【6】

 命に別状はなく、すぐ退院することもできた涼子だったが、搬入後の涼子の様子を見て医者が入院を勧めた。体力も精神力も尽きた涼子と、症状の進行度からしてもう長くはない、という判断だった。

医者の予想通り、抵抗する力がなくなったことの表れなのか、症状の進行は早くなった。数日後には方から首へ水晶化が進み、呼吸運動すら怪しくなり、人工呼吸器をあてがわれた。

 さらに数日後には、もう顔まで達した水晶化が、今にも涼子の命をとらんとしていた。その段階になったところで、父母は二十四時間涼子につきっきりでいることにした。たった一人の娘の最期には、ずっと一緒にいてやりたいと願い出たのだ。病室で二人はずっと黙り込んでいた。もう、形もすっかり変わったそれが、果たして娘なのかどうか疑いたくなるほどに原型を留めていない。割れた下半身は水晶が成長したかように一回り大きくなり、両腕は完全に固定され、角質のように隆起した乳白色の表面から、奥に赤い肉が薄く透ける。わずかに残る涼子の面影は顔だけで、その表情はやすらかに眠っているようだった。見慣れたのか、それとも見るのも辛いこの娘の姿から目を背けまいとしているのか、母はずっと涼子を見つめていた。そしてか細い声で絞り出すようにぽつり、と「きれいよ」と呟いた。

「この子、まるで宝石みたい。きれい、きれい、きれいよ」

「おい、お前こんな時に――」

「あなたにはわからない、男にはわからないのよ! だって、なんだって涼子がこんなことにならないといけないのよ、死なないといけないのよ。意味もわからないこんな病気に……最期くらいきれいじゃないと救われないじゃない……」

それは世間一般に誰が見てもきれいではなく、紛れもなく異様だった。だけれど、そんなことはあまりにも哀れで、絞り出した声を皮切りに半ばヒステリックに母は叫ぶ。父は口を噤むしかなくなったが、涼子は意識の遠いどこかでそれを聞いていた。そして、それを聞いて哀しんでいた。


――違う、違うの母さん。もう救われなくてもいいの。もうそんなところを通り越したの。だから私を美化するのをやめて。あなたのこれからのために利用しないで。あなたがこの苦しみすら知らず綺麗と言ったこの身体はただの体液の塊で、美しくともなんともない。せめて最期くらい、私の味方をしてよ。


彼女は消費されていく。父も目に涙を浮かべ、母はまだ号泣している。どこかで「まだ助かるかもしれない」という希望の糸は切れ、もう死者として扱われる。母と父の声から汲み取る感情は無情感や悲壮感ではない。安堵だ。四六時中、たとえ涼子と関わらない時間であっても心のどこかに気に留め、自分たちの時間は失くなっていった。そしてそれが今終わる。最後に大きく悲しんで、涙を落として、膝を床について、そしてその後、弔えばそれでしまいなのだ。


――ああ、もう。私はまだ生きているのに。まだ。まだ、まだ


静かな病室に心電計のアラームが鳴り響く。しばらくすると、医者と看護師が入ってきて、彼女の死を二人に告げた。

涼子の身体は特殊な症例の調査のために後日、献体された。取り出された彼女の心臓は赤く、肉であり、少しぼやけた薄紅色で、そこに血が送られなくなったこと以外は奇しくもなんともないそれであった。

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水晶状皮膚角化症 島田黒介 @shimadakurosuke

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