10人目 ナイトメア少女

関係者 各位


来月の監査に伴い、今月は残業申請強化月間と致します。

各部署の関係者におかれましては、責任者の選出含め、ご協力の程、何卒宜しくお願い致します。




私は魔法少女の名簿付けを行う、零細の財団法人に勤めている。

業務内容は魔法少女の登録から保護、処理まで。

もちろん残業が発生することもある。

申請すれば満額支払われる残業代には、私も満足している。


そんな、零細の財団法人とはいえ、企業としてこの国に存在している以上、法の順守は免れるものではない。

業務内容の不透明さは、様々な省庁の不信を呼び、時たまこうして監査が入る。

大量の銃器さえ隠してしまえば簡単に慈善団体に見せかけられる、らしい。


とはいえ、様々な事象に神経を尖らせる時期であることは事実。

いつも以上に申請ごとは間違いなく行おう。


我ながら社員の鑑ではないか?


そう思ったのは、つい数時間前。

急ぎの案件もなく、定時退勤するときだった。



「この場合はどうやって残業申請すればいいんだろう?」


そういう訳で、この不可解な状態で真っ先に私が考えたのは残業申請のことだった。


目が覚めたらそこは雪国だった。

裸足に、着心地の良さだけを追い求めた地味なパジャマ。

胸元がきついために大きく前を寛げて間に合わせている程のだらしない格好。


手足がみるみるうちに冷えて傷んでいく。


申請しようと思ったら、明日は報告書の作成で潰れそうだな。

考えながら、末端神経の信号を受け取らないように、魔法で脳みそをいじる。


みるみるうちに手足の感覚がぼんやりと散らばっていく様に薄くなり、痛みがなくなる。


この様な不可解な状況下でも、問題なく魔法が機能することに安心する。

それが、ここの場所が地球上であることを示すのか、私の魔法の特性によるものなのだろうかが問題だ。


物思いに耽る私の前に、一人の男が、まるで炭酸の泡が立ち上るかのように、突如として現れた。

短く切り揃えられた白髪に浅黒い肌、三白眼は冷静にこちらの動作を伺っている。

彼も部屋着の、黒いジャージ姿だ。


不可解な場所で不審な人物に出会ったらどうするか。

まずは情報収集だ。


「初めまして。」手を振って見せる。

「どうも。」彼も気軽な様子で手をあげた。


そして、愛すべきカラシニコフAK47を生成し、銃口を向けてやる。


瞬間、彼は、袖口に隠していたハンドガンを滑り出して応じてくる。


「ここはどこだ。お前は誰だ? 俺を拉致してどうする気だ。」

「それは私も聞きたい。魔法少女の関係者かお前は。」

「魔法少女を知ってんのか、てめぇは。」


「あ。」

エージェントにあるまじき、口の滑らし方だ。


彼は言う。

「そんなでかいライフル持っているやつが、一般市民ってこたァないだろうな?」

今度は私が目を瞬かせる番だった。

「いえ、一般的な社会人です。」

「まさか。」彼は笑った。

「安心しろ、俺も魔法少女のことを知っている。」

「どうしてです?」

「俺ァ、模倣呪術シンクタンクに勤めていんだよ。」

「同業他社じゃないですか。私はポシビリティー開発財団法人に勤めています。」

「八重洲の?」

「そうです。」

「ライバル企業じゃねぇか。」


魔法少女に関わる団体は決して一つではない。

私の所属する、名簿付けと魔法と経済の分化を進める零細企業だけでなく、魔法の使用と利用を行い、経済活動を模索する企業だってある。


模倣呪術シンクタンクはその中でも、未来予測や精神と頭脳に作用する魔法を集めた大企業だ。

国家規模の情報屋と乱暴に言えば、分かりやすいだろうか。


賢明な皆様ならお気づきだと思うが、真っ向から反対の理念を掲げている為、私たちは競合企業の人間ということになる。


そして現状、明らかに魔法少女に絡む現場のど真ん中。

魔法少女の獲得を目指し、殺し合いが起こるかって?


