第6話 一つの思い出欲しさに――
告白タイム:俺は凜ノ助が気絶するまで数回ぶん殴りました。
はい、はい、分かってます、どうもすいませんでした。反省しています。暴力的なのは良くないです。今度はなるべく一発で仕留めたいと思います(イキり)
凜ノ助は白目をむいて、そのままぶっ倒れた。でも個人的には俺は、貴重なファースト・キッスを野郎に奪われたくない派なわけだ。
ファースト・キスはレモン味なんて俗にいうけれど、凜ノ助なんかとキスした日にゃあ、塩辛みてーな味がしそうだ。
……いや、今のナシナシナシ、ナシ。想像するだけで精神衛生上よろしくない。
しばらく凜ノ助に襲われたショックで頭が動かなかったが、次に思いついたのは「あの媚薬が利いたのか?」ってことだ。
そう、思い返してみれば凛ノ助が媚薬を口にしてから、初めて見たのは俺だ。暁月の手にあった紙コップを凛ノ助がひったくった時、俺は思わず叫んだのだ。だから凛ノ助は媚薬を飲みながら、暁月ではなく俺をまず最初に見たのだ。
凛ノ助の性欲はあくまで異性に向けてであって今までに同性に向けられたことはない。これは間違いない。友人として断言できる。
なんと言っても凛ノ助のドストライク性癖は「美乳 華奢 清純」であるからして(あいつ「変態の貴公子」と言われてる癖に性癖はいたってノーマルなんである)
つまり、凛ノ助の奇行は媚薬の効果だとしか思えない。
良からぬ考えがもう一度、俺の頭に浮かび上がってきた。
もし、仮にだ。
あの薬を本当に暁月が飲んでいたのなら……?
そんなふざけた中学生の馬鹿みたいな妄想が現実になるとしたら……。
妙に喉が乾き出す。
俺は口内でつばを生成してごくりとそれを飲み込む。
「……」
一度だけ。一度だけで良い。一度だけ暁月に、媚薬を盛る。二度は盛らない。俺の中に暁月の思い出が一つだけあっても良いではないか……。
気づくと俺の足は夜坂中学校――月宮が居るはずの場所――に向かい始めていた。
☆
放課後の学校っていうのは学校嫌いの俺でも(むしろ学校嫌いだからこそ)好きだった。いつもはワイワイガヤガヤ騒々しい校舎に静寂な時が訪れているからだ。
何ていうか、すごく落ち着く。誰もいない教室には斜陽が差し、聞こえてくるのは吹奏楽部の管楽器のしるべと、野球部の掛け声だけ。まるで異世界に迷い込んだような、そんな感じもする。
……ちょっと感想が平凡かな。ともかく。
学校に来た理由は月宮を見つけるためだ。五時くらいなら月宮はまだ学校にいるはずだ。居残るが大好きらしい。
「……さて探さないと」
連絡先を知らない以上、彼女がいそうな場所を虱潰しに探してみる。
まず彼女のホームとも言うべき旧校舎の屋上「ガラクタの城庭(ガーデン・オブ・ジャンク)」に行くも見当たらない。二年生の教室を一つ一つ覗いても人影ナシ。職員室、体育館、音楽室……。
まったく月宮という人間は会いたくない時に押しかけてきて、会いたい時には何処にもいないのだった。迷惑この上ない。
「月宮、どこにいんだよ」
俺が途方に暮れて呟いた。
「ここだけど?」
耳元に囁き声。俺は振り向いた。
「よっ」
月宮だった。
「うぉおおお」
俺は悲鳴を上げて後ずさる。
月宮の格好は制服ではなかった。赤のミニスカに、無地の白シャツ。ちなみに胸部に書いてあるシャツのロゴは「童貞に人権ねーから」余計なお世話だ。
「何だよ月宮、探したんだけど。どこにいたの?」
「今までずっとマッキーの後ろにいたけど」
「怖すぎだろ。何なのホラーなの?」
「一発芸やります! 貞子っ!」
月宮が勢いよく頭を前に下げる。自然、月宮の長髪が額の方へかかって……ってまあ説明不要か。
「いやでも月宮さ、お前の髪カールしてるから貞子に見えない……」
そういうのは黒髪ロングのストレートがやるから貞子になるわけで。
「オシャレに目覚めちゃった貞子だから」
「何だそれ全然怖くねーな」
自分のアイデンティティを見失ってるのではあるまいか。
いや、そうじゃなくてさ。
「なあ、月宮、あの薬をまた売ってくれよ? 頼む、この通り」
俺は顔の前で両手を合わせて、月宮を拝む。
