11人目 批判的綿少女

「あまいものたべているのに、かろりーがないふしぎ。」

「たべるというこういにしつれいでは?」

「えいようもとれないのに、なぜくちにいれているの?」

「うるさいなー。くちのなかがたのしければいいんだよ。」

「口調が感染っているぞ、エージェント32。」


わらわらわら、と、喋る綿にまとわりつかれながら、私たちは元凶を探していた。

綿にまみれる幸せな仕事をしているわけではない。

掃除機で髪ごと吸われながら、私は霹靂としていた。

私の仕事は魔法少女を戸籍の様に名簿に登録することと、危険性のある魔法を行使する場合の対処だ。


数週間前、私たちはとある魔法少女を捕捉し、名簿付けの協力を得ようとした。

その時、彼女は魔法を私たちに行使し、逃亡した。

それ以来、足取りも理由も、魔法の解除条件もさっぱりわからず。


そういう訳で、私たちは魔法で出来た生きた綿にまとわりつかれながら、魔法少女の捜索の仕事を行なっていた。


「えーじぇんと40や32。なんですうじがばらばらなの?」

「退職だとか、空いた番号に割り振っているからだよ。」

「えいきゅうけつばんもありそう。」

「よんやなながおすすめ。」

「いわくありげなすうじ。」

「ぜろななにーとか?」

「その姿で下ネタかよ。」

「おとしごろゆえ。」

「成長すんのかよお前ら。」

「さあー?」


エージェント8は、先程から永遠と会話を繰り返している。

掃除機の音も耳障りだ。

何枚目かの書き仕損じをシュレッダーにかける。


それは、批判的な綿だった。

魔法で生成され、白くふわふわして一対の目を持つ、手のひら大のナマモノ。

見た目は無機物的でありながら、どこかコミカルな動きを繰り返している。


それらは、今この瞬間も、とある貸し事務所に缶詰となった私たちの周りを漂っていた。

魔法少女が、エージェント40を隊長とする分隊に魔法をかけてから、その喋る綿は隊員一人一人が立つ場所から、無数とも言えるほど発生していた。


「てがとまっている。」

「もらとりあむ?」

「ぎりぎりだいがくいんせいのおとしごろだから?」

「社会人を頑張ってるよ。」

「こどものえんちょうせんじょう?」


一番の問題は、可愛らしい見た目で、人語を喋り、絶えず批判を繰り返す点だ。。

愛嬌に誤魔化されそうだが、これは魔法生成物。

まともな代物とは決して言えないのだ。


それなのに、職員の半数がにこにこと世話を繰り返していた。

ケースに集めて会話とも言えない散発的な言葉に耳を傾ける者もいる。

会話をしようと集めては、うっとおしがられている者すらいる。

これはエージェント40のことだ。


私はといえば、ざわざわした落ち着かない環境に疲弊気味だ。


「さんじゅうにはみけんにしわをよせてばかり。」

「よゆうがないのと、かっこいいはちがうこと。」

「よゆうたっぷりがこのまれるじだいみたい?」

「わかってはいるけれど、実践が難しいんだよねぇ。」


貸し会議室の持ち込んだパソコンの設定が普段と違うために、あたふたとする。

魔法少女が生成した物を本部に持ち込む訳にはいかない為、貸し会議室での活動を余儀なくされている。

原因である魔法少女を発見して魔法を解くまで貸し会議室の費用は嵩んでいく。

ボーナスがなくなる前に彼女を見つけなければ。


「かまってくれないいけず。」

「もてるひけつはとりあえずかまうこと?」

「どうじへいこうですすめていくのだ。」

「私でなく、構ってもらえる人のところ行ってよ。エージェント40とか良いんじゃない?」


エージェント40はこの綿が大層気に入ったらしい。

ドールハウスまで購入して、綿の観察に勤しんでいる。


「可愛いなお前らは。ブログに載せたいくらいだ。」

「ブログ、やってたんだ隊長。」

隊員の一人がショックを受けた様に呟いている。

