9人目 ループループガール
「お願いします。信じてください。」
「もちろん信じてますよ。」
休日、お気に入りのカフェ、まだ読んでいない新刊。
彼女は私の幸せの一式に、突然飛び込んできた魔法少女だ。
私はとある財団法人にて、魔法少女の名簿付けを進めている、いわば魔法少女のプロだ。
プロなので、目の前の少女の話した突飛な内容を、全て信じることだって出来る。
それはシンプルな問題と顛末だった。
ある少女を救う為に彼女は今日という天気の良い日を繰り返している。
そして、そのループの障害の一人が私。
数日後に調査部より情報を通知された私は介入を始め、彼女、少女Rを撃ち殺す。
私の業務上、全て起こり得る出来事だ。
名簿付けの過程で魔法少女の危険性というのも判明することもある。
危険性が高い場合には、保護と出来る範囲での処理を行うことも私の仕事の内に含まれているのだ。
対象:少女R
確定能力:時間遡行。
名簿付けを手早く済ませる。
この魔法は事の大きくなりがちな、厄介な魔法だ。
実例を挙げれば枚挙に暇がない。
そういうわけで、彼女が自己申告してきた内容に私は全く違和感を感じなかった。
問題は、彼女自身が私は彼女を信用していないと確信していることだ。
彼女の脳髄に、私の考えていることを直接打ち込んでやろうか。
魔法を使えぱ、DNA一つ一つに言葉を書き込むことすら可能だ。
実際にそれを行なった魔法少女はいた。
その少女は自身の自己肯定感の低さに悩んで、それをしたらしい。
理系に進学するか病気をしない限り、それを確認する術はないだろうに暇な子だ。
啜っていたアイスコーヒーのストローから音が鳴る。
ともかく、彼女の様な影響力の大きい魔法少女を処理したことは、確かにある。
だけれど、その未来の業務を処理対象から告げられるのは、初めてだ。
私は数日後、貴女に殺されます。
助けてください。知っていることは全てお話しします。
この様な潔く合理的な魔法少女はなかなか好ましい。
私は彼女の疑わしげな表情を真正面から受け止めた。
「そんなにあっさり信じて良いのですか?」
「くどい。」せっかく褒めたのに。
「だってどの時間でも、誰も、信じてくれなくって。」
「信じてもらうことを目標にするからだよ。信用じゃなくて協力さえあればよいんでしょう?」
信用と協力は同じじゃない。
よくわからないが、その通りになるからやっとくか、というのは魔法でも人間でも、どちらの世界でもよくあることだ。
「それじゃあ、あの子たちを利用している様で嫌なのです。しっかりと信じてもらってから力を借りたくて。」
「それは高望みだよ。」
彼女は目的と目標を混同しているようだ。
私はきっちりと彼女に言葉を教え込む。
目的を掲げるときは必ず一つ、それを達成するための目標は複数あっても良い。
貴女の目的は、友達の生存。
目標はその次に、優先度をつけて複数設定すること。
そして妥協も必要だ、友達が生きているならば腕の数は妥協するのも手だ、等々。
熱弁する私を、彼女はじっと観察していた。
ならば、と、PDCAサイクルの回し方から説明することにした。
これから貴女のすることは、計画、実行、評価、改善、の四つの行動だ。
回し続ければ継続的な改善が得られる、時間遡行よりもずっと簡単な円環。
途中、第三者の確認があれば尚良い。
何故こんなに熱心に熱弁をふるっているのか。
時間移動の魔法が厄介な理由の一つは、何を選んで何を捨てるか、世界の決定権が彼女にあることだ。
私が死んだ回の時間軸で固定されたら、私は死んだまま。
彼女には是非とも、私は有用だと信じてもらわなければならない。
彼女は何やら得心したように頷いている。
何が彼女の心に響いたかわからないが、成長の一端となったならば幸いだ。