「あんなに疑ってたマッキーが、ようやく私のいうこと信じてくれるようになったのカナ?」
「まあね。さすがに貞操の危機を味わえば」
あの薬がどういう成分で作られたのか、全く分からないが、しかし重要なそこではない。あの薬が「絶対に効果のある媚薬」であるという事実のみであった。
「ふーん? 何かあったのかおおよそ察しがつくけどさ」
月宮は手櫛で美髪を整える。
「マッキーさあ、私見かけた時速攻で逃げてたよね? 自分に必要な存在になった途端に態度を百八十度変えるんだ、マッキーは? マッキーてば超誠実じゃん」
うぐぅ。
「いやあ大親友じゃん俺らって? その事急に思い出しちゃってさ。まあ過去のことは水に流そうぜ」
「うわあ、ここまで手のひらクルーだといっそ清々しいね」
月宮が俺をジト目で見る。やめろ興奮するから。
「そんなに薬が欲しい?」
「欲しいです」
「めっちゃ?」
「めっちゃ」
俺は手をモミモミスリスリしながら答えた。
「頭が高いんだよなあ? 人にお願いする時はどうするのカナ?」
くっ。しょうがない、薬を貰うためだ。俺にもプライドはあるが、薬を貰うためだ。ここは折れよう。俺は月宮に頭を下げる
「月宮さん。今まで避けてしまってすいませんでした。どうか俺に薬を売って下さい」
「……マッキー、いいよ顔を上げて。大親友だからね特別だよ」
「月宮……」
そうか分かってくれたか……。
「大親友だから特別に土下座で許してあげる」
「は?」
何を言い出すんだこいつは。
「社会常識だよ知らないの? 人に誠意を見せる時は土下座が基本でしょ」
「どこの業界の社会常識だそれ、極めて特殊な業界だろ」
SMクラブとかだろう。
いきなり土下座しろと言われても、俺にだってプライドはある。さすがにそんなこと出来ない。
「嫌なら別に良いけど? この薬、他の男の子に売るだけだし。例え、その男子がつかさちゃんに薬を盛ったとしてそれは私の知ったことではないんだよね」
「お願いします」
俺、即、土下座。プライド? 何それおいしいの?
「うーん、どうしよっかな~」
それでも月宮は頷かない。こいつ、人の足元見やがって……。
「そうだ。マッキー、私の美しさを讃えよ!」
またなんか月宮が思いつきで何か言い始めた。しかし、しょうがない薬のためだ。
「いやあ月宮の美しさは決して言語化するのは不可能と言えるような、形而上の概念を引っ張り出してこなければいかんのだが、恐れ多くも俺ごとき凡下が畏み畏み申し上げさせて頂くとするのならば、春ののどかな妖精が歌い上げる愛の詩集に描かれる一角獣を従えし乙女の如く、その容姿は他に比べるのもおこがましい唯一絶対の甘美さがあって、名工の作りし陶磁器のように一片の不完全さも無く、その色香は世界中のどんな美酒よりも濃厚に人を惑わし、これだけ筆舌を尽くそうが決して語りつくしきれぬそれはいかにも汲めどもつきぬ無限の泉のような――」
「は? なめてんのかころすぞ?」
キレられた。
全く、吟遊詩人も絶賛しそうな称賛の言葉をもうちょい認めてくれても良いんではないか。
ともかく。
「なあ本当にそろそろ頼む」
ん~、しょうがないなぁと恩着せがましい感じで月宮はポケットの中から媚薬を取り出す。
「はい一個どうぞ。三百円でいいよ」
「三百円!? 三百円で良いの?」
俺は拍子抜けしてしまう。
あれだけの効果がある薬を買うために、ありったけのお小遣いを持ってきたと言うのに。
「うまい棒三十本の価格だと……」
「不満なら良いんだよ? もうちょっと高くしても。ウン万円とか」
「いやいやいやいや。文句とかないです、あるはずないです。一個下さい月宮様」
俺は月宮に百円玉を三個渡し、媚薬の容器を貰う。
「マッキー、一個で良いの? もうちょっと買えば?」
「いや……良いんだ、一個で良い」
月宮はふーん? とちょっと小首をかしげるだけで後は何も言わなかった。
「ありがとな、月宮。じゃ、俺はこれで」
月宮に心中を見透かされていることを自覚しながら俺は校舎を後にした。
――この薬、暁月に盛ろう。
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