「なら話は早ぇ。これはどう考えても魔法少女の行いだよな?」

「おそらく。しかも雪山に寝間着姿で放り出すことを考えると。」

「悪い魔法少女だなァ。」


まさか、現場レベルの人間がそんなことしていられない。


「協力しよう、あれを調べようぜ。」

「承知しました。」


彼が現れた時と同じく、それは同時多発的に発生した。

それは至る所に変哲な所しかない、矢印の看板だった。


矢印の右半分は液状化しており、平面的になった時計は溶けて引っかかっていた。

まるでダリの絵の様だ。


「あきらかに誘われていますね。」

「どうする、行くか? 外部に連絡を取ることを試みるか。」

「魔法少女が相手ですよ、ここが地球上かどうかすら怪しいでしょう。」

「行くしかないってこったな。」



「思ったよりも早く解決しそうだなァ?」

「なんとまぁ安直な魔法ですね。」


その奇妙な矢印の看板を辿っていくと、虹色で飾られた十字架を掲げる教会へと行き着いた。

立て看板には、こう書かれている。


「悪夢の世界へようこそ、我々ゴールデンドーンは貴方がたを歓迎致します。」


その後には複数の同業の名前が羅列されており、その内には、私の所属する財団法人も、彼の所属するシンクタンクの名前もあった。


どうやら、私たちは、魔法少女の団体に呼び出されたらしい。

夢の世界とは、また派手な団体だ。


顔を見合わせる。

「俺は一従業員、一エージェントだぜ?」

「私もそうですよ。」


企業が動くにはいくつかの条件がある。

その一つがこれだ。

「俺たちが会社の代表として扱われる訳にはいかねぇよなァ。」

「役職者ならともかくですよね。」


私ごときに一番に話を持ってくるとは、お粗末な指揮官もいたものだ。

結婚などの私的な話ですら、現場に近いところでなく、上席者から話していくのが暗黙の了解だというのに。


「二つ名持ちなのですから、胸を張って入って来てくださいよ。」

そう声をかけてきたのは、天使の羽根を生やした少女だった。

名簿付けするとすれば、こうだろう。


対象:少女T(仮)

確定能力:悪夢の生成、人間の意識の取り込み。


「是非入ってください。お話ししたいことがあります。」


私が1番最初に思ったのはこうだ。

たかが魔法少女が、アポイントもなしに何を言っているんだ。


それよりも、彼女は聞き捨てならない言葉を言った。

二つ名、戦時中に優秀な軍人に付けて、内外の鼓舞に使ったとかいうあれ。

さっそく隣の同業他社の彼に、問いかけてみる。

「二つ名。付けられているって、知ってました?」

「初耳だァ。」

「魔法少女界隈では、貴方たちは有名なのよ。」

「本人たちが知らない、周知も曖昧な二つ名って、ただのあだ名じゃねえか。」

「自分で名乗ったと思われると恥ずかしいから、出来れば止めてください。」


「同胞の血で手を染めた悪魔どもに、選択肢があるとでも?」


そう言うと、彼女は白い羽をまるで猛禽類のように大きく広げて見せた。

彼女の敵意に、彼は困惑したように呟く。

「むしろ俺は魔法少女を擁護する側の人間なのだが。」

「彼女たち魔法少女は、こうなると聞く耳持ちませんよ。」

私は返す。

少女は憤怒の表情を浮かべた。

「交渉しようとすればつけ上がり、私たちを利用しやがって。」

彼女が口から、真っ白な羽が大量に雪崩出す。

一枚一枚地面に落ちる度、地面に鉄球を落としたかの様なクレーターがあく。

「人間との協業なんて、本当は嫌なんだ。あの人には悪いけれど、誰も来なかったということにさせてもらうよ。」


私たちは顔を見合わせた。

「どうします?」

「まあ、これなれば正当防衛だよなァ?」

「この状況の真相はわからず仕舞いとなりますが。」

「しゃーない。向こうは聞く耳を持たない。こちらの身は危ない。なら仕方ない。」

結局私たちは、いつものように、仕事に取り掛かることにした。



夢の記憶というのは短い。

私はその朝、目覚めて真っ先に、パソコンの検索画面に一つの名前を打ち込んだ。


実名式のSNSが彼の顔を表示する。

私は喝采の声を上げた。


「現場レベルでは交流しても問題はないよね?」

誰も聞いていない言い訳を口にしながら、私は彼へのメッセージ画面を立ち上げた。

第一文はもう決まっている。

「お世話になっております。夢の中であった者です。報告書について相談がございます。」

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