それだけ私の生存率も上昇する。
次の瞬間、私の脇腹にカフェテーブルがめり込んで行く。
テラス席に突き刺さる鉄の棺桶、通称車が、それを弾き飛ばしたのだ。
人は死ぬ瞬間、脳内麻薬を生成する為、非常に気持ち良いらしい。
その説を提唱した誰かに味合わせたいくらいの痛みが、腹から拡散していく。
悪態と共に、自分の魔法で脳内麻薬を生成し、痛みを止める。
彼女の方を見る前に、後ろに向かっての風を感じた。
数々の作品で描かれている、時を遡る感覚は、確かに真実を伝えているのだ。
最期に考えることがこんな他愛ないことで良いのか。
なんだか笑えてしまった。
※
休日、お気に入りのカフェ、読んだことのある新刊。
見たことのある彼女は私の業務に、突然に飛び込んできた。
「突然すみません、テラス席から離れてください!」
「言われずとも。」
彼女の言葉が切れる前に私はテラス席から移動する。
移動した直後、車がテラス席を掠めて蛇行し、パトカーに追われていった。
魔法少女を処理してくれるのは良いが、もっと頭の良い方法を使ってほしい。
最悪なことに、私は彼女のループに巻き込まれてしまったらしい。
それは私が魔法を使えるからだろうか。
魔法ってのはやっぱりろくでもない。
「また会ったね、待っていたよ。」
私が彼女の記憶を有していることは、どうせもうバレているのだ。
何故か感激の色に頬を染めている彼女に、私は諦めの笑顔を向けたのはそういうわけだった。
死ぬ気ならば、カフェの千五百円のケーキセットを二つ頼む事も出来る。
私と彼女は再会記念と称して生クリームをたっぷりと頬張っていた。
「貴女の魔法の発動条件は?」
「私が死ぬか、あの子が死ぬ時。」
つまり、いつかの様に、この子を殺して時間軸を固定して終わり、というわけにはいかないらしい。
「貴女の友達を助けるまで、魔法の行使を止める気はないのね?」
「はい。ないです。」
きっぱりとした死刑通告に、私は頭を抱える。
友達との関係性は今後いくらでも変化していくことを、彼女は理解しているのか。
もはや執着だ、力を持つものはなんでいつもこうなんだ。
「どうやったら、私はあの子を助けられますか?」
「逆に貴女は何をしたの?」
何度目かの生クリームを私は頬張る。
「私たちが会うのは二回目だけれど、貴女、その間に何回も時間移動しているのではないかな?」
「分かってましたか。」
ループに巻き込まれているのに、私の関係ないところで時間遡行が始まる感覚は、何とも気持ち悪い感触だった。
お陰で口の中が上質な生クリームの味でいっぱいだ。
「お約束通り、知恵を拝借しに参りました。」
ただでさえ面倒な状況に、彼女は火をつける。
「こちら、今までのPDCAサイクルです。」
お洒落なカフェテーブルに彼女は学習ノートを山と積み上げた。
「考えつく全ての手段を行なって、行き詰まりました。」
元気よく、彼女は絶望的な言葉を吐いた。
私は胸焼けで吐きそうだ。
「さあ、評価をお願いします。」
これだけ試行して駄目なら駄目なんだよ、とは、涙の薄膜が張った目で見る彼女には言えなかった。
損切りが下手なところは、これから歳をとれば直るだろうか。
私は溜息をついてノートを手に取った。
諦めるよう説得するのは、この反省の後を読み終わってからにしよう。
※
休日、お気に入りのカフェ、覚える程読んだ新刊。
彼女は私の日常、何回も飛び込んできた魔法少女だ。
「先生、忘れているかもしれませんが、今までありがとうございました。」
彼女は深々と頭を下げる。
「覚えているよ。おめでとう、傷つけると時間が巻き戻る、裏社会のボス。」
仕方なしに答えた私に、彼女は最高の悪どい表情を見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます