#魔女集会で会いましょう

中原 緋色

雨乞いの生け贄

 風になびく金色の髪。

 夜闇に浮かぶ翠の瞳。

 まとう衣はぬばたまの漆黒。

 人は彼女を"魔女"と呼び、畏れ崇めた────






 木製の扉をノックする音が、魔女の鼓膜を叩いた。

 樫の杖を手に、鋭い目つきで魔女は扉を開ける。


「こんどはどこのうつけ者かのぅ」


 通りすがりの狩人や戦士、冒険者などが、戯れに彼女を狩ろうと訪れることは珍しくもない。

 そんな有象無象にやられるような彼女ではないからいいようなものの、ここ最近の魔女狩りの風潮には思うところがないわけではなかった。

 人間なんて、どいつもこいつも自分勝手で喰えない奴らだ。山の獣や魔物のほうが、まだしも話が通じた。

 閉まったドアを隔てて感じる気配から、どうせ興味半分の餓鬼ガキだろうと思っていた。

 だが、扉の向こうには、意外な人物が立っていた。


「……あの、魔女さま」


 白い上等な絹の服に身を包んだ、アルビノの子ども。

 どこからどう見ても王族だ。なぜこんな山奥に。


「魔女さま、僕を食べていいから、雨を降らせてください」


 やれやれ困ったと魔女は苦笑する。わらわは人は食わぬのじゃがのぉ。

 雨くらいいくらだって降らせてやるのに、人間ってやつは変なところで義理堅いというか、どうにも魔女を誤解している。

 そう伝えても帰ろうとしないその子に話を聞くと、どうやら口減らしも兼ねているらしく、帰る家がないのだという。


「しかたない、うちに来い」


 ちょうど、ひとりで住む家が、少し広いことに気がついたところだ。

 長い白髪を撫でて抱き寄せると、その子は小さく頷いて魔女の服を掴んだ。



 ────まさか、こんな美少年に育つとは。



「……のぉ小童、お主ももう子どもではないのじゃから、出ていっても構わんのじゃぞ?」

「僕が出ていったら誰が師匠のお世話するんですか。というか僕には帰るところも行きたい場所もないんですってば。ほら、ガトーショコラですよ」

 いつのまにか世話焼きの家事上手になりやがって。

 おまけに魔女の好みまできっちり把握していた。

 魔女が限りなくズボラだったのが悪かったのか。

 誤解のなきよう、彼女に家事ができないわけではない。ただ、技能の観点で弟子に追い越されただけである。そして魔女自身も、それを誇らしいとは思えど、悔しいとは思わなかった。


「……お主、いい嫁になるぞ」


「僕は師匠専用ですよ?」


 微塵の疑いもない目で小首を傾げられて、ふたりが出逢ったころから変わらぬ幼い姿の魔女は溜め息を吐く。


「……愛してますよ、師匠」


「聞き飽きた。……3年早い」


「いやに具体的ですね。3年待てば師匠は僕のものになってくださるんですか」


「そのときの気分しだいじゃ」


 彼は今15だ。せめて18までは、ただの子どもであってほしい。

 それまで心変わりしなければ────あるいは、とも、魔女は思う。






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