12人目 遺品少女

本案件はやたらと処理件数が多い。

今夜中にこの案件を処理しなければならないのに、事前情報と違って魔法少女が無数にいる。

今回も、情報部は役立たずらしい。


私は魔法少女の名簿化を進める一般財団法人に勤めている、一般的なサラリーマンだ。

寡占業界と人材不足のせいで、行う業務は多岐に渡る。

今日はとある都市にある、魔法少女の遺品を回収しに来た。


対象:少女O

確定能力:人間の声の増幅、物体への定着。


彼女の魔法は、要するに、声の録音をすること一点に絞られていた。

炭素でも無機物でも、それこそ朝食べていたパンにすら、録音が出来るのは便利かもしれない。

だがそれだけの、決して便利でもなければ、応用性も低い魔法だった。


先日、彼女は交通事故で亡くなった。

声の定着では、彼女自身を死から救うことは叶わなかったらしい。

しかし魔法が魔法だ。彼女の遺品には魔法の残滓がこびりついていた。


魔法によっては残滓ですら、人の生命活動に影響を与えることが少なくない。

普段ならばそういった分野に携わる会社が回収を行なっているが、最近はかなり忙しく断られる案件も増えてきた。

2020年に向けてどこの業界も活性化しているからだろうか。



「どうか頼むよ。」

エージェント969に手を合わされたのは昨日の話だ。

「効果がしょぼすぎて、どの団体も欲しがらないんだよ。でも何処かの会社が回収しなきゃだし、俺自身は手を離せない案件がある。なのに、ちょっと借りがあって断れなくてさ。」

缶コーヒーを奢ってくれたから何かと思ったら。

社内のラインナップに悪評がある自販機の前で頭を下げる先輩に、私は笑いかける。

「魔法少女の遺品の回収だけですか?」

「そう、それだけ。簡単だろ?」

「わかりました、先輩の頼みなら断れないですよ。」

「ありがとう、エージェント32ならそう言ってくれると思っていたよ。」

彼は背筋を伸ばす。

「あ、もう担当者として情報登録は済ましてあるから、あとは情報部から情報を受け取るだけ。」

「ありがとうございます。」

私は頼みを引き受けた側なのにお礼を言った。

「じゃあ、頼んだよ。」




あの時断っときゃ良かったな。

「ぁぁぁぁあああ!」

叫びながら向かってくる魔法少女たちの頭を、丁寧に撃ち抜いてやる。

愛銃が撃ち出した光線は狙い通りに曲がって、眉間から彼女らに熱を通した。


私が現場に到着した直後からこの調子だ。

彼女らの叫び声を統合して考えるに、秘密裏に回収を行おうとした団体が別におり、随分と手荒なことをされたらしい。


企業として設立された団体ならば我々の情報網から漏れて、現場でかちあうことは滅多にない。

考えられるとしたら、無認可団体。

気取った業界人はアンノウンと呼んでいる。我々がただ単に財団と呼ばれることすらあるのとは大違いだ。

それらは、魔法生成物や魔法少女そのものの獲得を目指して、現場に現れる。

我々なんかは名簿付け以外の業務はかなりなおざりの為、お互いに中立的な立場で接しているが、とあるシンクタンクみたいに競合となると血で血を洗うこととなり、大変なのだという。

昨日まではその知人の苦労談を笑ってすらいたのだが、次からはもっと優しくしよう。


過疎化が進んでいるとはいえ人目のある街中なのに、魔法少女もアンノウンもお構いなしだった。

群れなした鳩が一人の少女の指差した方向に、弾丸のように飛んでいく。

一人の少女は発光物を手に何かを呟いていたが、音と共に倒れ臥す。

まさに闘争といった光景が眼前で繰り広げられている。


ここまで騒ぎになると、記憶処理も容易ではないだろう。

記憶処理を生業とする企業もあるが、明日は彼らの事務所が大騒ぎとなりそうだ。

私は知り合いもいない会社に手を合わせる。

明日から土曜日と日曜日だってのに災難だ。


アンノウンが発しているであろう音が途切れる。

もしや全滅したのか?

