8人目 小麦畑少女

よくあることだが。

知識として知っていたが、実際に見てみるのとは大違いだ。


私はとある農業大国の小麦畑に来ていた。


見渡す限りの黄金の波というべきか、私の貧困な語彙では、この光景を形容する言葉が見つからない。

言葉代わりの写真を、私は撮影する。

牧歌的そのものの風景が、何枚もカメラのメモリーに溜まっていく。


私個人のSNSに掲載したい程だが、機密保持の観点から禁止されている。

就業時間にSNSを触れることすら、本来は禁止されている。

昔、とあるエージェントが美味しいご飯のお店を見つけ、毎日写真を掲載していた。

その店はとある企業の研究所の隣にあり、そこと業務提携して、魔法少女の機密研究を行っていたのだ。

そして彼は、就職先を公開していた。

魔法少女というのも、意外と勘の良いものらしい。

三日連続で、日替わりランチを掲載した彼のおかげで、機密研究は終わりを迎えた。

あの終焉が、魔法少女による焼き討ちだったのか、事後処理によるものなのか、私は知らない。

このような心安らぐ風景を見ると忘れがちだが、魔法少女とは危険なものなのだ。


まだ見ぬ魔法少女、小麦畑を作り上げた主人を予想してみる。

身体を使うことに長けた屈強な女性という筋はあるだろうか。


それにしても、一人の外回りは気楽で良い。

旅行ならば数十万円かかるだろう旅費を気にせず、遠くに行けることも悪くはない。

多少手を汚すことはあるが、それはそれ。

仕事には、リスクとストレスが付き物だ。


農業に適した太陽が燦々と降り注いでいる。

黒スーツが、日光をたっぷりと吸って熱を持つ。

背負ったガンケースの重量に腹が立つ。

持った直後では、身を守るそれの重みに心強さを感じていたくらいなのだが。

ああ、もう面倒だ。

こっそりと自己強化の魔法を発動させ、脳内麻薬を分泌させる。

財団法人からお目こぼしされる程度の、効果範囲は極小の微弱な魔法だが、これでもうしばらくは気分良く歩けるだろう。

多用すれば副交感神経がぼろぼろになるが、エナジードリンクを飲んで働くのと何が違うのか。

労働は元来身体に悪いのだ。



「あそこがしーちゃんのいるところだよ。」

「それにしても、この畑に迷い込んでくるなんてお姉さんもドジね。」


車で通りかかった彼らは、肌の黒い三人組の子供達だった。

見た目では四、五歳であるはずの彼らは、さっそく男女の機微を理解した冗談を飛ばしていた。


霹靂とした顔を隠して、助手席から窓の外を眺める。

驚くべきことに運転しているのは子供、しかも私より運転が上手い。

車の運転は彼らの日常のことらしい。

アクセルに細工がしてあるだとかではない、彼らは魔法を行使しているのだ。

サイコキネシスと言われる類の魔法を駆使し、車を浮かせて飛ばすことが、彼らにとっての運転なのだ。


このような事態は、ままあることだ。

親切心から恵まれない子供に魔法を教えるなんて、見渡す限りの小麦畑を構築するような変人の考えそうなことだ。


ともかく、魔法少女だけでなく、問題も同時に増えた。

この近辺で魔法を使う存在が増殖しただなんて、一切報告に上がっていない。

帰ったら絶対に調査部に苦情を入れてやる。

考え込む私に、舌足らずであどけない声がかかる。

「お姉さん、お姉さん?」

「ああ、ごめん。何?」

私の髪を三つ編みにして遊んでいた二人のうち、一人が飽きたようで声をかけてくる。

「お姉さんってどこから来たの? こんな髪の色の人なんて、見たことがないや。」

言葉に詰まってしまう。

確かに薄い桃色の髪なんて、なかなかお目にかかれないだろう。

民族的にはあり得ない色を、好き好んでしているわけではない。

魔法で脱色と染色を繰り返すうちに、現実離れした髪色に染まってしまっただけなのだ。

きっと魔法の、現実を歪めるという本質に影響されてしまったのだ。

そんなことをどう説明すれば良いのか。

ちなみに、彼らはそろって黒髪だ。

「変な色ね。薄ぼんやりとして眠たげな色。」

私は憤然として、子供の放言に言い返す。

「この綺麗な桜色を見てそんなこと言うのか。」

「サクラの真似? あんな毛虫ばっかりの木、私嫌い。」

「変な色ー。」

人によって感性は違うことはわかってても、少しだけ、腹が立つ。

「このやろう!」

「あはは!怒った!」


彼らを見るうちにわかったことがある。

彼らは魔法を習得しているのに、魔法という概念を理解していない。

便利な機械があって、ボタンを押したら動いたから使っている、という理解すらしていないのだ。

幼子が、自らの手足が存在することに疑問を持っていないのと同じ。

それが現実を歪めている、と一切気づく要素もない。

身体年齢と精神年齢が一致していないのも、それが原因だろう。

自身に魔法を行使して、無理矢理に脳の発達を行なっていることに、彼ら自身気がついていないのだ。

人間でも、自己の行動を鑑みない輩はしょっちゅういるが、ここまではなかなかお目にかかれない。


「見えてきたよお姉さん。あれがしーちゃんと私たちのおうち。」


「いつから住んでいるの?」

「わかんない。しーちゃんは三年前からって言ってた。」


いよいよ本番だ。

私は愛の重みを肩に感じさせる、カラシニコフAK47に意識を向ける。

普段使っているものは、やはりWikipediaに掲載される程汎用的なものが良い、安心感が違う。

この間は酷かった。

お前は身体強化の魔法が使えるから、と、機関銃を支給されたのだ。

照準はずれるわ、辺りに銃弾と被害をばら撒くわで、身体強化どころか自己再生の魔法を常時発動させなければならなかった。


魔法は手に職の技術とはいえ、無茶を通す道理ではないのだ。

昨日の指揮官に対してしたのと同じように、このライフルでその事実を教えるために、私は一人で出張に来ていた。


対象:少女S

確定能力:植物の発芽、成長の操作。


そう、この広大な小麦畑は魔法少女によって作られていた。

この農地と農家は一年中、上質な小麦の輸出を行う農家として名を轟かせつつある。

土地の休眠期間をおかずに、一年中ひたすら刈り取りだけを行なっているとしか思えない、とは半狂乱だった、近隣農家の皆様の談だ。

経済活動として、例えば菓子を販売するために、魔法を有効活用しているなら、まだ財団としても理解を示せる。

何も考えていない輸出はいただけない。

どんな理想と方針を内包しているか知らないが、彼女の小麦は安価な飽食としてのみ消費されて、近隣の生活を散々に破壊しているのだ。

そしてどうやら対処出来てしまいそうな、防衛力は微弱な魔法。


そんな訳で私は派遣されてしまった。


「しーちゃん、お客さんだよ!」


運転している一人を除いた、二人が両手を前に広げた。

それはちょうど、ドアを開くのと同じ仕草だった。


「しーちゃん」の首は鬱血に塗れ、骨が折れているだろうシルエットを作り出していた。


「お客さんだよ。しっかり立たせて。」

「しーちゃんが死んじゃってから動かすの大変なんだよ。」

呆然とする私に彼らは言った。

「動いているものは生き物なんだよね、しーちゃんが言っていたの。だから私たちはしーちゃんを動かすの。」


魔法少女Sは事故か自殺かわからないが、既に死亡して、子供達の操り人形と化していた。

生死の分別を教えてから、逝ってほしかった。


調査部にはきつく苦情を入れなければならない。

どうやら危険性はないのだから。

この子供達が小麦畑の管理という概念を理解しているとは思えない。

早晩この畑は瓦解するだろう。


そうとわかれば話は早い。

「しーちゃん、ここにサインを貰えるかな? 魔法少女の名簿を作成しているんだ。」

ペンをその動く死体に突きつける。


一人の出張は気楽で良い。

対象の名簿付けさえすれば仕事終わりなのだから。

私は、対象外の子供達に、外向きの笑顔を消した。

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