途章

 8時になった。ラジオ体操の音楽が最悪な音質で流れてくる。集まった職員は歪んだ円形となり、みな一様にとてもまじめとは思えないような態度で、音楽に合わせて手足をただぶらぶらとさせている。僕もそれに混じり、ぶらぶらと揺れているだけ。本当はしっかり体操した方が良いということは分かっているのだが、まわりに合わせることが優先されてしまい、また気恥ずかしさから真面目に体操に取り組めない。ガザガザの音楽が止み、ぶらぶら体操を終えると、朝礼が始まった。


 「えー、今日の体操はとても有意義とは言えないものだったと考える」

左大臣が切り出す。左大臣の考察が始まると次は、

「しかし、ミナとサナからの報告によればまわりが体操をしていないという状況がこういった結果を生み出したのではないだろうか」

右大臣が返す。この2人が論争を始めたらもう止まらない。

「まわりがどうということを言っているではない。まわりがどうあろうと我が王国が日々邁進していく為の時間だったのであろうかと言っているのだ」

「勿論理解しています。していますとも。している上で言ったことだ」

左大臣は現実的で計算高い考え方をしているが、右大臣は対照的に感情やひらめき、感覚といったものを尊重するので基本的に折り合いがつかない。双子であり、見た目も左右対称と言えるほど似ているが性格は真逆と言っていいほど相反している。

「ならば浅はかという他ない。まわりの所為で無為に時間を過ごすのははっきりいって無駄である」

「人を作るのは個ではない。環境である」

「駄目な環境で駄目に育てばよいというのか」

「そうではない。環境に順応するということもまた成長ではないのか言っているのだ」

「これは成長ではない。堕落だ」

「ある一部分だけをみるからそういうことを言えるのだ。大局を見よ」

「この先にある大局など想像もしたくないわ。破滅の未来が待っているに違いない」

「言うではないか。ならばどうすれば良かったのか代案の一つでも出してみよ」

「代案?代わりの案を出せとはまた面白いことをいう。お前の案とは何だ。黙って過ごしていることが案になるのか」

「選択肢の一つであったろうが。そなたの案を出せ」

「お前の逆だ。しっかりと体操をするようにするべきだ」

「だからそれでは駄目だと言っておろう。郷に入っては郷に従えという諺を知っておるか?ここで周りと異なる行動をとることによって、何が起きるか分からないわけではなかろう」

「村八分に合うとでも思っているのか。周りにとればたかが体操、しかし自分にとればされど体操だ。そもそも体操というのは・・・」


 毎朝毎朝、長く下らない朝礼だ。昨日も同じような朝礼だった。どうせ明日も今日と同じようなことをわざわざ話すのだろう。

「・・・今日も一日安全第一で。それでは業務開始」

だらだらとそれぞれの作業場へ散っていく。僕も今日のノルマをこなす為、自分の作業場へ着く。僕のする作業とは、溶接と呼ばれる、部品と部品とを繋ぐ作業である。溶接でイメージすることは、バーナーを片手に鉄仮面を被り、飛び散る火花・・・なんてものかも知れないが僕の担当している工場はそうではない。簡潔に説明すれば、運ばれてきた部品を機械に装着し、機械が溶接したものを検品し、次の工程へ送り出すといったことだ。中々に簡素で少ない作業手順かもしれないが、部品自体は10kg近くあるうえ、それを何百個とするのだから大変だ。・・・はぁ。大変で、長くて、キツイ仕事が始まる。早速作業に取り掛かろう。昨晩の仕掛けから手を付ける。車のどっかの大きい部品を機械にセット。続いて小さな部品を3か所にセット。そして機械のボタンを押す。機械が溶接を始める。車のどっかの部品の部分溶接、一つ完了。時間にして1分ほどであろうか。これをひたすら黙々とこなしていく。一日中。


 時々だが作業中、人生が虚しく感じるときがある。自分が何の為に存在していて、何を成すのか。部品をひたすら溶接していて、ノルマをこなせば今日は終わりだが、明日にはまたノルマがやってくる。おそらく私が黙っていてもこなすべき部品は溜まっていく。でも私は日々ノルマをこなしていく。それでも終わらずに部品がやってくる。・・・虚しい。

「・・・であるからして、人生とは意義のあるものにしなければならないのである」

「勿論そうだ。では意義とはなんだ。何を成せば意義のある人生なのだ」

左大臣と右大臣の論争は終わっていなかった。・・・興味深い話だ。手は休ませず、暫く論争に耳を傾けることにした。

「左大臣。意義とは何かを見つけるための人生であろう。その目的に向かって王国民が一丸となって進まなければならないのだ」

「お前の言うことはよく分かる。だがそれは綺麗事というものだ。事実、私とお前はどうあっても相容れぬ」

「綺麗事でもよい。それにそなたとのこうした言い争いが王国の為になるとも思うのだ」

「相反した思想が一つに辿り着くというのか?」

「そうだ。王国民全員が同じ思想でなかろうと、目的が一つであればやがて帰結するというものだ」

「・・・理解し難いな」

「お前の得意な計算にも言えることだろう。2*3=6、3*2=6。どちらも同じ答えだが過程は違う。どちらが正しいとは必ずしも決まっていないのだ」

「目的が同じであればいずれ辿り着く・・・か」

「どんなに紆余曲折してもよい。そなた左大臣と私右大臣がそれぞれに道を描こうとも終着点は同じだ」

「ふむ・・・上手くまとめられたな」

・・・どうやら論争は終わりそうだ。同じ目的か・・・。その目的とは王国の繁栄、ひいては私の幸せだ。しかし私は幸せというものを知らない。知らないものに向かうとは奇妙かもしれないが、それが人生というものだと私は考える。知らないものに出会い、感動し、また探す。人生という旅に多々障害や、幸せと感じられるものと出会うだろう。しかし、旅は終わらない。旅が終わってしまうということは・・・とても悲しいことではないだろうか。

「ときに右大臣よ」

「なんであろうか」

「目的も分からず時を溶かしてはいないか?」

「そんなことはない」

「何を目的としているか分からないのにそれを良しとするお前の根拠はなんだ」

・・・また始まった。・・・終わらないから旅は楽しいのだ。終わればまた始めればよい。

「この場合目的とすることは熟すことであって・・・」

「違うな。思考停止ここに極まれりだ。そもそもだな・・・」


 そして時間は過ぎていく。お昼休みを告げるチャイムの音が鳴った。

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