みんなの為じゃなくて、自分の為だろ?
木沢 真流
第1話 オリンピック代表に選ばれて一言。
「ここまで来れたのは、みんなの支えがあったからです」
俺はこの言葉が大っ嫌いだった。
前回のオリンピックでバドミントンの代表に選ばれ、意気込みを、と聞かれた時も決して、
「みんなのために頑張ってきます」
なんて口が避けても言わなかったし、言うつもりもなかった。
俺はバドミントンが下手だった。
オリンピック代表にも選ばれるような奴が何を、そう思うかもしれない。だが本当だ、俺はセンスもなければ、運もない。一言で言えば「向いてない」それに尽きる。
ただ、プライドだけは人一倍高かった。
負けたくない、その悔しさだけで、人一倍練習をした。
他の奴が休んでいる時、気分転換しているときもただひたすら練習した。
年末年始、冠婚葬祭、その他普通の人が休む時間もひたすら練習し続けた。
また、練習が足りなくて負けたやつを見下した。練習が足りなくて負けたのだから、自業自得、それが自然の摂理なのだから。
そうやっていつしか俺はオリンピックの代表に選ばれるまでになった。
そして記者から、「みなさんに一言」そう言われたときに、俺はこう言った。
「別にありません。自分がやってきたことを発揮するだけです」
この言葉に嘘はない。俺は頑張った、たくさんのことを犠牲にした、いわゆる普通の人々が遊んだり、楽しんだりしている時間を犠牲にして、今自分はここにいるんだ。それを発揮するだけ、他の人は関係ない。それだけ。
ただ俺はその直後、コーチの恩田常吉に呼び出された。
恩田常吉はバドミントンのコーチ界では最も著名であり、俺もその教育実績を信頼していた。決して褒めない、コミュニケーションの8割以上は罵声。近寄ることさえ
その恩田から信じられない言葉をかけられた。その言葉を今でも覚えている。
「お前は何もわかっていない。代表の意味を考えたことがあるか」
その時の俺はこう答えたと思う、その答えに嘘はなかった。
「はい、代表選に勝ち抜いた者が代表です。それ以上の意味はありません」
その直後起きたことを、一瞬自分は理解できなかった。
突然視界が揺らぎ、右斜め前の視界が見えてきたと思うと、その直後、左頬に鈍い痛みが走った。そう、俺は恩田の握りこぶしで思いっきり殴られたのだった。
なんで? どうして俺は殴られなきゃならない?
一番の気持ちは疑問、それが正直なところだった。
「お前は周りを見たことがあるか? お前に憧れて、頑張ってくださいと言ってくれた人のことを考えたことがあるか?」
もちろんある。ただ、周りの彼ら、俺に負けた人たちは残念ながら努力が足りなかった。力が足りなかった、だから代表になれなかった。そこになんの間違いがある? 俺はその次の恩田の言葉に、殴られたことよりもっと強い衝撃をうけることになる。
「お前なんかより才能があって、努力して、力がある人はごまんといるんだよ! お前はただ運が良かっただけだ。多数のお前より素晴らしい代表になれるべき人の中で偶然お前が選ばれただけだ。お前はその多数の人の夢を偶然預かってるだけなんだ。何でそれが分からないんだ、そんな奴に私は勝って欲しくない」
技能以外のことを口にする恩田を見たのは初めてだった。そして何よりもその一言「勝ってほしくない」その言葉が俺の胸に強く刺さった。
俺は知らなかった。
恩田は昔、オリンピック代表どころか、メダル候補にまでなっていたことを。
しかし、世界選手権の際、相手の打ったスマッシュが運悪く眼球を直撃、その後片目の視力が落ちてしまい、そこから選手生命は絶望的になってしまったことを。
それから、恩田は暗黒の時代を迎えた。
全てに投げやりになり、人生を終えることすら考えたという。しかし、その今までの経験を後世に活かすということに生きる活路を見出し、今までその生命をつなげてきたということ。
俺は浅はかだった。目の前しか見えていなかった。代表という立場は俺が勝ち取ったと同時に、多くに人から一時的に預かっている想いの塊だったのだ。
それに気づけなかった俺はその前回のオリンピック、優勝すら期待されていたにもかかわらず、ひょんなミスから一回戦で負けた。
あれから4年間考えた。
恩田コーチの言葉を胸に抱き、練習に励んだ。
そうすることでやっと今まで俺を支えてくれたスタッフの人たち、応援してくれる仲間、その意味を理解することができた。
そうやって俺はもう一度運良くオリンピックの代表に選ばれることができた。
そしてこれが今の俺の気持ちです。
この言葉が素直に言えるようになりました。
「ここまで来れたのは、みんなの支えがあったからです、みんなのために頑張ってきます」
みんなの為じゃなくて、自分の為だろ? 木沢 真流 @k1sh
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます