中編
『なあ、
その日の夜、
きっと純子ちゃんからメッセージが来たんだろう。彼女は啓介クンと私が一緒に下校している時に交ざってきて、それとなく連絡先を交換していたのだ。それもごく自然に、本当に軽いノリでって感じで。純子ちゃんが彼のことを好きだって知ってた私は、その鮮やかな流れに思わず舌を巻いてしまった程だった。
『さあね、知らない』
ウソだ。放課後彼女は啓介クンにコクハクするって言ってたし、話したいことというのは間違いなくそのコクハクだろう。なのに私は胸の中のモヤモヤとザワザワのせいで、彼にそのことを教える気にはなれなかった。あれ、どうして私はモヤモヤ、ザワザワしてるんだろう。
『何だよ、使えねえな』
『悪かったわね! おやすみ!』
送ったのはメッセージとあっかんべえをしたアイコンだった。普通女の子が改まって話をしたいなんていうのはコクハクか、付き合ってる同士なら別れ話とかに決まってるじゃない。純子ちゃんと啓介クンは付き合ってるわけではないんだから、そう考えればすぐに見当つくでしょうに。あんなに女の子にモテるクセにそんなことも分からないなんて、本当に啓介クンは脳筋だ。
『やっぱりコクハクとかされんのかな』
ところが私の送ったメッセージを無視して、彼はやり取りを続けようとしているようだ。もしそうだって応えたら、啓介クンは喜ぶのかな。
『だったら付き合えば?』
そう返信しようとして入力した文字を消した。
『コクハクされたら付き合うの?』
本当に聞きたいことはこれだった。でもそれも消す。
『分かんないよ』
結局悩んだ末に私が返信したのはこの一言。
『そっか。なあ、あおい』
『なに?』
『やっぱいいわ、何でもない。おやすみ』
『う、うん、おやすみ』
最後に彼は何を言おうとしたのだろう。やだ、気になって眠れないじゃない。そう思った五分後には、私は寝息を立てていた。寝つきがいいのは私の特技だもん。
翌朝私はいつもより早く家を出た。いつも通りだと必ず啓介クンと一緒の登校になるからだ。彼がいつどこで純子ちゃんと話をするのかは知らない。もしかしたらもう二人は付き合うことになってるかも知れない。
啓介クンに限ってLINEのメッセージなんかでコクハクを受け付けるようなことはないと思うけど、それでも相手はあの純子ちゃんだ。もし私が男子だったらコクハクされる前にオーケーしちゃうくらいである。純子ちゃんはクラスメイトなので学校に行けば会うことになるだろうけど、今日は出来れば啓介クンとは顔を合わせたくない気分だった。なのに……
「あれ、あおいじゃん、今日は早いな。日直か?」
「け、けけ、啓介クン? どうして……?」
「俺の名前で噛むなよ。俺も日直なんだ」
「そ、そうなんだ。じゃ!」
「いやいや、待てって。じゃ! じゃねえだろ」
「私急ぐから」
そんな私の腕を啓介クンが掴んで引っ張ったもんだから、バランスを崩して転びそうになる。ところが彼はそのまま腕を引いたので、私は抱きしめられるような感じになってしまった。いや、感じじゃなくて抱きしめられていた。
「け、啓介クン……!」
「あ、わりぃわりぃ」
どうしよう、心臓バクバク。自分でも分かるくらい顔とか耳が熱い。今の私、きっと真っ赤だ。これでまた啓介クンにからかわれる。そう思って身構えたのに今日の彼はそれ以上言葉を続けようとするでもなく、拍子抜けするくらいに私を優しく放してくれた。
あれ、どうしていつもみたいにからかってこないの?
「
そこに現れたのは純子ちゃんだった。なんだ、そういうことか。私は分かってしまった。彼が日直というのが本当なのかどうかは別として、二人はきっとこの時間にここで待ち合わせていたのだ。私がいつもの時間に家を出ていたら絶対に会えないタイミング。私はとんだお邪魔虫というわけだ。消えたい。
「お、おはよう、純子ちゃん。ごめん、先に行くね」
「え?」
「あおい、ちょっと待てって」
「あおいちゃん?」
今度こそ私は啓介クンに捕まることもなく、ダッシュでその場から走り去ることに成功した。だって、泣きそうだったんだもん。
そうして私はその日、授業が終わる度にソッコーでお手洗いに駆け込み、純子ちゃんと顔を合わせたり話したりしないようにした。お昼休みもお弁当を持って誰もいない理科室で過ごした。目玉が飛び出たように見える人体模型がちょっと怖かったけど我慢したよ。
授業が始まるギリギリに席に戻ると純子ちゃんの視線を感じたが、とにかくうつむいて一日を乗り切ろうとがんばった。がんばったっていうのはちょっとヘンかな。でもとにかく私はがんばったんだ。今日が過ぎれば明日は土曜日で今週はお休み。少なくとも月曜日までは純子ちゃんとも啓介クンとも会わずに済む。だから何としてでも今日を乗り切らなければいけないのだ。
問題の先送りでしかないっていうのは分かってる。分かってるけど、今は何も考えたくない。そして待ちに待った六時間目の授業の終わり、その日の最後の授業が終わった瞬間、私は鞄を持って教室を飛びだそうとした。その時だった。
「あ、
六時間目の授業は担任の小川先生の受け持ちだった。その小川先生は、無情にも私を職員室に呼び出したのである。ワタシ、ナニモシテナイヨ。頭の中は真っ白になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます