死ぬまでの契約 #魔女集会で会いましょう

井戸

死ぬまでの契約

「あらあら。こんなに小さな子を寄越すなんて。まるでそのために産んだみたいじゃない。約束を守るところは律儀だけれど、あざといというか抜け目ないというか」

「……ぼく、死んじゃうの?」

「さて、今年はどうしようね。新鮮なうちにいただこうかしら」

「いや。死にたくない」

「あなたが決めることじゃないわ。それに、ここで見逃したところで帰る場所なんてないでしょう? どうして逃げてきたんだ、贄の役目を果たせ、って、また送り返されるだけ。逃げられないよう、縛るか、痛めつけるか、足を落とすかでもしてさ」

「いや……痛いのもいや……」

「我が儘な子ね。じゃあせめて、痛くないように殺してあげるわ」

「お願いです。身の回りのお世話でも、なんでもするから。死ぬまでお手伝いするから、だから……」

「ふうん……死ぬまで?」

「うん。だから、お願いします。死ぬのは、いやだ」

「そう。それは――とっても素敵なお願いね」

「……許してくれるの?」

「ええ。気が変わったわ。ただし――それっ!」

「え!? な、なに? なんの魔法?」

「不老不死の魔法。良かったわね坊や。あらゆる時代の人間が、喉から手が出るほど欲しがった魔法よ」

「ふろう……ふし……?」

「坊やには、死ぬまでお手伝いしてもらうことにしたわ。私が死ぬまで、ね」

「え、ええっ!? 魔女って、死ぬ、の?」

「そりゃそうよ。まあ、ざっと人間の50倍は長生きだけど」

「…………」

「これからよろしくね、坊や」

「う、うん……よろしく……」





「起きて! おーきーてー!!」

「ううん……おはよう、坊や。いい香りね」

「今日の朝ごはんは麦パンとラズベリーのタルト。それとドクダミのお茶だよ。ほら、早く! 冷めちゃうよ!」

「ほんと、しっかりしてるわねぇ……こんなに素直に、しかも優秀に育つなんて……」

「頑張ったもん。朝は同じ時間に起きるし、ご飯の作り方も覚えたし、野草も見分けられるようになったし、狩りもできるようになった!」

「うんうん。親に見せてあげたいわね。あなた達が鴉のエサにしたのは、黄金の卵でしたよって。もう叶わないけれど」

「だから、そろそろ魔法を――」

「だーめ。あなたにはまだ早いわ」

「またそれ! もう聞き飽きたー! 一体何年経ったと思ってるの!」

「十年二十年くらい、魔女には誤差みたいなもんよ。それに、坊やはまだこんなに小さいじゃないか」

「それは不老不死の魔法のせいでしょ! 高いところに手が届かなくて困ってるんだけど!」

「そりゃそうね。不老不死だもの」

「ねえお願い! せめて僕が大人になるまでは魔法解いてよ!」

「気が向いたらね」

「ぶー!!」





「はあ……だから嫌だと言ったんだよ」

「魔法を解くこと、ですか?」

「教えるのもさ。こんな立派に育ってくれちゃって、まあ」

「いいじゃないですか。ほら、今ならここまで手が届く」

「まさか、独学で習得して自力で解除しちまうとはね……優秀だとは思っていたけれど、これほどとは」

「一体、何がそんなに不満なんです? あなたには一切迷惑をかけてませんし、お世話もしやすくなりました。お酒にだって付き合える」

「ああ、そうだね。確かに、お前と酒を酌み交わすのは楽しいさ……でもそれも、お前が死ねば終わりだ」

「死ぬ? 今は不老不死をかけ直して貰ってます。オオカミに食われたって死にませんよ、僕は」

「でも、自力で解ける。解けちまう。いつか嫌になったら、お前はいつでも、ここから居なくなれるってことじゃないか。まるで、最初からいなかったみたいに」

「ああ。言われてみれば、確かに」

「あの後、ついカッとなって村を滅ぼしちゃったから、贄はお前で最後だ。お前がいなくなれば、正真正銘、私はひとりぼっちだ」

「だから止めようって言ったんですよ。小間使いが二人いてもいいし、死にたい子は殺してあげればいい。まあ、あそこにいい思い出は一つもないので僕はせいせいしましたけど」

「ううん。違うね。例え新しい贄が来ても、それはお前とは違う……なあ、約束しただろう。私が死ぬまで面倒見てくれるんだろう。お前じゃなきゃ嫌なんだよ。どこにも行かないでおくれよ」

「……ねえ。僕がどうして魔法を勉強したか、わかりますか?」

「どうして? 不老不死を解いて、大人になるためだろう?」

「いいえ。答えは、こうです――それっ!」

「っ……こ、これ、は……!」

「ええ、そうです。人間が……僕が喉から手が出るほど欲しかった、不老不死の魔法です」

「お前、どうして……」

「だって、おかしいでしょう。不老不死なんて大層な魔法が使えるのに、魔女が死ぬ? あの時はそれが一番驚きで」

「ああ、そうだね。不老不死は自分にはかけられない魔法だからね。自分で解くことはできるが」

「あの時もそうじゃないかと思ったし、実際そうでした。なら、僕がかけてあげればいい。でしょう?」

「……お前、自分が何をしたかわかってるのかい? 村ひとつを気軽に滅ぼせる魔女が、不老不死まで手に入れたら――」

「なら、自分で解いてください。僕は嫌ですけど」

「……ハッ。全く、どこまで優秀なんだか」

「というわけで、これからもよろしくお願いしますね」

「ああ、よろしく。どちらかが死ぬまで、ね」

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