承章
休憩のチャイムが鳴ると、みな作業を止め、それぞれに作業場を整理して昼休憩に入る。昼休憩とは専ら昼食の為にある時間だが、過ごし方は人それぞれだ。食堂で済ます人、出勤前に用意した人、それぞれがバラバラに自分の食卓へ着く。僕の今日の食卓は食堂だ。食堂では多種多様なメニューがある上、値段もそこらのファミレスよりも安く設定してある、いわゆる社員食堂である。食堂はたくさんの作業者や社員で溢れており、人ごみが少々苦手な僕には居づらい空間ではあるが、背に腹は代えられない。券売機に並び、財布に優しくボリューミーな肉うどんを購入する。券を提出し、うどんを待つ。いつもと変わらない昼食を開始した。
「よぉ」
うどんの列に並んでいると、後ろから声をかけられた。ワタルだ。
「今日はうどんか。俺もうどんにしようかな」
「なんだよ、うるさいな。どうでもいいよお前の飯なんか」
「冷たいな」
「なにいってんだ」
こいつのこういうところも嫌いなんだ。馴れ馴れしい。
「俺とお前の仲じゃないか」
「どういうことだよ」
「お前に話があるんだけどさ」
「いや、どうでもいい。どうせつまらない話だろ」
「そんなことないさ。いや、そうだな、捉えようによってはつまらない話かもな」
ワタルは宙を見上げ、ニヤッと口角を上げる。気持ち悪っ。
「はい、肉うどんおまたせぇ!」
いいタイミングでおばちゃんが僕の肉うどんを完成させた。
「いつか聞いてやるよ」
僕は肉うどんを片手に捨て台詞を残し、比較的空いている食堂の隅の方の席に着いた。早速食べようとしたところへ、すかさず奴が来る。
「おい、無視すんなよ」
本当にうざったいな。
「なんだよ。今日はやけに絡んでくるな」
「話させろよ。俺とお前の仲だろ」
無視して一味唐辛子をうどんへ振り掛ける。
「おい。俺とお前の仲だろ?」
またかよ。同じことを何回言うんだ。
「うるせぇな。しつこいぞ。飯を食え飯を。今は飯を食う時間だ」
いただきまーす。と箸をうどんへ伸ばした。
「俺とアヤさん、付き合ってんだけど」
箸が止まる。顔が強張る。まわりの喧騒が聞こえなくなる。心臓も鼓動を早める。ワタルの口から言葉続けてでた。
「嘘」
・・・はっ?安堵からか汗がブワッと噴出した。
「ははっ。おもしろいな」
こいつ・・・!
「嘘だよ嘘。おもしろいなお前」
ワタルは無邪気に笑っている。なんて野郎だ。まだ濁った感情が怒りへ変わっていく。
「・・・お前、ふざけんなよ」
「そう怒んなよ。でも怒るってことはそうなんだろ?」
怒るということは・・・そういうことだ。
「・・・あぁ。そうだな」
「やっぱりな。お前もそうなんじゃねぇかなって思ってたんだよ」
「お前も・・・ってことはお前もか?」
「あぁ、そうだよ」
わざわざ聞き返したが、僕は知っていた。ワタルがアヤさんのことを好きだということを。
「俺はアヤさんのことが好きだよ」
「そうなのか。だからどうしたんだ。わざわざからかいやがって」
「いやー、一応な。報告しておこうと思って」
「嫌味な嘘をか?」
「ちげぇよ。アヤさんのことを好きなもの同士、なんか抜け駆けってよくねぇじゃん」
「なんだよ抜け駆けって」
お互いにそれとなく言葉を濁しながら、ゆっくりと話は進んでいく。
「分かってんだろ?」
「何がだよ」
分かってる。分かってるけどこっちから言いたくない。ワタルも自分から中々言わないのは同じ気持ちなのだと思う。一瞬流れる沈黙。そして
「・・・アヤさんに告白すんだよ。俺がな」
「・・・あぁ、そういうことね」
誰が聞いたって分かる強がりを言った。それからワタルが、なぜ告白するかとか、僕に報告したわけとか色々話してたけどあまり覚えていない。俺ら以外にもアヤさんを好きな人がいるかも知れないからとか、よくアヤさんといるお前を見てたからとか言ってた気がする。冷めたうどんを少しだけ残し、午後の仕事を開始した。午後の仕事中、そのことを考えすぎてミスばかりをした。僕はワタルのアヤさんへ対する気持ちに気づいていて、でもワタルにとられるなら仕方がないと思っていた。僕より顔が良いしとか、僕より社交的とか、僕よりしっかりしてるしとか。言い訳にならない言い訳を自分の中に溜め込んでいた。とられても仕方ないとは思いながらも、やはりその時が来ると思うと気が気でならない。帰宅して、何もしたくなくて座り込む。・・・・・・。
「黄昏ちまってねぇ。物にあたるんじゃねぇよ」
「おいしいものが・・・食べたくない」
「私は今、重度の悲しみ、不安と、少々の怒りを観測しました」
・・・なんだ。なにやらうるさいな。
「何だぁおめぇ。手ぇ怪我してるじゃねぇか」
マエヤマか。うるさい。僕の体だ。
「ちゃんと食べないと・・・駄目だよ・・・?」
マエカワさん・・・。分かってるよ・・・!
