍しいなって見てしまうし、いい年したババアがミニスカート履いてたら二度見どころかご尊顔を拝見してしまう。あたしだってそういう対象でもいいのよ」

「そういうものですか?」

 違うような気もするが、きっと私に気を使ってくれているのだろう。ありがたく受け取ろう。気にしない。わかったふりして土足で踏み入らない。

「香菜ちゃん、考えてることが全部顔に出てるわよ。ツッコミたいけど失礼だから我慢してあげてる、って顔ね」

 してあげてる、という部分を強調して火野さんに言われる。そう言われると反論できない。

「そんなことなくはない、ですけれど……」

「友達、いないでしょ」

 痛いところを。私はそれについても相談した。メルとの関係性をかいつまんで話す。

「メルっていう子と友達になって、最初は仲が良かったんです。時間が経つと考えが変わって、話も合わなくなってきてしまったんです」

 話が合わないだけだろうか。私は気づいていながら、酷い人間になりたくなくて蓋をしていた感情を吐露した。硬いチョコを溶かしていくように。

「多分、彼女のことを下に見てるんだと思います。人の話を聞かないし、それでいて自尊心が高くてめんどくさい」

 今まで、心にあっても口に出せなかった言葉だ。友達相手にそんな感情を持っているなんて言えない。

 だが、火野さんはなんてことないように受け流した。

「いいんじゃない? 友達なんて、恋人以上にその時その時、会って楽しい人と遊ぶでしょ。この人! って一人を決めて毎日連絡取り合わないんだから、さっさと新しい人を見つけた方が身のためよ。きっと、メルちゃんも香菜ちゃんと同じように思っているでしょうしね」

「ですよねぇ」

 でなければ、あんな対応はしない。無理をして友達付き合いを続けることはしない方がいいのだろう。寂しいけれど、「いないと友達がゼロになるから嫌だけど続ける」という理由は良くない。

 恋愛も、友達関係も、誰でもうまくいくものじゃない。それどころか、上手くいかない事の方が多そうだ。

「なんで、人付き合いなんてめんどくさい事しなきゃいけないんでしょうかね」

「そりゃ決まってるじゃない」

 火野さんは、少し前のめりになって私に顔を近づけた。

「一人で生きていけないからよ。少なくともあたしはね。人生なんて荒波なんだから、仲間や相棒がいないと辛くなるのは目に見えてわかってる。ま、相棒を作った結果、より大変になった人もたーくさんいるけどねぇ」

「愚かですね、人間って」

「だから愛しいんじゃない。香菜ちゃんも、愛しい人よ」

 ちょっと、照れてしまう。顔が赤くなってしまって、慌てて俯いた。火野さんは「ふん」と鼻で笑ってマカロンを口にした。

「あたしは香菜ちゃんみたいな子、タイプじゃないから安心しなさいな。お姉さまタイプがいいわぁ」

 火野さんの顔は、恋する人間そのものの輝きをしていた。チョコを前にするより、かもしれない。

 夕方から教室を開けるということなので、私は火野さんのキッチンから帰ることにした。もっと話していたかったけれど、仕方ない。暇人の相手をいつまでもしてくれないのだ。

 荷物をまとめ、帰り際にお世話になったお礼をすると、火野さんは声をかけてくれた。

「五年後の恋愛のことは、五年後に考えなさい。でも、仕事とお金は十年後を考えておくことをオススメするわ。全部の未来を心配していたら楽しくないわよ?」

 なるほど。お金の心配はしないに越したことはない。職探しと貯金は計画的に。

「あと、教室に通ってくれたら友達になってあげてもよくってよ」

 仕事モードになったのか、火野さんは軽妙にウインクして指をひらひら振って私を見送った。タダで友達になってくれないというのが、商売人という感じだ。でも、それがいい。

「私、火野さんと友達になりたいから、もう少しいい人間になります」

 恋ではないけど、この人に認められたいから努力したいと思えた。どうやら、私はひとりで生きていけるタイプではないようだ。

「また来てね。恋に悩める子羊ちゃん……って年でもないか」

 一言多いが、親指を立て、やたらと低い声で「グッドラック」とエールをくれた。笑っていいものか分からず我慢したが、きっと火野さんにはバレている。「嫌なオンナね!」って言われそう。

 教室を出て、エレベーターを待つ。

 火野さんだって、恋愛に困ってるじゃないかと言いたい。けれど、こうして自分のキッチンを持って、繁盛した教室を開いている成功者だ。人生の先輩の言う事には耳を傾けよう。

 性格の悪さも色々あるが、火野さんの悪さは友達になりたいタイプだ。

 晴れた気分で、エレベーターに乗り込む。そして、再びスーパーのチョコレートコーナーへと向かった。

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