第5話 貞操の危機……! 


 凜ノ助の住処は「風善寺」というお寺だった。古刹という言葉が相応しい創建四百七十年の荘厳な造りである。

 俺はお寺独特の匂い(抹香と木材の匂い)を味わう。嫌いじゃない。

 神社は人の穢れを嫌うから神聖で妖しげな空気があるが、お寺は人間を拒絶しないで生活味がある印象を受ける。      

 神仏の違いを言えば神様は祟るけど仏様は祟らないのだ。一時は神仏習合でごちゃ混ぜだったとは言え、本来は全く別のものである。

 ともかく。

 何でまたお寺で生まれ育ったのに、こんな変態バカになっちゃったんだろうか、凜ノ助は。

 俺のこの質問に凜ノ助は答えて曰く

「あれだな、寺で禁欲的な生活を送りすぎて、それが在る時爆発してな」

「へえ、何歳の時に?」

「ニ歳の時だな」

「生まれつきじゃねーか!」

 ニ歳の時からこんなんなのか……。

 そういえば、と俺は凜ノ助に話を振った。

「前島と後藤は?」

「あの後、誘ったんだがな、今日はこれないって……」

「お前の人徳の表れだなぁ」

「やかましいわ」

 今日は凜ノ助と二人のわけか。まあ珍しいわけじゃない。

「まあ上がってくれや」

「お邪魔しまーす」

 何度も来ている。凜ノ助の部屋に俺はバッグを放り出して、どっかり座り込んだ。

 部屋は案外清潔。勉強机には教科書一式、部屋の本棚は分厚い辞書ばっかが並んでいる。――もっともそのカバーの中に入ってるのが本当に辞書だとは誰も保証が出来ないのだが。

 俺が部屋を眺めているとガチャッ、と背後で不穏な音がした。

「凜ノ助、何で鍵閉めたの?」

「いや、念のため……な?」

「……ふーん?」

 凜ノ助の答えになってない答えを聞きながら、俺は立ち上がった。

「さーて、お待ちかねのドキドキ・ワクワクお部屋漁りタイムでもしちゃいますか~」

 男子部屋に来た時のお約束だよね。

「マキト、何を期待しているのか知らないが、お前の目当てにしてるような代物は――」

 サッ(俺が押し入れの障子を開ける音)

 ドカッ(エロ本、AV、エロゲ、女性用ショーツの山が雪崩うつ音)

「――いっぱいあるに決まってるだろ。こちとら健全な男子中学生なんだよ」

 凜ノ助が開き直ったように言う。

「いや健全な男子中学生は普通、女性用下着なんて持ってねーよ」

「そんな珍しいモンでもないだろ。今や使用済みパンツなんてアマゾンでも買える代物だぞ(※ガチ)」

 世も末だな。世の中には凜ノ助みたいな末期患者が沢山いるんだろう。

「さ、もういいだろ、片付けっぞ」

 凜ノ助はそう言うとそそくさと押し入れから溢れ出たブツらを片づけ始める。

「?」

 俺はとてつもない違和感を感じる。

 いつもならこの自慢の戦利品を熱く語る凜ノ助なんだが、今日はそういうことがなかった。

「恥ずかしいだろ」

「はい? 今更何言ってんだよ? お前に恥という概念が存在したの?」

 凜ノ助とはエロマンガ討論会、女湯覗き、女子更衣室突撃までした仲だ。

「人を恥の不感症みたいに言うんじゃない」

「違うの!?」

「本気で驚いてんじゃねえ!」


 ☆ 


 しばらくニンテンドースイッチでマリオをプレイ。

 今回、凛ノ助の家にあそびに来たのはこれをやるためだったりする。

 ちょっとやってみた感想としては、簡単に操作を覚えられて、難易度も難しすぎず、簡単すぎずいい塩梅だ。

 俺は「うがぁー」とか絶叫しながら再三に渡って中ボスを倒さんとする。凛ノ助のミスが多くて中々倒せないのだ。俺よりこのゲームは長くやってるはずなのに。

 二時間ほど夢中になってプレイして、俺はなんとなく喉が乾いて凛ノ助の方を振り返る。

 目が合った。

 凛ノ助が俺の方を見ていた。

 ゲームのプレイ中なのに。

「凛ノ助……?」

「あれ、なんかマキトって良く見てみると……横顔、可愛いな?」

 ぼんやりしたように呟く凛ノ助。

「は?」

 大丈夫かコイツ。いや、元々頭の方は大丈夫じゃなかったにせよ、それにせよおかしい。

 なんの冗談だよ、と思いながら凜ノ助の顔を見ると笑っていた。薄笑い、だけど目だけマジ。

「凜ノ助、冗談、だよな……?」

「…………」

「おい! なんでこのタイミングで目を逸らす!」

 良く凜ノ助の顔を見ると頬がほんのり紅潮し、息が荒くなっていく。

「実はさ、今日前島と後藤来てないんじゃなくて、そもそも誘ってないんだよ」

 嫌な予感がする。

「どういう意味か、分かるよな?」

 分かるけど分かりたくねーよ。

「自分でも何でこんな気持ちになるか分からないんだ。でも、我慢してると胸が苦しくって苦しくって……」

「落ち着け凜ノ助、いつものお前じゃないぞ!」

「すまんマキト。もう俺、我慢できないんだ……」

 凜ノ助はそう、言うやいなや、俺に飛びかかってきた。

 いやぁああぁあああ。

 俺はジタバタ抵抗するが、凜ノ助が俺の両手首をガッチリ押し付けた。そのまま優しく俺を押し倒す(優しく、ってところが気持ち悪さ百万倍だ)

 そうして、うっとりしたような凜ノ助の顔と唇が俺の顔前に迫ってきて……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る