あのすけ。

第1話

狭いアパートの一室。

散らかった部屋を前に玄関で立ち止まる。

短くついたため息。

タバコでも吸えばカッコつくかな、なんて考えながらズルズルとしゃがみこんだ。

何しに来たんだっけ…

すっかり目的を失ってしまった僕は、風呂にも入らず、ただただ根が生えたかのようにそこから動き出せなかった。


僕が動けないからって、時間は待ってくれない。

気づけば深夜になり、日付をまたぎ、終いには空が明るくなってくる。

干しっぱなしの洗濯物越しに見える空はとても青く、陽を浴びた雲が金色に輝いて美しい。

外はこんなにも美しいと言うのに、僕の部屋はいつまで経ってもぐちゃぐちゃでゴミだらけだ。


母さんが時々送ってくれる荷物。

ワクワクしながら開けて、食べれる物を食べたら、あとは箱ごとそのまま。

掃除用具やらなんやら送ってくれているが、それを使うほどの気力がない。

台所に山積みの牛乳パック。

そのまま捨てるのは気が引けて、でも片付ける気も起きなくて、そのまま。

濡れたままの洗濯物。

とりあえず出して、そのまま。

テーブルの上の空き缶。

脱ぎ散らかした服。

買ってきた洗剤。

空になった段ボール箱。

汚れた靴。

賞味期限切れの卵。

詰まった排水溝。

何か焼いた後のフライパン。

飲みかけのペットボトル。

お菓子のゴミ。

そのまま、そのまま、そのまま。

見るたびに「お前はクズだ」と言われてる気分だ。

そうとも、僕はクズだ。

こんな狭い部屋、半日もあれば人が入れるくらいには片付けられるのに、ずっと放ったらかしてる。

朝、目は覚めるくせに、布団の上で始業時間までカウントダウンして、結局行かない。

寝グセもそのままに、バイトだけは行く。

あと部活。あと数ヶ月でやめるけどね。

ほんと、何しに来たんだろう。

運動音痴のくせに何故か入った運動部をズルズルと続け、部費や遠征費を稼ぐためにバイトをし、時々買い物に行って気持ちが上を向いたかと思えば、家賃が払えなくなって破産する、研究者になるという夢もとうの昔に捨ててしまった。

入学したての頃つるんでた学科の人と偶々あったとしても、笑顔で話しかけられるなんて事はない。もちろん僕も話しかけない。気づかないふりして通りすぎる。唯一未だに僕と絡んでくれる友人は、バイトにサークルに恋人で忙しい。時々ふと遊ぼうとLINEを送るけど、彼女に振られたらもう誘う相手がいない。

惨めで、情けない。

また大きな溜め息が漏れる。

よくわかってる、このままじゃいけないってことは。

でもずっとこのままだ。

あの時ああしていれば、こうしていればと後悔ばかり募ってくる。

大学に入ってからいいことなしだ。

得たものといえば、無駄な筋肉と無駄な脂肪と、諦めに近い教訓だけ。

「独り暮らしは向いてない」

「できること、好きなこと以外にチャレンジするなんてよっぽど心の強いやつ以外はやめたほうがいい」

「できることを極めたほうが断然いい」

「センスのないやつは運動なんてしないほうがいい」

「自分のために出来るのは不摂生と嘘をつくことと何もしないこと」

「できない奴に人は寄ってこない」

「自分が自分であるがゆえに必要とされたくても自分にそんな価値はない」

とか。

あー、考えれば考えるほど情けない。

自分は弱いやつなんだと思うたび、また弱くなっていく。

そしてとても、とても寂しいんだ。

高校の時の思い出と友人たち。

彼らだけが僕を支えてくれる。

だけと言ったら嘘だ、まるで当然のことかのように僕の両親も支えてくれている。

それは、すごく幸せなことだ。

母さんは電話越しに「あなたはこうならないと思っていた」と言った。そりゃ僕もそう思ってたよ。部屋はちょっと散らかってただろうとは思うけど、中途半端にでも自炊して、授業は全部出席して、課題に文句言いながら時々友達とカラオケにいって、中の上くらいの成績とって、週3くらいでバイトして、僕も恋人欲しいとか友達に愚痴って、まぁそんな生活送るもんだと思ってたよ。

僕のためにかけられる言葉が、僕のために朝早く起きて、僕のために用意される朝食が、僕のために待っていてくれることが、惜しみない愛を受けることが、なんて幸せなことなんだろうって、僕はなんて幸せな生活を送っていたんだろうって思うよ。優しくて気の利く優秀な友人たちにも囲まれて、なんていい生活してたんだろう。当たり前のように見せていた母さんにはもう感謝しかないね。そんな母を支えている父にも、僕を認め、好き好んで僕とつるんでくれた友人たちにも、感謝。そうだな、こういうことに気付けたってのはいいことだね。うん。

さて、何から話そうか。

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あのすけ。 @anosuke96

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