第7話 薄桃色のクピド
「ただいまー」
俺の家は夜坂町からバスに乗って一時間、そっから歩いて三十分という、素敵なところにある。火英村(かえいむら)っていう山間の小さな村である。
この山陰の天城県(あまぎけん)自身、過疎化が進んで鳥取県の次に人口が少ないのだから、当然発展が進んでいない。まあ美点を上げるなら遊び場所には困らないってところかな。
小川で泳げるし魚を釣れるし、林でクワガタ採り放題、廃墟村で探検も出来れば、鎮守の杜で隠れんぼも出来る。
「あ、マキトお帰りー」
てとてとてと、という可愛らしい足音が聞こえて小柄な女の子が家の中から玄関の鍵を開けてくれた。
「あ、ちーちゃん、ありがと」
ちーちゃんこと門松千草(かどまつちぐさ)だった。薄桃色のカーディガンと白色のミニスカート。肩まで伸びた黒髪をサイドテールでまとめて、歩くたびにそれがフリフリ揺れる。
俺との血縁関係は……俺のひいお婆ちゃん(城ヶ崎宗家)の次男の(門松系の分家)の直系子孫がちーちゃん。因みに三男が日向系の分家をたてて、その直系が俺のわけだ。まあ面倒くさい、要はいとこ。
ちーちゃんはにっこり俺に笑いかけて、突然、ギュッと抱きついてきた。小4のちーちゃんの身長的に顔が、俺のお腹と胸の中間あたりに当たる。
「おおっと」
いきなりのことに驚きながら俺はちーちゃんのつむじを見つめる。
「どしたの?」
「マキトの事、きらーい」
それだけ言うとちーちゃんは、俺の元を離れて行ってしまった。
「えー」
そりゃないぜ、って感じだ。
ちーちゃんの中で「魔性の女」ごっこがマイブームらしい。最初に好意的に接しておいて、最後に突き放すのがちーちゃんの中の「魔性の女」像らしい。やばいな、超可愛らしい。
まあ、このまま成長するなんてことはないだろうし。
ちーちゃんには月宮みたいな成長の仕方をしてほしくない。
俺はそのまま居間に鞄をほっぽり出すと「うわぁ」と叫びながらソファに背中からダイブ。
……さて、どうやって薬を盛るか。
前回のように剣道部で盛ろうとすれば凛ノ助のような邪魔が入りかねない。かと言っていきなり暁月の元に飲み物を持って行っても明らかに不自然だろう。
じゃあ、どうする、まずもって暁月をどこかに誘うか?
「うーん、それが出来たら苦労しないんだよなあ」
俺は思わずため息を吐く。まあ夜坂中には「お前、女子なんかと遊んだの? へぇーお前って女子に興味あるんだあ」みたいな謎の価値観が一部に存在するわけで。
まあ何ていうか男子中学生っていうのは、本当は異性に興味津々なのにそれがバレると恥ずかしいから意味もなく硬派ぶるみたいな悪しき風習がある。
どん詰まりだ……。何か良い方法がないものか……。
あーでもないこーでもないと俺が思案していると、居間にちーちゃんが入ってきた。手にはスイミングバッグとスクール水着が握られている。
「あれ、ちーちゃん今四月だよ?」
近所の川で遊ぶにはまだ寒い。いや、たまに元気な男子小学生が冬に川で泳いだりして風引いてるけど……。
「市民プールに行ってくるから」
ちーちゃんはスクール水着を丁寧に折りたたみながら答える。
「あー、そっかお友達と?」
「ううん、デートだよ」
「はっはっは、そうかそうか」
俺の手には一瞬で刃物がきらん、と握らていた。ちーちゃんに手を出した男は、プールを赤色に染めてスイミングすることになるだろう。
「いや、相手は男の子じゃなくてつかさちゃんだよ?」
「暁月……?」
思わぬ所で暁月の名前が出てきて俺はちょっと戸惑った。
「ビート板無しで泳げるようになるために教えてもらうの」
ちーちゃん曰く、夏になれば小学校で水泳の授業が始まるが、水泳の授業ではそれぞれ、平泳ぎ組、クロール組、25メートル組、ビート版組に分かれて練習をするらしい。
その中でも一番下のビート板クラスになっているのはちーちゃん含めて学年で五名ほどしかおらず、ちーちゃんはそれが恥ずかしいらしい。
「せめてクロールまで出来るようになりたいんだよ」
で、身近で教えてくれる人、というのが暁月だったらしい。確かに我が剣道部部長は運動全般が得意な脳みそ筋肉系女子ではあるからして、水泳も得意ではあるけれど。
俺はちょっと考えて
「なあちーちゃん、俺もついてって良い?」
「えー」
「アイス奢ってあげるから!」
「いいよ!」
ちーちゃん、ちょろかった。まあ小学生なんてこんなもんよ。
あとは暁月にラインでお願いするだけだ。まあ、と言っても多少の方便は使うんだが。
マキト〈おばさんにちーちゃんの付き添い頼まれたから、明日のプール行くことになった〉
部長〈えー、おま来んの?〉
マキト〈アイス奢るから〉
部長〈じゃあ、良いけどさあ 了解〉
今回のやり取りで分かったことが二つ。それぞれ良いことと悪いこと。
良いこと:ちーちゃんを介して暁月とのお近づきのチャンスを得たってこと。
悪いこと:うーん、私めの想い人が小学生と変わらないレベルのちょろい子だってことだ。
女の子と媚薬と✖✖✖✖✖ 志田 新平 @shida-mutunokami-sinnpei
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