同じことを考えたであろう魔法少女の一人が水晶玉を覗く少女に問いかけ、彼女は応じて首を振った。

魔法少女に関わると、どこの団体も逞しくなるものらしい。


何を考えたのか、魔法少女の一団がビルの屋上に並び立つ。


「誰だかわかりませんが、全員、帰ってください。大井さんの、あれは、絶対に渡さない。」


どうやらあれが首謀者のようだ。

遮蔽物のないひらけた場所で、大見得を切る彼女を視界に捉える。

ふわふわとしたワンピースは煤で汚れ、疲れを知らない艶やかな黒髪は乱れていた。

周囲には数人の少女が同じように並び立ち、彼女に寄り添うように立っている。


先程処理した魔法少女を含めれば、ちょっとした小隊か学校のクラス一個分の人数だ。

これだけの数の魔法少女が一堂に会するのはなかなかお目にかかれるものではない。


「まだ続けますか。私たちは。」


「危ない!」

少女の一人が首謀者を庇って撃ち抜かれる。

「貴様らぁ!」


彼女が何を言いたかったのかはさっぱりわからないが、事前の根回しの大切さを実感させてくれる。

一斉に物陰に隠れたつもりの彼女らを見ながら思う。


この人数で守る必要がある魔法生成物とは、どれだけの価値があるのか。


ともかく、あの集団を一人で相手にするのはなかなか骨が折れるな。

私は社用携帯電話を滑り出し、本社の内線番号を素早く打ち込んだ。


「タワー6、聞こえますか。」

「エージェント32、問題なく聞こえているし見えている。」

「魔法少女の数が報告よりも多い。支援を要請します。」

「本案件は原価がかなり厳しい。何とかならないか?」

これだから本社は、と現場の人間らしいことを心の中で呟く。

「魔法少女に加えて、アンノウンに遭遇した。案件の放棄さえ認めてもらえるなら構いませんが。」

沈黙する本部に、エージェントらしく社内営業の交渉を持ちかける。

「一回援軍を送って、報告にないアンノウンに撃退された。そのせいで案件が失敗したとなれば、責任は調査部に帰結しませんか?」

「要請を受諾する。これより、エージェント969の部隊が合流します。」

「え、エージェント969?」

「何か問題でも?」

「いえ、別に。」


仕事を振ってきた張本人に再び業務が戻ってしまった、しかも厄介な案件となって。

先輩に無能だと思われるかもしれない、心象はけっして良くはないだろう。

気まずい心持ちで愛銃を撫でる。


「あー、聞こえる? 32ちゃん。」

エージェント969の声がそのまま社用携帯電話から聞こえてくる。

「はい。」小さい声で返事をする。

「ま、しゃーない。不運だったな。」

「すみません。」

「良いって。対処、がんばろう。」

当然の返答であるはずだが、社会では稀有な返答だ。

少し泣きそうな私に彼は言う。

「100秒後に隊員が到着する。それまで頼むよ。」

秒数で言われると、単位が百万からのときと同じく、理解しづらい。

「承知しました。」

気軽に返答してから、即刻後悔する。


屋上で仲間を失った悲しみにくれる一人が、私の目を捉えたのを、私も見た。

物事が動き始めてから異議を申し立てることは難しい。

瞬間移動してきた彼女らに、私は銃口を向けた。



「これが、それ?」

「そのようです。それより、そんな身体で動いて大丈夫ですか。腕の、その、骨が見えてらっしゃいますが。」

「心配してくれてありがとう。かなり丈夫な方だから気にしないで。」


私は密かに体組織を魔法で生成し補いながら、他部署の財団職員に返答する。

手脚がくっついているのが不思議なくらいだが、問題なく行動出来る。

魔法を使える身体というのは、とても便利だ。

何より働きやすい。

身繕いには時間がかかるため、髪型や服をはじめとする身嗜みは、社会人にあるまじき滅茶苦茶さになるのが欠点ではある。

さっさと仕事を終わらせるべく、その物へと近づく。

エージェントというのは化け物ぞろいと、他部署で噂される訳だ。



それは変哲のない丸いペンダントトップのついたアクセサリーだった。

子供の頃に好んで集めたような、ちゃちなガラス玉。

禍々しい魔力を帯びてはおらず、何らかの可能性すら感じさせない。


ただ、それは一人の魔法少女の声を響かせていた。

まるで事故にあった直後に録音されたかのような、掠れた声だ。

どうやら知り合いの名前を一人一人挙げて言葉を残しているらしい。


「返せ、返せ。それは大井さんの最期の言葉なんだ。」

地面に伏しているワンピースの少女が、私のパンツスーツの端を掴む。


「エージェント969、これが例の物のようです。」

「あー、危険性も価値も一切ないな。魔法少女が集まっているものだから、アンノウンは価値があると勘違いしたのだろう。」


崩れたビルの向こうにいるらしい先輩に、内線電話で報告すれば、こともなげに彼は言葉を返す。


「それにしてもあれだけの人数の魔法少女、よく集めましたね。」

「魔法を教えあって増殖したのか、今はネット世代だから人の輪が繋がりやすいからか。32、帰ったら調べてもらうよ。」

「あー、はい。」

「良かったじゃないか、念願の内勤だぞ。」

そうだけれど、少し虚しい任務だ。



電話をしている内に、魔法少女は事切れていた。

「魔法的に価値のないものなのに、どうしてこうも抵抗したんだろうな。」

エージェント969の物言いに黙り込んでしまう。

反論するほどには人間はできていないが、何も思わないほど大人をできていない。

「回収班がその魔法生成物も一緒に回収する。貴女は置いて帰ってきてくれ。」

「承知しました。」


私はそのごみを地面に落とした。

狙い通り、それは魔法少女の死体の手の内に丁度収まった。

運が良ければ一緒に回収されて、共に不要だと判断されれば、一緒くたに埋葬されるだろう。

死後の世界への、せめてもの餞となれば良い、なんて虫が良い話だろうか。


「お疲れ様、缶コーヒーの奢りじゃ割に合わないかな?」

「はい。次は焼肉でお願いします。」

969の笑い声と共に、電話が切れる。


早く帰って酒が飲みたい。

私は駅まで徒歩十分の距離なのに、タクシーを使うことにした。

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エージェント32と魔法少女の名簿 小早敷 彰良 @akira_kobayakawa

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