後編
小川先生の呼び出しは、単に来週配るプリントをコピーするお手伝いだった。しかも先生は私が今日の日直だと勘違いしていたらしい。先生酷いよ。
仕方なくお手伝いを終わらせて恐る恐る教室に戻ったが、純子ちゃんの姿がなかったので私は思わずホッとしてしまった。よかったのか悪かったのか、いや多分悪かったんだけど、純子ちゃんは先に帰ったようだ。きっともう呆れられちゃったよね。ごめん、でもこの気持ちは自分ではとうしようもないんだよ。
そう、私は気づいてしまったのだ。この胸のモヤモヤの原因に。あの時、啓介クンが私にコクハクしてきた時、もしも素直にウンと言っていたらどうなっていたんだろう。そうしたら私と啓介クンは今頃恋人同士になっていたのかな。
ううん、そんなことあるわけがない。だってあれは啓介クンが私をからかっただけだもん。でも……
「本気なんだけどな」
彼は確かにそう言っていた。本気……本気って……でももう遅いよね。今頃啓介クンと純子ちゃんは仲良く二人で過ごしているに違いない。そうなったのは自分の責任だし、啓介クンも純子ちゃんも悪くない。悪いのはほかでもない、素直になれず自分の気持ちに正面から向き合おうとしなかった私自身だ。
もうキスしちゃったのかな。そう思うと自然に涙が溢れてきた。失ってから初めて気付くなんて都市伝説の類いか何かだと思ってたけど、今の私がまさにそれだ。
啓介クンは私のだもん。誰にも渡さないもん。でも、もうこの手に啓介クンの温もりを感じることは許されない。啓介クンは純子ちゃんのもの。私の初恋は、終わってしまったのだ。
頬に伝う涙を拭う気にはなれなかった。どうせ放課後、部活している人は校庭とか部室だし校舎に残っている人はほとんどいない。誰に見られるということもないのだ。
私は力なく昇降口に向かい、そして上履きからローファーに履きかえる。鞄が重い。鼻の奥が痛い。胸が苦しい。消えちゃいたい。うつむきながらそう思って歩き出そうとした時、私の行く手を
動揺した私は二人の横をすり抜けようと走り出したがそんな隙間はどこにもなく、啓介クンにあっさりと捕まってしまう。
「今度は逃がさねえよ」
「あ、あの……」
「あおいちゃん、どうして
「だ、だって……」
「お前泣いてんのか。ほら」
啓介クンがハンカチを差し出してくれた。ハンカチなら自分のもあったんだけど、思わず私はそれを受け取っていた。
「あおいちゃん、私あおいちゃんに嫌われちゃったのかな?」
「え? ちが……」
「
「……」
やっぱりもう啓介クンは私のじゃなくなっちゃったんだ。私の啓介クンはもういないんだ。
「や、
「あれ? 違ったっけ?」
今さら二人は何を言っているんだろう。たった今純子ちゃんが私の啓介クンをとったって言ったばかりじゃない。
「あおい、俺は八束さんのコクハク断ったから」
え、どういうこと?
「あおいちゃん、私フラれちゃったんだよ」
うそ、なんで?
「あの……意味分かんないんだけど……」
「だから! 私フラれちゃったの! これでも結構ショック受けてるんだからね!」
「八束さん、ごめん」
「普通そこで謝るかなあ。それだと私立場ないよ」
純子ちゃんが涙目になっていた。
「え……え……? 何で? 何でよ? 何で純子ちゃんフッちゃったの?」
「いや、俺が好きなのお前だし」
「そう言われて私はフラれました!」
純子ちゃんの頬にも涙が流れていた。あれ、私今どんな状況なの?
「あおい、LINEした時お前、八束さんが俺にコクるって知ってただろ」
「う……それは……」
「その時に言ってくれてりゃこじれなかったかも知れねえのに」
「だ、だってそんなの言えるわけないよ!」
「まあそれは確かに。とにかくだ、八束さんには申し訳なかったけど俺はコクハクを断った。理由は言った通りだ。分かるな?」
「ちょ、ちょっと! そんなこと何度も言ったら純子ちゃんが……」
「いいよ、私は大丈夫。誰かさんみたいに逃げたりしないから」
「う……ごめん……」
そう言って泣きながら微笑む純子ちゃんは本当に可愛いかった。こんなに可愛い女の子をフるなんて、やっぱり啓介クンは脳筋だ。バカだ。
「で、お前は俺のコクハクにどう応えるんだ? 言うまで逃がさねえし帰さねえからな」
「それって脅迫だよ、セクハラだよ、パワハラだよ」
「ハクだのハラだのうっせえよ。いいから応えろ。じゃねえと八束さんにも失礼だぞ」
「そ、それは……」
「あおいちゃん、ちゃんと言ってくれないと私、諦められないよ」
「純子ちゃんまで……」
「八束さんの気持ちも少しは考えろよな。うじうじしてるお前と違って八束さんは心からお前のこと心配してたんだぞ」
「うじうじって酷いよ」
「じゃ、してなかったのかよ」
「し……してました……」
少しの沈黙、そして三人とも噴き出していた。何かヘンな感じだけど、空気的にここは私の素直な気持ちを言わなければいけないってことだよね。でもさ、それってめちゃくちゃ恥ずかしいよ。こんな恥ずかしいこと、純子ちゃんはちゃんとやってのけたんだよね。そして……
「お、やっと言う気になったか?」
「な、何で分かったのよ!」
「だってお前、茹でタコみたいに真っ赤だぞ」
「……! け、啓介クンのバカ!」
「ば……バカって何だよ!」
「うぅ……だ……だだ……」
「だだ?」
「大好きっ!」
「きゃー! あおいちゃん!」
純子ちゃんが抱きついてきた。こんなにいい匂いがしてどこもかしこも柔らかくて気持ちいいのに、啓介クンはどうして私の方がいいって言ったの?
ってあれ、これじゃ私まるでヘンタイじゃん。
「純子ちゃん、ごめんね」
私もまた涙が出てきた。
「いいんだよ。村主君があおいちゃんのこと好きなのは分かってたし。でも、私も村主君が好きだったのは本当だから、幸せにならなかったら許さないぞ」
「う、うん。分かった」
「よし! 私も新しい恋を探すんだ!」
「純子ちゃんならすぐに見つかるよ。こんな脳筋よりずっと素敵な人が」
「それ、勝者が絶対に言っちゃいけない言葉だけど、あおいちゃんなら許す」
「え? え? 私また何かやらかしちゃったの?」
「俺のこと脳筋だのバカだのって言うけどさ、お前こそかなり足りてねえよな」
「ひ、酷い!」
それからしばらく三人でおしゃべりしてたが、キリのいいところで純子ちゃんは帰っていった。来週また会おうって約束が、こんなに待ち遠しくなるなんて思わなかったよ。
「なあ、あおい」
二人になってからの帰り道、私は絶賛赤面中だ。でも夕陽のお陰で少しくらいは誤魔化せてるかな。今朝は赤面がこんなに嬉しいことになるなんて思ってもみなかったよ。
「なあに?」
だから啓介クンの言葉に、ちょっとだけ可愛いらしく反応してみた。
「キス……させろよ」
「……」
「あおい?」
「啓介クンのバカ! 絶対イヤ!」
そう言って私は、啓介クンのほっぺに唇を触れさせた。すべすべの肌、ほんのりと香るシャンプーの香り、その全てが愛おしく感じられた。
///////
ちょっとしたバレンタインの贈り物です。
受け取ってくれますか?
///////
三度目のキス 白田 まろん @shiratamaron
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます