7人目 無限増殖少女

「おはよう、エージェント32。昨日はよく眠れた?」

「おはよう、エージェント8。疲労のおかげでよく寝れたよ。」

「そうか、楽しんでくれたようで何より。」

昨日は休日だった。

偶にある土日出勤もなく、天気の良い日。

その陽気に誘われて、ばったり会った二人で遊んだ記憶が、遠い。

「何を考えているか当ててやろうか。」

「どうぞ。」

「またお前と組んでの仕事かって、思っているだろう。」

「当たり。」

少し見飽きた顔のエージェント8と、私はため息をつき合わせた。

こういう危険性があるから、職場の人間と休日遊ぶのは危険だ。

遊びの時の楽しい感情が、仕事に引き戻されて、一気に裏返るようで、気分が悪くなる。

特にこの仕事では日常との落差があるのだから、彼と遊ぶのは危険だった。

はた、と気がついて声をかける。

「まさか罠か?」

「何に対しての罠だよ。」

呆れた様に、エージェント8は返す。

この団体で長く働くと疑心暗鬼になっていけない。

突飛なことを口走った羞恥に赤面する私を置いて、彼は目的地へ向かいはじめた。

「にしても、ここまで詳細にわかっているのって珍しいんじゃないか?」

書類を読み込んだであろう彼の疑問に、私は返答する。

「詳細が分かるってのはつまり、ロクでもない案件だってことだよ。」

疑問に思う目に、指をつきだす。

「詳細がわかるほど、魔法の行使を行ったってことだよ。しかも内容が酷い。」

「流石、プロは違う。」

皮肉たっぷりに彼は微笑んだ。

先日の私の調子に乗った言動がまだ尾を引いているらしい。

私はしおしおと指を引っ込めた。

「だからごめんってば。」

「休日、忠告したのに、案件でもやらかしやがって。尻拭いをどれだけしたか。」

「ごめんてー。ありがとうー。」

謝罪と謝意を示すために、私は殆ど全ての荷物を持っている。

ボストンバッグ二つにギターケース。

まるでライブハウスに向かうサークル員の様だ。

「ほら、仕舞え。」

ぞんざいに、彼は書類を手渡してくる。

「わかっているって、全く。」

散らばらない程度に適当に折り曲げて、ボストンバッグに書類を仕舞う。

こんな書類は、何枚もコピー出来る代物で、特に大事でも何でもない。

ただ、内容だけが問題なだけだ。

それには、今日会いに行く、魔法少女の能力が記載されている。


対象:少女C

確定能力:自己の複製、増殖。

確定能力2:自己の修復。

確定能力3:変身能力(複製物との統合)。

確定能力4:千里眼(複製物との視界共有)。


「ここまで特化して練り上げている魔法少女は珍しいね。」

「そうなのか。」

「だって君、魔法で色々出来るってのに、その可能性を投げ捨てるかい?」

「確かにな。それもまた地味な能力に特化したものだな。」

「珍しいよ。それに、この年齢で魔法の方向性を定めて、突き詰めるのは馬鹿だと思う。」

その魔法少女は、自分の複製と回収に特化していた。

勉強と同じで、やろうと思えば全ての魔法が習得出来るが、脳の容量というのは人によって決まっている。

彼女は全ての魔法を、増殖魔法と同じだけの深度で、極められる自信でもあったのだろうか。

「彼女には無理だろうな。」

さらり、とエイトは呟く。

「あれは視野が狭い。思い込みも強い。自分で自分を開発出来る見識があれば、それでも良いけれど、その努力も怠る癖があるらしい。この魔法の深度も、自己増殖の魔法に行き着いて満足したってだけだよ。」

「やたら詳しいね。まるで調査部に所属するエージェントの様だ。」

彼は顔を背けている。

「ただでさえ忙しいのに、調査部の仕事までやったら身がもたないよ?」

「いや、やるからには情報を得たくて。」

「身体壊すよ。」

既に壊した前例が目の前にいるというのに、彼は不満げだ。

新人は痛い目を見て仕事を覚えるという考え方は大嫌いだ。

人的資源の活用の面から考えるに、随分と悠長で無駄な行動じゃないか。

「そのことは後で話そうか。」

「そうだな。」

だから先輩として助言を送ろう。

どれだけ聞いてもらえるかはわからない。

彼の性格からすれば、聞いてもらえない可能性のが、ずっと高いだろう。

でも言おう。そうすれば私の心は軽くなる。

情けは人の為ならずとはよく言ったものだ。

「来たな。」


彼女は紺色のセーラー服を身にまとっていた。

私がついぞ着ることのなかったその制服は、赤い液体に染まっている。

すっ、と彼女が息を吸う。


「助けてください!」


咄嗟に顔を見合わせてしまう。

しかし止まったのは一瞬だった。

私はボストンバッグを地面に放り捨てて、ギターケースからライフルを取り出す。

家に置いたらまず間違いなく邪魔だと判断する大きさだが、威力も射程距離もあり、お気に入りの種類だ。

投げ置いたボストンバッグのファスナーを、エイトがもたもたと開いているうちに、魔法少女は再度叫んだ。

「保護を求めます!」

走って近づこうとする彼女を、銃で牽制しつつ、私は問いかける。

「助けてっていうのはどういう事情?」

「増殖体、複製した私が暴走を始めまして。」

「だから何?」

彼女は苛つきを押し殺したようだ。

私もあんな子供だったな、と懐かしく思う。

大人になってからわかったが、感情の機微というのは、意外とバレているものだ。

あまりに退屈で予想通りの言動に、自分の成長に気を取られそうだ。

魔法少女は一歩踏み出した。

「この街の人に犠牲が出ています。このままだと、私は無限に増殖してこの街を埋め尽くします。被害が拡大していきます。」

「どうして、貴女はそんな暴走しているの?」

「わかりません。」

「どうして他害を行うの?」

「わかりません。」

「自分のことなのに?」

くしゃり、と顔を歪める彼女には、欠けらも自責の念は感じられなかった。

「この場を解決したら考えます。だから、今は助けてください。」

冷笑的な声が、彼女の身勝手な意見を遮る。

「少女Cは暴走し、解決策を一切提示しなかった。という結果が残ったな。」

「十分だね。」

少数人数で仕事を回す会社は、現場に判断を任せがちだ。

様々な不都合があるが、この時ばかりは、私の所属するこの団体も、そのような組織であることに感謝する。


「処理を行います。」

エイトが放った一発の弾丸は、彼女の脇腹を貫くに止まった。

待ってください、と彼女は、か細く声をあげる。

「私はオリジナルです。増殖魔法を使えるのは私だけです。貴女がたは魔法少女の名簿付けと称して魔法の保存を進めているのでしょう? 死んだら困るのではないですか?」

「貴女は勘違いをしているね。別に我々は、魔法の保存なんて目的にしていない。もっと矮小な団体だよ。私が貴女をこうするのも仕事だから、という程度だし。」

「名簿付けはするに越したことはないけれどな。にしても、さっきは良いことを聞いた。」

エイトは言葉を止めすらせずに、彼女の身体に無造作に弾丸を叩き込んだ。

オリジナルは倒れ伏して、もはや動くことはない。

彼がそれを一瞥もしないのは、それ以前に調べ尽くしているからだろう。

仕事に悩む人は大変だな。

私は座標と敬意を同僚に連絡しながら、彼の苦悶の表情を眺めていた。

「これで彼女は増えることはない。あとは最後の一人になるまで減らして、名簿付けするだけだよ。危険性もなくなる。」

淡々と、ルーチンワークに収める。

これが仕事ですり減らないコツだ。

共感するのは、学生時代からの友人だけに止めるべきだ。

やっぱり助言をするのは止めようかな。

私は握りすぎて白くなった彼の拳を見て、考えていた。

彼は魔法少女に感情を動かしすぎている。助言にせよ、彼の感情に関わるのは大変そうだ。

私の心を知らず、足を上げて、彼は死体の頭を踏んだ。

「お前みたいなのが一番面倒だ。圧倒的な力を持たず、出来心で人を殺す。出来損ないの悪魔が。」

早く慣れれば良い。人間の出来る最も優秀な防衛機構だ。

伊達に数多くの自己啓発本に、入社して最も早くやるべきこととして、挙げられていない。

踏むべきものを持たない私は、ライフルを担いで、ヒールを鳴らして歩いてみた。

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