プロローグ

 俺は、おそらく人生最大のピンチに直面している。


 これは人、いや、生物の歴史の中でも度々追求されてきた事。


 満ち引きを繰り返す海原の如く、また、沈んでは昇る日の如く、繰り返し繰り返し追求されてきた『運命への抵抗』の話。


 俺が俺の精神力に限界を感じた時が最後。肉体の制御は失われ、そこには何も残らない。


 今、気を緩めたら、俺は生物学上最も醜く、人類の歴史上最も滑稽な人間に成り果ててしまうだろう。


 「やっべぇうんこしたい」


 俺はできる限り格好良い声色を使って、そっとそう言った。どうせうんこって言うなら、格好良さげな声色を使ったほうが良いだろう。


 学校の帰り道。近所の公園の横に続く長い歩道を歩きながら、俺達は夕日を浴びていた。


 「……………………」


 隣を歩く俺の友人は、俺の崖っぷちのギャグをまるで風の音のように聞き流す。


 ギリギリまで我慢してやっと言える伝説のギャグを無視にされたんじゃあ、俺も俺のケツも満足できない。


 いや俺のケツが満足できないのは俺のせいだけど。

 

 「おーいリュウさーん無視せんといて」


 俺はリュウの肩を軽く殴って呼びかけてみた。


 「…………………………」


 が、相変わらずのガン無視。今度は足を蹴ってやる。


 「…………………………」


 が、また変わらずガン無視。今度は腹にパンチを入れる。


 「おらぁっくらえ!デストロイ-Ω-パンチぃぃぃ!!」


 「うるせーな!このタコ吉が!」


 リュウは俺の必殺技を軽々避けると、片手に持っていた上履き袋で俺を殴る。


 「いって!」


 「はははっ、タコ吉とか、なにその売れない祭の屋台みたいなあだ名」


 股間を押さえて悶絶する俺を、ネモが馬鹿にする。やばい。性別変わったかもってくらい痛い。


「おいやめろよ、せめて売れる店の名前にしろよ。タコ吉イレブンとかさぁ…………つーか今の衝撃でヨケイデソウニナッタ」


 「バカかっつーの。トイレくらい学校で済ませてこいよ」


 リュウは前を向いたままそう言った。


 タコ吉。よくわからないがそのニックネームは気に入らないな。俺にはカゼキ リョウタと言う立派な名前があるわけだし、何より小麦粉アレルギーと言う立派なアレルギーもあるわけで、タコ焼きは食えない。


 「動画サイトの名前もタコ吉にしたら? 」


 そう言ったネモはコーラを飲みながら歩いている。うるせーチクるぞ。


 「うーん、いや、やっぱり俺は今まで通り【リョーちゃんTV】でいいわ」


 ずっとこの名前で活動してきたし、再生回数は伸びなかったけど愛着はある。今更変える事もないだろう。


 そんなアホくさい会話をしながら、

俺達は公園の横を通り過ぎ、近所の住宅街へ入って行く。

 もうじき日が沈む。家々の間から見える空は紫色になっていた。


 いつも通り。

 本当にだるくてひまで、楽しい下校だ。今日が金曜日で塾もなければ、その喜びは人知を越えただろうに。


 「そう言えば今日、地域防災訓練の日だよな」


 リュウは重そうなリュックを地面に置きながら言った。


 「うぃー!!だぁれが行くかよ馬鹿らしい!へっへっへ、サボりんちょしてやるぜ」


 俺はそう叫んで見せると、リュウのリュックの上に自分のリュックを乱暴に乗せた。


 地域防災訓練とは、この大川町にある石ノ碑中学校に、学区、半径四キロメートル県内の親子が集合し、避難や火災防止などの講習を受ける、年に一度の大規模イベントだ。


 「しかも今年は、すげぇロボットが来るらしいよ」


 ネモが何か知っているかんじで言う。「どんなロボット? 」とリュウが尋ねると、ネモは得意気に答えた。


 「校内配置式自律稼働型警備巡回システム。見回りドローンだよ。一昨年警視庁が実地投入してバグってイカれた奴の改良型で、そいつが百五十体、俺達の学校に試験設置されるんだって。有名なドローンパフォーマンスチームが来て、変態飛行するんだってよ。学区の奴らは親子含めて、人っ子一人残らず行くだろうな。普段は高いチケット買わないと見れないらしい」


 「へぇ、すごそう。そんなの買う金あんの? 石ノ碑中学校に」


 リュウが尋ねるが、ネモは「そこは知らない」と言った。

 俺は不満を堪えることなく叫ぶ。


 「どぉぉぉぉでもええんや!! そんなん!」


 「同感」


 「僕も」


 こうして俺達三人は、地域防災訓練をサボる事にした。

 本当にサボって良かったのだろうか。



 








 

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大川町Week end 導優 @2-2-2

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