「重度の悲しみ、不安と、怒り・・・怒り上昇中」
マエタニさん。そうだよ・・・!なんなんだよお前ら!
「何を一人で怒ってるんだぃ?何に対して怒ってるんだぃ?ワタルか?それとも自分か?」
お前らに何が分かるっていうんだ!
「何がって・・・私は分かってるよ・・・君のしたいこと・・・したくないこと」
なんだよ・・・!うるさいうるさいうるさい!
「過度の怒りを観測。上昇中」
あぁ!怒ってるよ!!それがどうしたんだよ!!
やれやれといった様子でマエヤマが近づいてくる。
「一度落ち着いた方がいいぜ。・・・おおっと」
思い切り壁を殴る。とても痛い。血が出る。涙もどんどん出てくる。何をしているんだ・・・僕は。
「まぁ、落ち着きなって。何も意味がねぇだろそんな行動ぉ」
・・・。
「自分が傷ついていくだけだ。そんなこたぁ。トウヨウさん、あんたからも何かいっちゃくれないかねぇ」
トウヨウはマエヤマを諭すように手で制すると、ゆっくりとした口調で優しく話し始めた。
「怒りたいときには怒ればよい。泣きたいときには泣けばよい。自分を律することは自分では出来ないのだ。私に彼は止められないよ」
・・・。
「・・・止まったじゃねぇか」
トウヨウはまた優しく話し始めた。
「私が彼を止めたんじゃない。彼が自分で止まったのだ」
「・・・意味が分からねぇな。自分を律することはだなんだ言ってたじゃねぇか」
「少し黙っていてご覧。彼はいま考えているんだ。自分ではない誰かと考えているんだ」
マエカワが不思議そうに尋ねる。
「自分ではない・・・誰か?」
「そうです。自分ではない誰か」
マエタニが周囲を見渡し、トウヨウに尋ねる。
「・・・観測不可。周りに人はいない」
「あなた方からではそうでしょうね。時にお三方。自分が何の為に存在しているのか、考えたことはございますか?・・・えぇ、ないでしょうね。何故ないのかも考えたことがないでしょう。それこそが彼とあなた方の違いです。マエヤマさん。あなたの仕事はなんですか?」
「なんだぁ急に。俺の仕事はあれよ、王国の活動を円滑に進める為に舵を取ることよ」
グッとガッツポーズを決め込むマエヤマ。
「マエカワさん、あなたは?」
「私の仕事は・・・王国への食物供給の管理と・・・あの、恥ずかしいのですが・・・その・・・」
もじもじとして、その先を言わないマエカワ。
「まぁ・・・いいでしょう。ではマエタニさんの仕事はなんでしょうか?」
「王国の現在の状況の観測」
表情を全く変えることなく淡々と答えるマエカワ。
そして、トウヨウが続ける。
「あなた方の役割とは単純明快。はっきりしている。それに・・・それだけをしていればよい。しかし、彼はそういうわけにはいかない。全ての物事に対して悩み、実行し、それを結果へ繋げていかなければならない。更にその結果に対しても悩むことも多いだろう。そうして彼は・・・いや、全王国は生きているのだ。王国は民によって生かされ、民は王国によって生きている。君らは自分が誰かと、考えたことはなかろうが、その答えを私が教えてやろう。君らは・・・彼だ。彼とは君らだ。・・・自分ではない誰かとは自分であるのだ。・・・ほら、今に彼は立ち上がるさ。自分からの助言を得て、自分の足で立ち上がり、自分のしなければならないことを果たしに行くのだ」
ある王国 @harunami4
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