セルナーダ語の文法のとても大雑把な概説

  文法

 セルナーダ語は強い膠着語的性質を持つ屈折語であり、対格言語である。

 法は直接法、命令法の二つからなる。ただし、いわゆる法性、モダリティの極めて多用な表現が後置補助詞により存在する。

 時制は過去時制および非過去(現在)時制の二つであり、多くの相で未来などの出来事を表現する。

 品詞は名詞、代名詞、動詞、形容詞、副詞、動形詞、動副詞、後置補助詞の八つに大別される。

 なかでも後置補助詞は特徴的で、多くの言語では他の品詞が持つ機能を代替することが多い。日本語の助詞、英語の前置詞に似ているがさらに幅広い役割を持つ。

 動詞から派生した動形詞、動副詞は動詞の比喩、比況として機能する(例:動詞rxuyir、流れるの動副詞形、rxu:yin,流れるような踊り、の「流れるような」)うえ、また印欧語族の分詞に近い使い方もする(例:動詞gular、茹でるの動形詞形、茹でた卵、のgu:lan.「茹でた」など。一般には過去形ではあるが能動である)。さらに動詞を名詞化したものの属格的な意味も兼ねることがある。(例:動詞ajure、歩くの動形詞形、a:jun.徒歩の)

 動形詞や動副詞は活用をせずとも動詞的表現が可能であり、さらに独自に目的語などをとることすらできるが、この用法はかなり口語的、あるいはくだけた言葉遣いであり、品のない言葉とみなされることが多い。とはいえ実際には動形詞や動副詞は、他用される。

 ko:nalm fa:hanと一般に用いられる挨拶はこれに近く、動詞konar「会う」の動副詞形「会って」と形容詞fa:han「嬉しい」が使用される。

 日本語とは頻用される語彙の差はあるが、動副詞と動詞が連続した場合、日本語の複合動詞的に用いられることは一般的的ですらある。

 語順は基本的にSVOである。より厳密に言えばSVO PO NG ANとなる。また主語が人称代名詞の場合、特に単数形のときは動詞の活用で推測が容易なため、省略される場合が極めて多い。かつては主題優勢言語であったが、現代では完全に主語優勢言語となっている。また以前の主題標識は、現在では強調を意味する程度の存在となってしまっている。

 

  複数形

 可算名詞の単数形を複数形に変えるには、以下の規則に従う。

 まず語尾が子音であった場合、語尾にiをつける。

 語尾が母音の場合、語尾に-riを添付する。

 上記の規則は長母音にも同様に適用される。

 ただし現在のセルナーダ語では名詞の単数、複数の区別はかなり曖昧なものとなりつつある。

 すでに動詞の活用において、人称と名詞クラスは重要な要素となるが、単数、複数の違いは意味を失っていることからもこれは明らかである。


  名詞への後置詞の添付

 セルナーダ語のすべての名詞は、主格、属格、与格、対格、奪格、共格、処格、向格、具格の九つのいずれかの形をとる。

 無標である主格いがいの名詞は、原則として末尾に適切な後置詞を接尾辞として加えなければならない。

 もととなる名詞の末尾が母音だった場合、またはts、ch以外の子音が連続していなかった場合、後置詞を接尾辞として加える。

 もとの名詞の末尾ですでに子音が二つ連続していた場合、接尾辞の前にuを挟む。たとえば名詞suyfを属格にする際は、suyfumaとなる。(ちなみにsuyfは魚を意味する)


後置詞 主格  属格 与格  対格  奪格   共格   処格   向格   具格

    なし  ma   le     zo   po    cho   nxe    sa   tse


  通格について

 上記の九種類の格の他に、セルナーダ語には通格と呼ばれるものが存在する。通格は「すべての格の機能をあわせもったようなもの」である。厳密に言えば、統語論的にはセルナーダ語の主格は通格ともみなせる。

 また、ある種の後置補助詞が後続する場合、セルナーダ語の名詞は通格となり、格標識である後置補助詞が省略されたように見える場合が多い。

 例えば「俺は手と脚を動かした」をセルナーダ語で表記した場合は、通常は


 egev tsari ta e+sxerizo.


 となる。

 egevは動詞egar、動く、動かすの一人称火炎形過去、tsariは名詞tsa、手の複数形、e+sxeriは名詞e+sxe、脚の複数形、taは後置補助詞であり「と、そして」のような意味である。

 ここでは e+sxerizo、つまりは「両脚を」には対格標識 zoが添付されているのに対し、tasari には対格標識が「つけられていない」点に注目されたい。

 後置補助詞が後続する場合、このように対格のような特定の格ではなく、通格に変えて表現する場合がセルナーダ語では非常に多く見られる。たいていの場合、後続する後置補助詞の内容によって、どの格か明示しなくても明らかなときはこのように通格を用いるのが一般的で、自然な用法となっている。

 ちなみにさきほどの例で、すべてをいちいち表現する場合は


vis egev tsarizo ta e+sxerizo.


となる。両者を比較した場合、どちらが煩雑かは言うまでもないだろう。

ただし、話者が話をする相手が自分より身分の高い場合は、むしろ後者のような用法が好まれる。対人モダリティが極めて貧弱なセルナーダ語では、通格を使わずに主語まで含め「省略しないほうが丁寧な言葉」ともみなされるのである。

これはいわゆる「敬語表現」に相当する。

ただ、ややこしいことではあるが、もしこうした表現を自分と似たような立場の人間に行えば「言葉遣いが丁寧ないやみな相手」と誤解されることが多い。



  

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セルナーダ語についてのとてもさりげない補足 梅津裕一 @ume2

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