確か彼女は、隊長は渋くてかっこいい、と言っていたはずだ。

仕事と人格は別だと、つくづく実感する。


「きにしていないようで、なんだかんだとかまってくれるほうがよいせだい。」

「ちゃんとかまってくれるひとはおもたいの。」

「うまくいかないものね。」

「我儘だなぁ。」私は机を掃き清めながら答える。


この魔法少女を習得した魔法少女は、ずいぶんと賢い。

追尾型のそれは、私たちの集中力を狙い通り奪っている。


「まぁ集団なんだよな、私たちは。」

「エージェント32。聞こえてる、よね。」

「聞こえています。状況を。」

「きゃらがちがうね。」


その外注業者は綿の批判を黙殺する程度に、優秀な人物だった。

長い黒髪に細い手足、洋服メーカーの発売する制服もどきに身を包む女子。

彼女は野球のバットを背負っている。


彼女は現場代理人の代行業者、名前は柞葉と名乗っている。

要するに下請け業者だ。

下請法は彼女らに適応されているのかは知らない。

エージェントによっては、彼女の様な下請けを沢山抱えて、彼女らに仕事をさせて、自身は月に一度しか出社しないという者もまでいるらしい。

裁量労働制の拡大解釈過ぎやしないだろうか。


朝の弱い一般社員の私は、パソコンに映し出される彼女に目を向けて、驚愕した。



彼女は正に、探していた原因、魔法少女と対峙していた。



対象:少女F

確定能力:自律行動を起こす物体の生成、使役。



「もっと早く報告してくださいよ!」

私は会議室中に響き渡る声を上げてしまった。

「言おうと思ったが楽しそうだった。空気、読んだ。」

「学生的に読まないで! 仕事の話なら優先出来る空気だったからね?」

「ごめんなさい。」

気を取り直して、彼女に指示を出す。

「情報収集を。」

「がってん。モードは。」

「手荒最短モード。」


彼女はバットを真っ直ぐに魔法少女へ向けた。


魔法の杖というのは、古今東西真っ直ぐな木の棒が多い。

何故かは諸説あるだろうが、この都会においては自然な木の枝を手に入れるのは難しい。


また、魔法というのは魔法少女の想像によるところが大きく、魔法の杖を必要とする者も実は少なくない。


魔法少女に向けたバットの先端から、ぱすっと音が鳴る。

同時に魔法少女の肩には大きな穴が空いていた。

彼女は既に名簿登録を済ませた魔法少女の一人だ。



対象:少女I

確定能力:空気の圧縮、拡散。



名簿付けの数日後、下請けの業者として派遣されてきた彼女を見て、ひっくり返ってしまったのは懐かしい思い出だ。

決して珍しくない、汎用性の低い能力かと思いきや、なかなかどうして暗殺や隠密行動に向いている。

下請けとしてはかなり理想的だ。


肩を撃ち抜かれた魔法少女は叫び声一つあげなかった。

代わりに笑い声交じりに語る。


「そろそろ彼らが孵化する頃ですね。」

ふはは、と抑えきれない高笑いが漏れる。

「本部は壊滅状態でしょうね。可愛らしい見た目に騙された浅はかな自分を恨んでください。」

柞葉が小首を傾げるのを見もせずに、彼女は遂に嗤う。

「その綿は数日でその場の人を喰らって成長するんですよ。圧力をかければ簡単に死ぬのに、それすらせずにまとわりつかせるに任せる人ばかり。」

「随分と、見て来たように予想するな。何回も使ったんだな、その魔法を。」

「便利な上に、可愛いに殺される様は何とも愉快ですから。」



「ですってさ、エージェント40。」

「そりゃあ残念だ。」

「残念です。」世話をしていた隊員は言う。

「じゃあな。」エイトは顔を背けた。



掃除機に吸われて集められていた綿は、吸引力のまま圧縮されて、消滅した。



「大人って感性より効率を優先しがちだから。」

柞葉が締め括るのを、少女は呆然と聞いていた。

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